第4話 言わなきゃ進まないから

「はい、それじゃあ時間になったんで始めます。号令は省略。多分一年のみんなは初めてかな。図書委員顧問の澤田好恵さわだよしえです。担当科目は現代文です。よろしく」

 

 定刻になるなり、人懐っこい笑みを浮かべ、女教師がテキパキと話す。

 

「ちなみに最近の悩みは仕事が大変なこと。ほら見て、私の髪。白髪あるよ。せっかくの黒髪が台無しだよ。昔は両親の白髪を見ると大変だなーなんて他人事に感じてましたが、今や我が事。マジ教師ブラック」

 

 澤田先生はそう言い、自分の白髪を指差す。他の一年がクスクスと笑う。そんな様子を見てニコリとした表情を浮かべる。おそらく緊張をほぐすための発言だったのだろう。

 

「次、吉村よしむら先生お願いします」

 

 澤田先生は隣にいる黒髪短髪の女性に言う。吉村先生はお辞儀をすると私たちを見渡し、のんびりとした口調で自己紹介をする。

 

「初めまして。司書の吉村梅よしむらうめです。一年生のみなさん、よろしくね。えーと、澤田先生が言ったから私も言った方がいいかしら? 最新の悩みはそろそろ定年が近づいてるので寂しくなるなぁということですかね」

 

 吉村先生の話す姿にみんなはほっこりとした表情をする。


「えーと次は……西山にしやま君よろしく」


 澤田先生の呼びかけに一人の男子が立ち上がり前へやってくる。第一印象はいわゆるチャラ男という感じだった。金髪に着崩した制服。それにいくつかのアクセサリー。そんな彼は私たちの前に立ち


「えー一年生の諸君。初めまして。図書委員長を務めてます二年の西山秀樹にしやまひできです」


 ……え? マジで? 他の一年生も私と同じ感想を抱いたようだ。みんな驚きの表情をしている。ただ、谷口は西山先輩と私を交互に見ると何か納得が言ったような顔でうんうんと頷いた。おい、どういう意味だ。人は見かけによらないとでも言いたいのかな? ……なんか不服。


「とりあえず、今日は図書委員会の仕事についてお話します。他の先輩方との顔合わせは後日という事で」


 そして西山先輩は淡々と仕事の説明をしていく。そして説明が終わり、一年生同士の自己紹介へと移っていく。まずは私たち、一年A組だ。


「一年A組の川瀬愛美です。趣味は読書、音楽、スポーツ、映画……などなど多趣味です。一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」


 私はそう言い、お辞儀する。ぱらぱらと拍手が上がる。まあ、こんな感じでいいだろう。


「えーと同じくA組の谷口陽太です。趣味はゲームとか動画とか。よろしくお願いします」


 続いて谷口が言う。ザ・無難といった自己紹介だ。心なしか先程よりも拍手の音は小さい。


 それから一年生の自己紹介は進んでいき残り一人となる。


「E組の小谷華凛です。趣味はまあ、色々。とりあえず面白いことが好きです。みんな、よろしくなー!」


 華凛は高いテンションで自己紹介する。相変わらずだなあ……。


「相変わらずうるさい奴……」


 谷口がつぶやく。私はちらりと彼の横顔を見る。その表情はとても優しいものだった。私にはそんな表情めったに見せないのに。……ああ、ようやくわかった。この不安な気持ちの意味が。そういうことか。


 ——もしかしたら谷口は華凛のことが好きなのかもしれない。


 そうだ。ありえない話ではない。委員会前の会話から察するに彼と華凛は幼馴染みらしい。谷口のあの優しい態度は彼女へ恋心を抱いているから。可能性はある。もし、そうなら勝ち目はないだろう。華凛はとても優しくて可愛くて優秀で。自分の気持ちに素直な子だ。対して私は? 本当は……ああ、駄目だ。考えれば考えるほどネガティブな感情が出てくる。だけど……。



