越乃国戦記 前編 1945年初夏(5式中戦車乙2型/チリオツニの開発)

遥乃陽 はるかのあきら

失態と戦慄の桜花 『越乃国戦記 前編(5式中戦車乙2型/チリオツニの開発 1945年夏) 第1話』

■昭和20年(1945年)11月4日 午前6時 日曜日 金沢市野村練兵場近くの竹林内


 今年、昭和20年は残暑が長引いて、9月中旬と10月中旬に北陸地方を通過した台風が、それぞれ、2、3日だけは強風と豪雨で涼(すず)しくしただけで、いつまでも9月の暑さが続き、晩秋の訪(おとず)れが一向(いっこう)に来てくれない。

 それでも、随分(ずいぶん)と涼しくなって寝苦しくなくなった11月初頭の早朝の静寂(せいじゃく)と夢見のまどろみは、突如(とつじょ)として始まった群(む)れ飛ぶ蝿(はえ)のような敵の艦載機が繰(く)り返(かえ)す空襲の爆音で破(やぶ)られた。

 同時に近くの兵舎と辺りの集落や市内の方からは、警報と避難を促(うなが)す為(ため)に鳴らされたサイレンが聞こえて来た。

 アメリカ軍の艦隊の接近が深夜未明(みめい)に伝えられていたが、暁(あかつき)から航空攻撃をしてくるとは思わずに仮眠を続けてしていた。

 直(す)ぐに飛び起きて、脇(わき)に置いていた双眼鏡を掴(つか)み、司令塔のハッチから出て敵情を視認する。

 水平線上に5隻の敵戦艦が連(つら)なっているのが見え、其(そ)の上空には水平線の向こうで、此処(ここ)からは見えていない航空母艦から発艦したばかりの艦載機が編隊を組む為に集結している。

(これは、上陸前の制圧射撃だ! 4、5時間後には、水陸両用戦車が大挙(たいきょ)して上陸して来るぞ!)

 上陸支援(しえん)の艦砲射撃を行う為に戦艦群が並ぶ敵情に、顔面から血の気が失せて行くのと、チリチリと痺(しび)れる手の指先から力が抜けて行くのと、ガクガクと震(ふる)える膝(ひざ)に、爪先(つまさき)と踵(きびす)の感覚が消えるのが分かった。

--------------------

 最早(もはや)、この大日本帝国の敗北が決定した最末期の戦局で、アメリカ軍がレイテ島の時のように火力任(まか)せの強襲上陸をして来ないと昨夜(ゆうべ)は思い込み、今日辺りは、水平線の彼方に機動部隊と輸送船団が集結して空爆に終始し、艦砲射撃の支援が加わった上陸の決行は明日だと考えていた。そして、明日の日没後から金石(かないわ)街道に交差する植林帯や雑木林(ぞうきばやし)の中に設けた防衛拠点へ越乃国(こしのくに)梯団(ていだん)の5式中戦車乙型(おつがた)2の全車6輌を移動させて、待ち伏せの配置に就(つ)かせるつもりでいた。

 戦略的価値が無いと見做(みな)されている石川県(いしかわけん)の大きく弧(こ)を描(えが)く海岸線へ、これまで1度もB29による無差別な絨毯(じゅうたん)爆撃を行わずに上陸作戦を決行して来るとは、徹底抗戦を命令し続ける大本営を長野県(ながのけん)西部から逃げ道を無くして包囲撃滅する為や、アメリカ軍による北陸(ほくりく)地方の実行支配の必要性から上陸して占領しなけなければならないのだろうと察(さっ)していた。

 水平線の上に黒い霞(かすみ)のように群れ飛ぶ艦載機が次々と横並びの編隊を組んで迫って来ると、海岸線の上空で各機がパラパラと爆弾を投下し、ロケット弾を発射しながら低空に降りて眩(まばゆ)いオレンジ色の曳光(えいこう)を引く機銃掃射をしてから上空へと舞い上がって行く。

 ニセアカシアの森に覆われていた砂丘や海岸沿いの倉部(くらべ)、八田(はった)、打木(うちき)、下安原(しもやすはら)、専光寺(せんこうじ)、金石(かないわ)、大野(おおの)、粟ヶ崎(あわがさき)、内灘(うちなだ)、大根布(おおねぶ)、西荒屋(にしあらや)などの集落を爆発で土砂(どしゃ)を噴き上げ、家屋を噴(ふ)き飛ばし、油脂(ゆし)爆弾の炎(ほのお)の塊(かたまり)で焼き尽(つ)くしている。

