第13話 一方、小悪魔は…

「いててて……」

「た、谷口……」

「え? …………!」

 

 谷口が転ぶ私を助けようとするが同じように体勢を崩してしまう。しかもその体勢は地面に寝転ぶ私に対して四つん這いのような、傍から見ればまるで彼が私を押し倒したように感じるだろう。内心、ものすごい羞恥に襲われた。だけど、これはチャンスじゃないか。そう思った私は咄嗟に、立ち上がろうとする谷口の袖を掴み無意識の内に言葉を発していた。

 

「ねえ、谷口。……私のこと、どう思ってる?」

「ど、どうって……それは前にも言った通り——」

「違う」

 

 言葉が止まらない。そこまで言うつもりじゃない。その先を言えば……もう、止まれない。なのに。なのに。

 

「谷口は……私をただの友達としか思ってないの? 私を女の子としては見てくれないの?」

 

 当然、谷口は困惑した表情を見せる。谷口はそのままじっと私を見つめる。私も彼から視線を逸らせずその目を見続ける。ああ。恥ずかしい。本当は今にも逃げ出したいほどだ。マジで私、どうにかしてるって。それでも何故か妙に心は落ち着いている。思えばこういういざという時、本当に不測の事態には本来、私は強い。今まで谷口に対してはダメダメだったけど。だけど今は何故だか落ち着いている。咄嗟にやったとはいえ仕掛けたのが私だったからか、先程、谷口との思い出に浸っていたからか。理由はわからない。

 

「あ、あの俺は……川瀬……」

「……」

 

 どちらにせよ。覚悟をするべきだ。ここで決めるべきだ。もうあと一手だ。

 

 ——私はそっと目を閉じた。

 

「……」

 

 静寂が訪れる。ただ感じるのは谷口の視線のみ。覚悟は決めた。……そのはずだけど、少し怖い。だけど、折角のチャンスだから。ここで怖がっちゃいけない。やれる時にやれることはしないと。

 

 そして、私は谷口の袖を掴む力を弱めそのまま片手を地面へと降ろす。

 

「か、川瀬……」

「…………」

 

 ああ。心臓がこれでもか、というくらいバクバクしているのを感じる。でも、これで、やっと……。

 

「は、はい!」

 

 空気を読まない着信音が鳴り響くと同時に谷口は立ち上がり、電話に応答する。…………。私はゆっくりと立ち上がる。

 

「あ、ああ。わかった。そろそろ戻るよ。じゃあ」


 はっとしたように谷口がこちらを向く。私はそれをイタズラっぽい笑顔で迎える。

 

「……あ、そういうこと」

「ん~? 随分積極的だったね。谷口♡大人しそうな顔してやる時はやるんだね~」

 

 私の言葉に谷口はたじろぎ目を逸らす。誤魔化しようのないくらい顔は真っ赤だ。

 

「でも残念。あともう少しでいけたのに」

「え……それは——」

 

 谷口の目が泳ぐ。よし。最後にこれだけ仕掛けよう。そして私は谷口にゆっくりと近づき耳元で一言ささやいた。

 

「(嘘か本当か……どっちだと思う?)」

 

 谷口は完全にフリーズする。私はその様子に反応はせず歩き、振り返って笑顔で谷口に言う。

 

「ほら、行くよ」

 

 そして、私は谷口を待つことなく歩き出す。

 

 ……………………………………

 ……………………………………。

 ……………うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 一気に羞恥心が押し寄せてくる。顔の表情はぐちゃぐちゃだろう。とても谷口に見せられたものではない。今、振り返って谷口見たらヤヴァいのは確実だ。

 

 いや、マジなんなの! あのまま押し倒されてキスしちゃえとか頭狂ってんのか? さっきの私、マジ何考えてんの? もうあんなん、痴女だよ痴女! てか、覚悟って何? あんな所でそんな覚悟見せんでええわ! やってることおかしいやろ! まだ付き合ってもないのに私……私……谷口とキスしようとしてたなんて……! あああああ!! 穴があったら入りたい! あと一人だったら頭をどっかにガンガンぶつけたい! ……うう。雰囲気と勢いって……怖いなぁ……。

 

 私の心はしばらくの間、安らぐことはなかった。

 

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