第39話 お節介

「……お節介?」

 

 川瀬は困惑した表情を見せる。

 

「ああ。あの日と同じ、俺の勝手なお節介だ。……それにあの日約束しただろ。お前の力になるって」

「…………もういいよ」

「…………」

「もう、いいよ。私は一人で頑張るから。今まで、甘えてきたのが悪かった。私は誰かに頼っちゃ駄目。甘えてしまったから……今、こうなってる。楽しい生活なんていらない。青春なんていらない。友達もいらない。……全ていらない。私は止まってはいけない。谷口、私は助けなんていらない。私といても不愉快になるだけだしね。…………だから、私に構わなくていい」


 川瀬は俺と目を合わせたくないのか、下を向いて言う。

 

「…………嘘、だな」

 

 川瀬は顔を上げる。……うん、そうだ。全部、違う。全部、嘘。

 

「……う、そ?」

「…………ああ、嘘。全部、嘘。お前は楽しい生活も欲しいし、友達だって何もかも欲しがってる。一人でやっていけるなんて、何もかも嘘だ」

「違う! 私は——」

「——だったら!」

 

 川瀬の反論に俺も負けじと声を張り上げる。

 

「…………だったら、何で、あの時……苦しい、なんて言ったんだ?」

「あ…………」

 

 ——私、どうすればいいのかな? 苦しい……苦しいよ。私は……どうすればいいの?

 

 林間学校一日目の夜、川瀬は言った。苦しいと。

 

「本当に一人でもやれるなら、何もかもいらないと言うなら、苦しいなんて言葉……出てくるはずがないだろ?」

「そ、れ……は……」

 

 川瀬は押し黙る。……そう、もしも川瀬が本当に助けを必要としないなら、苦しいという言葉なんて出ない。けれど、実際は違った。川瀬は苦しんでいた。そして救われたくてその苦しみを言葉として発した。それが全てなのだ。

 

「……けど、だったらどうだって言うの? 私を救ってくれるの? そんなこと……谷口にできるの?」

「…………お前の苦しみを、全て取り除くことは、俺にはできない」

「…………え?」

「華凛から、川瀬の過去を聞いたよ」

「華凛から……?」

「……ああ。そして思うよ。お前の苦しみを俺が取り除くことは出来ない」

「………………っ!」

「大体、そんなちょっとやそっとで取り除ける苦しみならお前はこんなに苦しまないだろう。すぐに解決できるだろう」

「…………」

「……だから、俺に出来ることはほんの少し。けれども、お前を助けてやれる大きな一手だ」

「…………大きな、一手……」

「川瀬。お前はどうして今になってその苦しみを感じ始めたんだ?」

「…………それは……」

「答えは簡単だ。一度、失敗したからだろう」

「…………っ!」

「お前は常に失敗してはならない。立ち止まってはならないという強迫観念を抱いてる。今、駄目でも次がある、といった考えを持つことが出来ない。成長出来るという考えを持っていない」

「…………だって、無理だもの。失敗したら次はない。人は成長出来ると言うけれど、本当はそんなの嘘。そう簡単に変わることは出来ない。……簡単に成長できない。なのに失敗は逆。今まで積み重ねてきたもの全てを失う」

「言ったな? なら俺がそれを否定してやる」

「…………どうやって?」

「…………次の試験、学年五十位以内に入る」

「…………はい?」

「知っての通り、俺の成績は百五十位前後。ギリ赤点回避組より少し上の順位だ。……正直、今から目標の順位を取るのはかなり厳しいだろう。でも、やってやる」

「…………流石にそれは無理でしょう」

「いや、やってやるよ。見てろよ、川瀬」

「…………何それ。意味わかんない。大体、何。谷口がそんな順位とったところで私の根底の考えは変わるとは思えないんだけど。……でもいいや。楽しみにしとこうかな」

 

 少しだけ川瀬が微笑む。

 

「…………ああ、楽しみにしてろ」

 

 …………正直、川瀬の言う通りこんな方法で川瀬の考えを変えられるとは思えない。でも、こうするしかない。今、俺に出来ることはそれくらいだ。今は少しでも俺にやれることをやるしかない。それが川瀬を救う近道だと信じて。

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