 更に畦道(あぜみち)に有る掘(ほ)っ立(だ)て小屋、神社、茂(しげ)みなど、日本人が隠(かく)れて潜(ひそ)みそうな場所に多量の銃弾を撃ち込んでいる。

 それにしても、これまで空爆の予兆(よちょう)も無く、海上に艦船の影も見せず、いきなり上陸作戦を強行しようと夜明けの水平線に現れた敵戦艦群と死の破壊を降らせて襲(おそ)い掛かる艦載機の群れが、露払いの攻撃をして来るとは思いもしなかった。

 乱舞する艦載機を追い散らすように、海軍の連装及び3連装の25㎜対空機銃や陸軍の双連(そうれん)と単装の20㎜機関砲が赤色や黄色の曳光弾の射筋を撃ち上げている。

 海軍の対空機銃と陸軍の機関砲は、どちらも瞬発自爆信管を用いているので、命中すれば機体に大穴を開ける破壊力が有った。

 陸軍の20㎜機関砲は、取り回しと照準(しょうじゅん)が容易(ようい)そうなのだが、弾頭重量は120gで、日米開戦時のアメリカ軍機と比(くら)べて遥かに大馬力で構造の強化された現在の新型機には、威力不足の感が否(いな)めない。

 海軍の25㎜対空機銃の射撃には砲座の旋回手と仰角(ぎょうかく)や照準を担(にな)う射手の二人掛かりなので、訓練を重ねないと有効弾を得られなかった。

 また、25㎜対空機銃の弾頭重量は220gなので、陸軍の20㎜機関砲よりも強力だったが、500mの水平射撃よりも高度500mへの高射への射撃の方が、重力に戻(もど)される影響が大きくなるので威力は半減した。

 これは20㎜機関砲も同様で、カンカンと敵機に命中しているのが見えるのに、今一つ、弾丸の圧(お)しが弱くて、機体のフレームを切り裂(さ)く事が出来ていなかった。

 対空砲火による反撃は海岸沿いの集落近くに展開する機銃群だけで、残りの金沢市、野々市町(ののいちまち)、松任町(まっとうまち)の周辺や背後の低い山の山頂に配置されている高射砲群など、防空陣地の全体の5分の4ほどは陣地の秘匿(ひとく)の為に砲火を開いていない。

 敵機の機銃掃射のオレンジ色と対空機銃が撃ち上げる曳光弾の赤色と黄色が何度も交差して、長い連射を浴びた数機が炎に包まれて水田に激突し、2,3ヵ所の銃座が機銃掃射とロケット弾で木(こ)っ端(ぱ)微塵(みじん)に飛散するのが見て取れた。

--------------------

 上陸されて占領された関東(かんとう)地方と九州(きゅうしゅう)地方や侵攻中の山陰(さんいん)地方と山陽(さんよう)地方、それに、東海(とうかい)地方各地の不利な戦況は、無線で知らされているだけの外地の戦闘のように思われて、平穏な待機の毎日が戦闘への直感を鈍(にぶ)らせていたのだと思う。

(言い訳を幾(いく)ら連(つら)ねても、気を緩(ゆる)ませた自分の失態だ! 上陸して侵攻して来る敵を迎(むか)え撃つ守備位置へ、事前に配下の部隊へ移動を命じていなかったのは、実戦経験からの驕(おご)りが有った私の責任だ!)

 速(すみ)やかに移動を行い、守備位置で上陸侵攻して来るアメリカ軍を迎撃せねばと、気持ちは緊張(きんちょう)して固(かた)く拳(こぶし)を握り締めた。だが、白昼に市街地の道路を通って移動する軍用車輛や戦車などは擬装(ぎそう)を施(ほどこ)しても目立つ標的となり、上空から見咎(みとが)められれば容易(たやす)く破壊されるだろう。

 故(ゆえ)に白昼の移動は思い止まり、今朝の敵の上陸と昼間の侵攻を許(ゆる)して、日没時点での敵の進出位置が何処(どこ)まで来るのか分からないが、黄昏時(たそがれどき)に各車を移動させての夜間戦闘を遣(や)るしかないと、其の責任の重大さに心は焦(あせ)っていた。