「陽ちゃん、愛美~一緒に帰ろうや~!」


 その後、各クラスの仕事の担当日を決めるとその日の委員会はお開きになり、華凛はすぐさま私たちの下へとやってきた。


「えー」

「えーってなんや! 陽ちゃん、冷たくなったなぁ!」

「冗談だよ」


 谷口と華凛は軽口を叩きあう。私はそれを黙ってみていた。


「愛美? どしたん? 帰ろ?」


 華凛の声に私はハッとする。二人は訝しげな顔で私を見ていた。


「ごめーん! ボーっとしてた。じゃ、帰ろっか。華凛、谷口♡」

「ん、そやな」

「うげぇ……」


 私は何とか調子を取り戻し言う。本当は小悪魔モードは谷口以外にはやらないけど、もともとこれは華凛に教えてもらったものだから、彼女の前でも問題ないだろう。……もっとも、意味はないかもしれないけど。


「うげぇはないやろ陽ちゃん。女子に対してそのリアクションは駄目やろ」

「そうだよ愛美傷ついちゃった」

「いや、お前らなあ……」


 谷口は呆れたような表情をする。


「うえーん谷口ひどーい」

「おお、大丈夫や私の愛美。陽ちゃん、こんな可愛い子を泣かすとはどういうことや! 見損なったで!」


 私が泣き真似をすると華凛は私を抱きしめ、わざとらしい口調で谷口を責める。谷口はええ……と不満げに顔をしかめていたが、咳ばらいをすると


「す、すまん……川瀬」


 申し訳なさそうに谷口は頭を下げる。


「いいよ許してあげる谷口♡」

「ここは愛美の顔を立てて私も見逃したるわ」

「…………なんか、納得いかねー」


 私と華凛は笑い出す。しばらく口をとがらせていた谷口もやがて優しい笑みを浮かべる。……その笑みを向けているのはどっちなんだろう? 私? それとも……華凛?

 

