第8話 於政、玉石を探すこと

 翌朝、於政おまんが目を覚ますと、珍しくも寝床に夫の姿がない。


 うちきを羽織って外に出てみれば、生まれたての朝日が、深緑の樹々を隅々まで輝かせていた。

 遠く、僧坊から経を誦する声が、風に乗って運ばれてくる。

 普段見つからないものでも、今ならば見つかりそうな気がした。


 気まぐれに腰を落とし、彼女は縁の下を探ってみた。

 するとすぐにも、お手玉の小石が見つかった。

 指でつまみ、光のほうにかざしてみれば、翡翠色の輝きが石の表面をつややかに舐めた。

 於政はわれしらず、夢のなか、夫の袖の脇から出たという日輪月輪のまぶしい光を連想していた。


 びゅんと、風を切る音がした。

 引き寄せられるように音のほうに近づくと、片肌脱いだ頼朝が汗をきらめかせ、弓に矢をつがえ、引き絞る稽古を繰り返していた。


「まあ」

 珍しくも勇ましい、夫の姿であった。

「背の君、今朝はいかがなされました」

 駆け寄ってくるその声に、すっと弓をおろした頼朝は、気恥ずかしさを隠すようにわざと仏頂面をよそおって、額の汗をぬぐった。


「昨日の景義。あれは流鏑馬やぶさめの後、なにげないような温厚な顔で微笑んでいたが、どうしてどうして。あそこまでの域に達するには、陰でよほどの鍛錬を重ねていたのであろう。片脚の動かぬものが馬を操るなど、普通、できることではない」

 頼朝は足腰をふらつかせながら、もう一度、弓弦を引き絞った。

 気がつけば、髭も綺麗に剃られている。

「あれを見て、なにか、こう、胸のなかにほとばしるものを抑えきれなくなった。私にも、なにかできそうな気がして……」


 にわかに明るい光が立ち昇るのを感じて、於政は夫の背にしなだれ、頬を寄せた。

「これ、危うい。稽古中に近寄ってはならぬ」

 たしなめられ、あわてて後ずさった。

 しかしすぐにも、彼女は確信に満ちた声で告げた。

「できます。あなた様なら」

 ふり返った頼朝に、於政はうなずきかけた。


 夫婦の瞳がひとつにまじわったその瞬間、ふたりは同じ、幻の光景を見つめていた。


 真っ青に、どこまでもとめどなく広がる平原に、竜胆りんどうの花が咲いていた。


 幾千万もの、冴え返った、青い花が――

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