--------------------

 敵の航空母艦や上陸部隊の船舶は、水平線の向こう側で姿が見えていない。

 レイテ島の時のタクロバンへ上陸した時の様な激しさではないが、空襲を受けているのは、特に宮腰(みやこし)とも呼ばれている金石の漁村、大野の湊町(みなとまち)、粟ヶ崎から内灘の砂丘で、絶(た)え間無く土砂と黒煙と炎が上がっている。

 アメリカ軍は、本州の日本海側に在る石川県の県庁所在地になる帝国陸軍の軍都『金沢(かなざわ)』と加賀(かが)地方の帝国海軍の軍都『小松(こまつ)』への最短距離になる海岸に上陸を敢行(かんこう)しようとしていた。

 左方の直線距離40㎞の彼方(かなた)、加賀(かが)地方の海岸近くに遠望できる小松飛行場辺りにも、チカチカと爆弾が爆発する閃光(せんこう)と炎から昇(のぼ)る黒煙が幾筋も見え、上空には防空の口径(こうけい)7・5㎝高射砲から撃ち上げる無数の時限信管付き砲弾の炸裂した痕(あと)が、習字(しゅうじ)の筆先から跳(は)ねた黒墨(くろすみ)の小さな玉雫(たましずく)の滲(にじ)んだようになって点在している。

 30分程続いた航空攻撃を終えて、乱舞していた全ての敵艦載機が水平線の彼方の母艦へ戻って行っても、空襲警報のサイレンは止む事も無く鳴り響いていて、直ぐに大型爆弾の威力に匹敵(ひってき)する戦艦の主砲弾が降り注ぐ、艦砲射撃が始まる事を知らせている。

 我が乗車の各ハッチが開いて上半身を乗り出した搭乗員達が、敵情を双眼鏡で見続けている中、水平線上に連(つら)なっている5隻の敵戦艦がチカチカと主砲の発砲した光を瞬(またた)かせると、数秒後には砂丘と集落に着弾して、空襲の爆弾よりも大きく辺りを噴き飛ばした。

 更に其の数秒後にはドロドロと遠雷のように轟(とどろ)く艦砲射撃の砲声とドドーン、ドドーンと砲弾の爆発音が低く聞こえて来た。

「指中ぁ、エンジンを掛けて、暖気だ! 艦砲射撃が途切(とぎ)れたら各車の状況を確認後に所定の守備位置へ移動するぞ!」

「赤芝ぁ、無線で2号車にも守備位置へ移動せよと伝えろ。ただし状況判断まで待機だ! 第2中隊と第3中隊の各車へ連絡、状況詳細を報告させろ!」

(観測所のトーチカが点在する程度の守備拠点しかない水際(みずぎわ)は、砂浜の海岸へ一斉に押し寄せて上陸する水陸両用戦車群によって容易く突破されているだろう)

(そして、上陸したアメリカ軍は射程を伸ばす艦砲の制圧射撃に援護されて、雑多な兵科の兵隊達や国民義勇隊の少年達が篭(こも)る畦道沿いや植林帯縁に造られた掩蔽(えんぺい)壕(ごう)の防衛線は、チリオツニが守備陣地へ着く前に越えられてしまうだろう)

(そうなれば、白日の下に曝(さら)される2輌のチリオツニは、地上では敵のM4戦車の包囲攻撃を受け、制空権を失っている上空からは爆弾やロケット弾が降り注ぐだろう)

(自決する間も無く、なんら決戦にも、防衛にも寄与(きよ)する事も無く、多くの日本人の無念を晴らす為に大勢が心血を注(そそ)いで開発したチリオツニは、哀(あわ)れにも無駄死にで潰(つい)えてしまう)

 チリオツニとは試作された5式中戦車『チリ』を、更に、この時の為に開発を続けて加えた改良に改良を重(かさ)ね、僅(わず)かな数のみが試作量産された、5式中戦車乙2型の秘匿(ひとく)名称で愛称でもあった。

 通り名として関係者の間では極普通に使われているが、本来は関東から関西までの表日本の政治、産業の重要な戦略地帯へ配備されるべき決戦兵器なのだけれど、初期開発の著(いちじる)しい延滞で防衛予定地域の戦闘には間に合わず、完成はしても、既(すで)に、守るべき国土は日本海側の古代に流刑地だった辺鄙(へんぴ)な地域しか残されていなかった。

(それでも、決死の一矢(いっし)を報(むく)いる為、出来る限りの事に尽力(じんりょく)しなければならない!)

