第15話 Let's Cooking!
「……」
川瀬は慣れた手つきで包丁を振り下ろしていく。獲物が次々とバラバラにされていく。
「お前……慣れてんな」
「そう? まあ、よく料理はするからかな。基本、自分のご飯は自分で用意するし」
と川瀬は一本の人参を切り終え言う。川瀬は人参をボウルへと移す。
「なるほどねぇ……」
現在、俺たちは夕食の用意をしていた。各自、担当に分かれての調理。ちなみにメニューはキャンプ定番のカレーだ。にしても……。チラリと川瀬に視線を向ける。エプロン姿で長い髪を纏めたポニーテールをした川瀬はなんだか新鮮だった。一言で言えば、滅茶苦茶可愛かった。
「谷口、切らないの?」
「お、おう。ごめん。ちょっと考え事してた」
川瀬に催促され、一瞬で邪心を追いやり目の前の玉ねぎに意識を向ける。けど……苦手なんだよなぁ。玉ねぎ切るの。目の前にある皮を剥かれた玉ねぎは、今か今かと意地の悪い笑みを浮かべて切られるのを待っている……ように見える。そんな気持ちが顔に出ていたのか川瀬はあー……っと声を出し俺に訊いてくる。
「もしかして玉ねぎ切るの苦手なの? 谷口」
「あー……まあな。目が痛くなるから苦手」
「わかる。切ってて目が痛くなるのホント辛いよね」
川瀬はうんうん、と頷いて同意を示す。
「玉ねぎって冷やしてから切ったりすれば、目が痛くならないらしいよ」
「え、そうなのか」
「うん。試しに水で冷やしてきたらどう?」
「そうだな。ちょっと行ってくる」
俺は川瀬の提案に同意し、洗い場へ移動し数分の間ボウルに入れた玉ねぎを冷水で洗い流す。そして、再び戻り意を決して玉ねぎを切る。
「……目が痛い」
数分後、俺は涙を浮かべ玉ねぎを切っていた。その様子を見た川瀬が隣でクスクスと手で口元を隠して笑っている。
「……話が違うぞ」
俺は責めた視線を川瀬に投げかける。それに対し川瀬は少し困ったような、この事態を見透かしていたような表情を浮かべる。
「うーん。まあ、目は痛くなるだろうね。だってさ――」
川瀬は幾分か水滴のついた玉ねぎを手に取り、クスリと笑い言う。
「これ、冷えたというよりただ濡れただけの玉ねぎじゃない?」
「………………」
まさにその通りだった。というかそりゃこうなって当然だ。確かに水で洗い流した時点では多少は冷えるだろう。だが、この暖かい気温だ。そのままでは常温になるのが当たり前だ。
「あはははは。谷口、抜けたところあるね」
「うっ……」
ぐうの音も出ない。今回に関しては完全に俺の落ち度だ。そんな俺を見て川瀬は肩をすくめ、手に持った玉ねぎの皮を剥きそれを自分のまな板に置く。
「まあ、結局のところは慣れるしかないね」
そう言うと手際よく玉ねぎを切る。
「……まあ、そりゃそうだよな」
はあ、と俺はため息を吐きうなだれる。
「……はい」
川瀬の声に顔を上げると、川瀬は玉ねぎを俺に押し付けてきた。
「……。ん、ああまだ残ってたのか。ありが――」
玉ねぎを受け取りかけて気が付く。先程まで切っていたような濡れた玉ねぎではなく、ひんやりとした感触。俺は驚き、どういうこと? と視線で川瀬に問う。川瀬は二ヒヒと、悪戯っぽい笑みを浮かべ屈んで足元のクーラーボックスをポンポンと叩いた。
「……谷口、さっき洗い場に行った時、玉ねぎ一つ忘れて行ってたの。氷も持って行かなかったし、多分ただ濡らして冷やすつもりなんだろうなーと思いながらクーラーボックスに入れて冷やしていました」
「なるほど……」
「まだ冷えてるうちに切ってごらん? 今度は大丈夫だと思うよ」
川瀬の言葉に俺は頷き、玉ねぎの皮を剥いて包丁を入れる。そしてやがて一玉切り終える。
「本当だ……。全然痛くない」
「でしょう? どうよ」
えっへん、と川瀬は得意げな顔をして胸を張る。
「ああ……ありがとうな。川瀬」
「いいよーこれくらい。いつも谷口に助けてもらってるし」
「俺が? 全く覚えがないんだが」
「いやいや、毎日のように助けてもらってますよ。主に谷口をいじった後の良い反応という日々のエンタメを提供してくれる点で」
「おい」
「あはははは、冗談だよ」
俺ははあ、とため息を吐く。
「……本当、変わったよな」
「ん? 谷口、なんか言った?」
「いや、何も」
川瀬は怪訝そうな顔をする。
「さ、それより続きだ。もうここまでくればあと一息。ちゃっちゃと終わらせようぜ」
「それもそうだね。いっきにやっちゃおっか」
そして鍋に具材を投入しコンロに火をかけ、炒め、煮込む。
「……あれ。そういえば」
「ん? どうしたの?」
灰汁をすくう手はそのまま、川瀬は振り返り、俺に視線を向ける。視線が合いなんだか昼間のことを思い出してしまい一瞬羞恥心に襲われるが、すぐに頭を切り替える。
「いや……さっきの玉ねぎの話だけどさ」
「……うん」
「結局、しばらくクーラーボックスに入れて冷やせばよかったんだよね」
「…………うん」
「でも、水で冷やしてこいって言ったの川瀬だよね」
「……………………」
川瀬は返事をしない。そして、左手をこちらに向ける。ピースサイン。そして、ペロッと舌を出す。
「いや、お前のせいじゃん!」
今回の失態は川瀬による誘導。結局、悪いのは川瀬だよなこれ。
「ええー? でもー、気付かない谷口も悪いんじゃないー?」
「はあ……?」
「だってー私はちゃんと氷も持っていくのかと思ったしー。それを想定して水で冷やせばと思ったんだよ。クーラーボックスより、氷水で冷やす方が冷えると考えて」
「ぐッ……!」
それを言われると弱い。はあ、と俺はため息を吐く。
「お前って本当――小悪魔だよな」
俺は嫌味を込めて言う。
「うん、そうだよ。私、小悪魔なんだ。ただし――谷口だけの」
「……っ!」
川瀬はニヤニヤと笑う。
「ったく……お前というやつは……」
本当、厄介な小悪魔だ。心地よくなるくらい、一緒にいて楽しい小悪魔だ。腹立たしく、それでいて優しく強い、小悪魔だよ、お前は。俺は口には出さず心の中だけでそうつぶやいた。
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