第24話 姉ちゃん、残念人間過ぎるだろ


 姉ちゃん、と声をかけてきた人物に、春人はぱっと目を見開いた。



「――草壁さん男版!」

「おお、さすが須藤君! 分かっているね!」

「――心外です」



 思わず叫んでしまった春人に、草壁は嬉々として瞳を輝かせ、目の前まで歩み寄ってきた人物は無表情で抗議する。

 秋、と呼ばれた人物は、草壁よりも背の高い一人の男子学生だった。

 草壁と同じ栗色の髪が柔らかく流れ、大き目の瞳は可愛らしい。多少童顔のきらいもあったが、それでも草壁と同じく無表情ながらもどこか周囲にきらきらとしたイケメンオーラが輝いていた。


「やあやあ、須藤君。紹介しよう! 彼こそは我が愛しき弟! 秋だよ! 中学三年生さ!」

「草壁秋です。いつも姉が、朝から晩まで騒音の如く迷惑かけてます」


 流石に晩まで一緒にはいない。


 そんなツッコミをしかけて、春人はいやいやと首を振る。お世辞ではあっても、迷惑をかけられていると家族に馬鹿正直に告げるのは躊躇ためらわれた。


「俺は、須藤春人です。いつもお姉さんにはお世話に……なって、います?」

「本音だだ漏れですね」

「……いや、……本当にお世話になっています。さっきも色々助けてもらったよ」

「……それはそれで意外です。この姉なのに」

「やあやあ! 相変わらず酷いね、我が弟よ!」


 心底不思議そうに首を捻る彼の顔は、無表情なのに感情が滲み出ている。

 リアクションは姉ほどではなくても、感情の出し方は無表情ながら豊かなのかもしれない。――ついでに、草壁の笑顔で元気な抗議を華麗にスルーするあたり、家族だな、としみじみ感じ入った。


「貴方のことは姉から聞いています。毎日夕食時に。儀式の様に」

「ぎしき」

「はい。毎度毎度りることも飽きることも冷めることもなく春人君が、春人君がね、春人君の春人君による春人君がね、と凄い勢いで騒がしく無駄に輝きながら颯爽さっそうとご飯を食べつつアホの様に話しています」

「あほ」

「なので、いつもスルーしているのですが、ゴーたんのくだりだけは興味深く拝聴しています。ゴーたんがお好きということで、勝手に親近感を抱いていました。お会い出来て光栄です」

「あ、ああ、ありがとう。……秋君? と呼んでも?」

「はい。じゃあ、オレも春人さん、と」

「もちろん。今度、ゴーたん語りがしたいな」

「是非」


 がっちりと握手をして、春人は心が弾む。こんな身近にゴーたん好きがいてくれて嬉しい。心なしか、無表情っぽい彼の瞳も嬉しそうにきらりと光っていた。

 姉とは正反対の在り方っぽいが、ずけずけ物を言うあたりは似ているかもしれない。特に外見は並んだらすぐに姉弟だと一発で見抜けるほど似通っていた。


「そういえば、……草壁さん」

「何だい? 弟と初対面から親しげ過ぎて、ジェラシー! とか思っていないよ!」

「思ってるんだ……」

「まさか。君は私の告白をそでにしたカッコ良さしかない男……簡単に落ちるとは思っていないさ。安心したまえ。きちんとセオリーに乗っ取って、両親から教えてもらった通り、外堀から埋めていくよ!」

「……。……あのさ。秋君が今言っていたことって、本当か?」

「もちろん! 夕食時に、いかに須藤君の顔がカッコ良く、色気むんむんで、心臓が毎秒爆発するかを虎視眈々こしたんたんと狙いながら熱弁し、須藤君がお嫁に来ても全く違和感なく過ごせる様に今から下準備をしているのさ!」