 圧倒的な敵艦載機の制圧下で非常に移動は困難だが、守備位置へ行くべきだと判断する。

 視界の左端の遠方海上にも黒々とゴマ粒が群れているみたいな大船団に、其の群れから僅かに離れて連なる灰色の米粒がチカチカと瞬くように見える艦砲射撃中の敵戦艦隊と、対岸の岸辺から幾条もの煙が上がっているのが見え、加賀方面の安宅(あたか)から塩屋(しおや)の海岸へもアメリカ軍は上陸をしようとしているのを知った。

 そちらを守備する第2中隊の2輌と第3中隊の1号車が、上陸する敵と交戦する前に艦砲や空爆で全滅してしまわないかと、状況を心配しながら見ていると、加賀沖の海を埋め尽くすアメリカ艦隊の中に、パッ、パッと遠くでフラッシュを焚(た)いたような光りが見えると、黒粒の艦船から黒煙が上がって陸地の方へ棚引(たなび)いた。

(おおっ、何だあ? 海軍小松飛行場の神雷(じんらい)隊が攻撃して爆弾か、魚雷が命中したのだろうか? それとも体当たりの突入を敢行(かんこう)したのだろうか?)

 直線距離で小松飛行場まで40㎞、秋晴れの澄(す)み切った朝の大気でも距離が有り過ぎて、編隊で対地攻撃を繰り返しているであろう、敵艦載機と、低空で攻撃しているであろう、神雷隊の雷撃機や双発爆撃の機影は、8倍の双眼鏡を通しても全く見付けられなかった。

--------------------

 『ガオォォォーッ!』

 突然、頭上に大音響が響いて辺りを振るわせ、思わず身を竦(すく)めてしまう。

 見上げると、野村練兵場の一部となっている後方の三小牛山(みつこうじやま)の山頂から次々とロケット機が射出されていて、更に、犀川(さいがわ)と小立野(こだつの)台地と浅野川(あさのがわ)を隔(へだ)てた低く連なる山、金沢市民から『向い山(むかいやま)』と呼ばれて親しまれ、全体が市の自然公園になっている卯辰山(うたつやま)の山頂からも1機の桜花が発進している。

 山頂のカタパルトから勢(いきお)い良く射出されたロケット機は、枯れ木や枯れ葉を燃やした煙の煙幕が漂いだした平野部と市街地の上を甲高い轟音を響かせながら、機体の最後部から長いオレンジ色のロケット燃焼の炎を輝かせて突入高度と飛距離を得る為に上昇して行く。

 もの凄い速度で1000mほどの高度へ上昇したロケット機は、海岸線を越えた辺りで上昇用のロケットの燃焼が終えると直ぐに残りのロケットを点火させて、更に上昇を加速して水平線上に見える敵の戦艦や航空母艦へ1直線に向かっている。

 ロケットを燃焼させて飛べば、絶対に生きては戻れない神風特攻と理解していても、其の力強い轟きと格好良(かっこうよ)い真っ直ぐな潔さに、畏(おそ)れの戦慄で全身に寒(さぶ)イボが立ち、奥歯を噛み締めて口を一文字にきつく結び、自分も失態を晴らすべきと激しく憤ってしまう。

 泉野(いずみの)の高台の竹林際でエンジンを始動させて青白い排気を噴き上げた自分が乗車指揮する5式中戦車の砲塔の上に立ち、双眼鏡で飛び去る桜花を追った。

 海上へ出て水平線近くまで到達したように思えたロケット機の小さく輝いていたロケットの炎が消えて、はっきりした黒点の微粒子に一瞬だけ見えた後は、薄い青色の空に吸い込まれたように全く見えなくなった。そして、砲爆撃の着弾の合間に遠ざかり小さくなって消えたロケットの遅れて届いていた微(かす)かな響きがピタッと聞こえなくなった瞬間に、水平線で主砲を斉射し続けていた先頭の敵戦艦の中央に主砲の発砲炎よりも大きな閃光(せんこう)が光った。