「いやーあの頃の陽ちゃんは可愛かった。僕、大人になったら華凛お姉ちゃんと結婚する! なんて言ってたこともあったし」

「そんな記憶ないんだが!?」

「でも、ごめんね。私、陽ちゃんをそう言う目では見れないんだ。きっと陽ちゃんにはもっと他にいい子が見つかるよ。そう、それも身近に……」

「何で俺はお前にフラれてんの? お前の虚構の記憶だよねそれ?」


 帰り道、私は二人の会話には参加せず後ろからついていく形で歩いていた。二人は久しぶりの再会という事で思い出話に花を咲かせていた。


「でも、身体ならOKだ。むしろ堪能するわその身体。ぐへへへ。気心も知れているし。安心。それならいつでもヨシ!」

「丁重にお断りします」

「陽ちゃんのいけず~お堅い男は嫌われるで~!」

「……うーん。今度は頭の病院が必要みたいか」

「シンプルにひどい!」


 ……恋人のような仲の良さだな、と私は思った。そして、とてもお似合いだなと思った。


「…………」

「いきなり黙ったな小谷」

「ん? いや? それより昔みたいに凜ちゃんって呼んでよー寂しい!」

「え、もう高校生だぞ。ハズイし、周りに変な誤解受けたくないし」

「えー。ブーブー」

「わーったわーった。……凜ちゃん」

「よろしい」


 華凛がうんうんと頷く。愛称。……私なんて名字でしか呼ばれてないのに。


「あ、連絡先。交換しよ!」

「あー……そうだな」


 二人はスマホを取り出し、連絡先を交換する。……めちゃスムーズだなぁ。私なんて谷口と連絡先交換した時、内心めちゃドキドキしてたのに。


「よしスタ連したる。今夜は寝かせねえぜ?」

「帰ったらブロックしとくわ」

「やめて!?」


 じゃあやんなよ、という意思込めた谷口のジト目に華凛は苦笑いし、大きく伸びをする。


「じゃ、私はこっちの道だから二人ともじゃあね」


 ……え? 私は疑問に思った。だって華凛の家の方向はそっちじゃない。何度か遊びに行ったからわかる。


「ふーん。そっかじゃあな」

「うん。あ、でも帰る前にマナミウムを補給せにゃならんわ」

「はい?」


 華凛は谷口には答えず、代わりに私に抱き着いてきた。


「ちょ!? 華凛」

「……そんなに心配ならちゃんと自分の気持ちを伝えりゃええやろ」

「…………え?」


 華凛は私に抱き着いたまま耳元に小声で言う。


「愛美のことや。どうせ、陽ちゃんは華凛のことが好きなんじゃないか、私よりあの二人の方が~とか面倒くさいことうだうだ考えとったんやろ」

「うぐ……」


 なぜわかったの? 完璧に当たってるんですが。


「そんな心配なら陽ちゃんをちゃんと意識させてみぃ。ちゃんと伝えや」

「……けど、怖いよ」

「アホか。何のための小悪魔キャラや。ちっとは頭使い、恋愛赤点劣等生」

「れん……! あか……!?」


 華凛はふっと笑い、大きく息を吸い込む。


「んーよし! マナミウム補充完了! 生き返るわ~これで明日も頑張れる!」


 そして私から離れるとそんなことを大声で言う。


「何だよ、マナミウムって……」


 谷口は華凛にジト目を向ける。その視線に対し彼女はふっふっふと芝居がかった笑いをする。


「マナミウムは健康促進・精神安定・勉学向上などなど様々な効果をもたらすホルモンなんや。私、華凛が好成績を収めているのもひとえにこのマナミウムのおかげなのだよ」

「マジかよ。すげえな。マナミウム」

「ふっ。残念、マナミウムは私のもんや。特許申請中です」


 華凛はどや、と胸を張る。谷口は呆れ果てた顔だ。


「んじゃ、まあ。今度こそじゃあねー愛美、陽ちゃん~!」


 華凛はそう言うと走り去っていってしまう。


「あ、嵐のような奴だな……」

「そ、そうだね……」


 私と谷口はしばらく華凛が走り去っていった方向をぽかんとした表情で見ていた。そして、やがて気を取り直したように歩き出す。が。


「……………………」

「……………………」


 終始、互いに無言だった。どうしよう。なんか気まずい。いつもの調子で話しかければいいじゃん! そう心の中で思うものの口は動かない。そうこうしていると曲がり角へとたどり着く。家に帰るには右に曲がらなければならない。


「……私、右だから」

「お、おう。……俺はこのまままっすぐだから」

「……そう。また明日ね、谷口」

「ああ。……また明日学校でな。川瀬」


 そう言い、谷口は歩き出す。駄目。このままじゃ、駄目。駄目なの!


「…………川瀬?」


 私は谷口の袖をつかんでいた。無意識だった。だけど。言うなら今しかないだろう。私は覚悟を決める。


「……谷口はさ。……華凛のことが好きなの?」

「え?」

「華凛のこと好きなの……?」


 私はもう一度言う。今鏡がないことに感謝した。だって今の私の顔はとても不安で泣きそうで、いつも谷口に見せているような余裕の表情なんかじゃない。ただの怯えている女の子だ。谷口はじっと私を見る。


「……俺は別にあいつに対して、そんな感情は抱いてないよ」


 どれだけの時間が経ったろうか、やがて谷口が言う。いや、実際には長くて一、二分程度だろう。けれども私にはそのくらい長い時間に感じた。


「あいつはただの幼馴染み。それ以外の気持ちは持ってないよ」

「じゃあ……仮にあの子が谷口を好きって言ってきたらどうする?」

「それは……」

「待って、やっぱりいい」

「え?」


 答えようとした谷口を遮る。怖かった。答えを訊くのが。華凛はきっと谷口に告白するようなことは無いだろう。だから、仮に谷口がどんな答えを出してもこの仮定には意味はない。だけど、訊くのは怖かった。怖い。怖い。それでもこれだけは言うべきだ。じゃないと、進むことはできない。このまま不安を抱き続けるだけ。