「およめ」

「そうさ! ああ、間違ったね! お婿むこだね! いやあ、須藤君といると緊張してしまって、よく言葉を間違ってしまうよ! 罪だね!」


 この人と話していると話が先に進まない。


 故に、春人は強引に流れをぶった切った。彼女とこのまま話していたら本当に日が暮れる。



「あのさ。……家では俺のこと、名前で呼んでいるのか?」

「そうともさ! 当たり前じゃないか! 私と君がこの先恋人になった時に困るだろう?」

「何がどう困るんだ?」

「あまりに呼び慣れていなかったら、本番でんでしまうではないか! すはるくん! とか呼んでしまってごらんよ。目も当てられないね。そんなこの世の音の美を損失するほどの失態など、須藤君の前では見せられないよ……末代までの恥になるね」



 彼女の基準が本当によく分からない。



 照れることも慌てることもなく、堂々と家での事情を暴露してしまう彼女に羞恥心はないのだろうか。


「ああ、そうそう。もちろん夫婦になった暁には、呼び方がグレードアップするからね!」

「はい? グレード?」

「そうさ! あなた、旦那様、ダーリン、マイスィート、私の愛しききみ、あなたしか見えない、など色々考えたのだがね」

「だんだん愛称が酷くなっていくな」

「結局、私だけではなく、君自身の愛を表現することが一番良いと考えたのさ! 故に、君のことをゴーたんにちなんで、『ハルたん』と呼ぶことに決定しているからね。安心して待ち望むと良いよ」

つつしんでお断りする」

「またまた。須藤君は、相変わらず奥ゆかしいね。そんなところもカッコ良いよ……私の心臓を何回爆発させれば気がすむんだい?」

「なあ。今のどこにカッコ良さがあったんだ?」

「須藤君の顔がそこにある限りさ! 須藤君、フォーエバー!」

「あ、そう……」


 彼女の暴走はとどまるところを知らない。最初からそうだったが、最近それこそグレードアップしている気がする。

 やれやれ、と肩をすくめていると、秋と目が合った。どこか驚いた様な、奇妙なものを見る目つきだったので、春人は心持ち身を引く。


「秋君? どうかした?」

「いえ、……。思ったよりも、仲が良いなと思いまして」

「当たり前じゃないかい! 我が愛しき弟よ! 夕食の話を嘘だと思っていたのかい?」

「うん」

「おう……流石は我が愛しきマイブラザー。容赦がないね! そこが良いんだけどね!」


 ――つまり、草壁さんはマゾなのか。


 そういえば、前に胡散うさん臭げな目で見つめられてもカッコ良いとかのたまっていた。彼女はマゾ気質なのかもしれない。王子様でマゾとは、ファンが知ったらどう思うだろうか。――それさえも黄色い声を上げそうな気がする。


「あ、でも秋君。君とお姉さんも仲が良いんだよね」

「は? 姉と? 無理です」


 凄まじい切り捨て方をされた。

 結構付き合いが良さそうなしゃべり方をしているから、照れ隠しなのかもしれない。春人には兄弟がいないから新鮮だった。


「ネクタイを結ぶ練習とか、いけに……実験台にされたって聞いたよ」

「……は?」

「あと、今日の服のコーディネイトも、秋君が色々アドバイスをしたって」

「……は?」

「え? あれ? 違った?」

「いえ、合っています。……姉ちゃん、そんなことまでしゃべったの? 残念人間過ぎるだろ」


 はあっとこれ見よがしに溜息を吐く秋に、だが草壁は何のその。「はっはっは」と小気味良く溌剌はつらつに笑う。


「何を言っているんだい! カッコつけたって、いずれはバレるだろう? 何故なら、私が家事の類が苦手なことは、家族の全員が知るところさ!」

「ああ、うん。姉ちゃん、ご飯を炊いたら何故かぺちゃんこにするもんな」

「その通りさ! オーブンやフライパンを使えば、どんなに熱に強い食材でも全てが黒焦げとなり、アイロンをかければ必ず服が破れ、洗濯したものは全て真っ白になる! そんな私に家事をさせてはいけない! それが不文律!」


 予想以上に酷かった。


 秋が頭を抱えて項垂うなだれる横で、彼女は無駄に元気だった。この対比が草壁家の日常なのかもしれない。


「姉ちゃん……。本気で嫁のもらい手が無くなるよ」

「大丈夫さ! そのための須藤君だよ!」

「春人さんを巻き込むなよ……」

「あ、あー、で、でもさ! 草壁さん、ネクタイとかすごい上手く結んでくれたよ! ……時間はかかったけど」

「そうだろう? 百回は失敗して弟の首を絞めたからね!」

「……あの日は何度三途の川が見えたか……」

「あ、あー、……それに、ほら。今日もらった薔薇とか! すっごい綺麗で可愛かったし。他にもあざらしのおにぎりとか苦手なことにもチャレンジしたり、一生懸命練習したりさ。……草壁さんは、色々努力家なんだなって。そういうところは凄いって思うし、尊敬しているよ」

「――」


 一つずつ例を挙げてフォローすれば、何故か二人一緒に固まった。

 何故、そんな奇妙なものを見る目つきで春人は見られるのだろうか。むしろ、フォローをした自分の言動にも驚いている。

 しばし、変な沈黙が流れた後。



「……春人さん」

「な、何?」

「良ければ連絡先、交換して下さい」



 何故。



 唐突な秋のお誘いに、春人は混乱しながらも言われるがままスマホを取り出した。コードを作って、互いに読み取り合いながら連絡先を交換する。

 相変わらず秋は無表情だったが、スマホの画面に映し出された春人の連絡先を見て大いに満足した様だ。心なしか顔が達成感に浸っている。


「今度、ゴーたん情報とか教えますね」

「あ、ああ。じゃあ、俺も今日買った写真とか送るよ」

「是非」


 一体何がどうなって秋は連絡先を聞いて来たのか。

 最後まで謎だったが、それよりも先程から強い視線が気になって仕方なしに振り向く。

 草壁が、春人達のやり取りを食い入る様に一部始終を観察していたのだ。何がそんなに気になるのかと、首を傾げる。


「草壁さん?」

「く、……何てことだ。私の永遠のライバルが、まさかのゴーたんだけではなく、麗しの弟もだったなんて……盲点過ぎるよ」

「は?」

うらやましいだろ」

「弟よ……! 宣戦布告と受け取った!」


 スマホを口元で隠しながらふふんと得意げにする秋に、草壁がびしっと人差し指を突き付けて叫ぶ。そういえばいつの間にか雪が止んでいるな、と春人は現実逃避をする様に空を見上げる。


 ――連絡先、か。


 ゴールデンウィークに入る前、冬馬や和樹が彼女の連絡先を知っていたことを思い出す。

 そういえば、彼女は一度だって春人と連絡先を交換したいとは願ってこなかった。あれだけ登下校などではぐいぐい強引に迫ってくるのに、ある意味プライバシーには踏み込んでこないのだ。

 これだけ無茶苦茶に振り回しているのに、どこかで一線を引いている。それは、彼女の隠された美徳だ。

 けれど。



〝だって、僕は知ってるもん〟


〝カズキも知ってるよねー〟



「……。草壁さん」

「うん? なんだい?」



 呼びかけに軽く振り返ってくる彼女は、本当にどこまでもいつも通りだ。きっと、彼女は死ぬまでそうなのかなと、変な想像をしてしまう。

 春人はもう一度スマホの画面を映し出す。それを、ずいっと突き付けた。


「う、うん? 須藤君?」

「連絡先。交換してくれないか」

「え……」

「その、……これから先、登校する時とか、寝坊したら連絡手段がないだろ? 待ちぼうけとか食らわせたくないし、……」

「――」

「い、嫌なら」

「いいや! 嫌なものかい!」


 ぱっと引っ込めようとする春人の手を掴んで、彼女は花開く様に微笑む。

 笑顔が蕾から花の様に咲きほころぶ瞬間を間近で見せつけられ、春人は思わず息を呑んだ。



「嬉しいよ! 早速交換しよう!」

「――」

「これで、夫婦への未来がまた一つ見えたね!」



 心の底から嬉しそうに笑う彼女の笑顔は、輝いていた。瞳もきらきらと満天の星空の様にささやかに、けれど何よりも綺麗にきらめいていて目を奪われる。

 今まで、遠くから彼女の輝きを見ることが多かったけれど。



 ――こんな間近では、心臓に悪い。



 何故か急激にばくばくと心臓が飛び跳ねる現象に首を傾げながら、春人は努めて冷静に連絡先を交換したのだった。


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