「ねえ……谷口。私じゃ駄目かな?私じゃ……駄目?」

「川瀬……?」


 覚悟は決まった。後のことは考えるな。私は決心し戸惑う表情の谷口をまっすぐに見る。


「谷口は……私のことどう思ってるの?」


 言った。言ってやった。少しの間静粛が訪れる。それでも私に後悔はない。


「川瀬は——」


 谷口が口を開く。私は目をつむりその答えをしっかりと訊く。


「頭もよくて皆から一目置かれてるのにその実、俺なんかの思春期男子の心をもてあそんで楽しんでる、一言で言えば嫌な女だ」


 ――終わったー。駄目だったー。てかそんな風に思われてたのか私ー。うわーもーむり。誰か、今すぐタイムマシン発明して。できれば一分以内に。


「——けど」


 絶望に暮れる私に対し、谷口は言う。


「本当は優しくて、努力家で、信頼できる良い奴だとも思っている。ま、知り合ってそんなに経たないのにお前の何を知っているんだって話だけどな」


 私は目を開き、谷口の顔を見る。その表情はとても優しかった。


「……良いのか悪いのかどっちなの?」

「無論、お前は憎たらしい奴とも思ってるし、いい奴とも思っている」


 私は谷口にジト目を向ける。しかし


「ぷっ……あははははは!」

「ふふふ……はははははは!」


 すぐに互いに笑い出す。しばらく、私と谷口は腹を抱えて笑っていた。ああ。そっか。そうだ。何も心配なんていらなかった。そんなことははずだ。そうじゃなければ、私と谷口は仲良くすらなってなかったはず。無意味だったのだ。


「ねえ、谷口?」

「ん、何だよ」

「私、私ね……谷口のことが実は……」


 私の言葉に谷口はハッとした表情をし、慌てたようにする。


「え? ちょ? 川瀬!?」

「谷口のことが……す……す……」

「いや、ちょ、あの、その……」

「す……す……」

「え、えと……その……」

「――なーんてね!」

「………………は?」


 私はいつものようにニヤッとし、軽い調子で谷口に言う。


「えーもしかしてー告白されるとでも思ってたの~? 谷口、自意識過剰ー! でもでも~谷口が告白するなら受けてみてもいいかもー?」

「こ……この野郎……!」


 谷口が顔を真っ赤にし、私はけたけたと笑う。そう。これでいいんだ。


「あんま、からかうのはやめとけよ」

「あははは……うん?」

「俺も男なんだぞ」

 

 え? ちょ? 谷口? いや、その~……。


「あんま、からかうとこっちが本気になっても文句は言えないぞ?」


 えええええええええええええええええええええええ!!!!!?


「え、その……また明日―!!」


 私は一目散に逃げだした。だからその不意のはずるいって! 谷口! 好きの気持ちが限界突破しちゃう!レアリティRからSSRになっちゃう! そんな謎テンションのまま走り続けるといつのまにか家の前にたどり着いていた。……ホント、ずるいんだから……。




 ……はっず! マジはずい! 俺は川瀬がいなくなると羞恥心に悶えていた。ないわーあれはないわー。なんだよあれ、どこの少女漫画のイケメン君のセリフですかってほどですよ、まったく!


「……けど」


 先程の川瀬の表情を思い出す。不安そうな表情。あの表情を見たのはあの日以来だろうか。


「……やっぱり、あいつにはあんな表情よりいつもの顔が似合っている」


 それに……あいつの気持ちが……。ってそれは自意識過剰だわ。あの小悪魔だぞ。それはない。


「……でも、よかった」


 俺はひとり呟き歩き出す。柄にも合わないが、夕焼けがなんだかきれいに感じた。 

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