 それは轟音を轟かせた射出から必殺の炎の塊になるまで僅か20秒余りの出来事だった。

 優に20㎞近く離れている遠目にも、側舷の対空砲列が飛び散り、煙突と艦橋が傾いたように見えると、直ぐにもうもうと噴き出す黒煙に船体全体が包まれながら、敵戦艦が沈んで行くのを知った。

 すぅーと艦橋が真横近くに傾いて水平線に没しようとした時、突然に真っ白い水煙を高々と上げる大爆発が起きて、ほんの3分程前まで盛んに艦砲射撃をしていた敵戦艦は完全に沈没してしまった。

 それは、正(まさ)に身の毛が弥立(よだ)つような素晴らしい轟沈(ごうちん)で、其の戦慄(せんりつ)に全身が無意識にブルブルと震えてしまい、抑えようがない。

(血潮(ちしお)が疼(うず)くとは、正しくこの事だ!)

 更に、後方に並んで艦砲射撃をしていた2番艦の戦艦にも船尾で閃光が眩(まぶ)しく光り、射撃中の後部砲塔が持ち上がって空中へ飛ばされ、今は、爆発した船尾から沈みかけている。

 後部砲塔近くに命中したロケット機は、弾薬庫の誘爆を招いていた。

 大爆発で船尾を失った2番艦は、沈むのを防いでも、大破の大修理で1年以上は戦力外になるだろう。

続いて、水平線の向こうに大きな炎の塊(かたまり)が上がっていた。

 其の位置からして、艦載機を発艦していた航空母艦だと判断した。

 其の航空母艦も、飛行甲板を破壊されたのならば、もう航空戦力として用を成さない。

 それは、物凄(ものすご)い大戦果で、確(たし)かに戦闘を交える者達や敵を憎(にく)んで殲滅(せんめつ)を望む人達の戦意を激しく高揚(こうよう)させていた。だが、大戦果を上げた戦法は敵艦に体当たりして自爆する特別攻撃とされた神風攻撃で、其の自爆する飛行兵器は搭載機銃や爆弾投下装置も無いが、機首に800㎏もの高性能爆薬を仕込まれた突入特攻専用のロケット推進機だった。

 ロケット推進機に搭乗して突入の操縦をするのは、優秀な学力と思考力と身体能力に強靭(きょうじん)な神経を養(やしな)った若者達だ。

 地面や水面の2次元平面を走る自動車や汽船の操縦など比(くら)べ物にならない、宙に浮いて操(あやつ)るという3次元の操縦を鍛錬(たんれん)して取得した操縦士が、たった1回の最初にして最期となる攻撃で失(うしな)われるのには、納得のいかない憤りが溜(た)まっていた。

 軍人として立志(りっし)すれば、輝かしい戦歴と華々しい戦果を達成したいと思い願うが、敵を撃滅して敵陣を占領しても、出来れば初陣での戦死はしたくない。

 これまでのどの戦闘でも、私は決死の覚悟で必死に戦って来たが、無謀な切り込みは部下にもさせて来なかった。

 瀕死(ひんし)の重傷を負(お)い、最早、最期だと悟(さと)り、今際(いまわ)の際(きわ)の断末魔(だんまつま)になら、死なば諸共(もろとも)の自爆や自決もするだろう。

(しかし、最初から自殺の訓練をして情(なさ)け無用の死神に刈(か)られる為に自殺機械に乗り、無数の爆裂と曳光弾が集中して来る中へ突入して散華(さんげ)するのは、どのような美辞麗句(びじれいく)を書き連ね、賛辞(さんじ)を浴(あ)びせ並べても、彼ら達の内心、いや、本心は無念に違い無い!)

--------------------

 艦砲射撃と空爆がピタリと止み、空襲警報終了のサイレンが長い音(いん)を引いて鳴り止むと、風に戦(そよ)ぐ竹林の笹の葉のざわめきだけが聞こえている。

 ロケット機の突入を免(まぬ)れた後続の3隻の戦艦は、水平線の彼方へと姿を消し、ロケット機の航続圏外へと逃(のが)れて行った。

 双眼鏡を加賀沖へ向けると、先程の2筋の煙は更に1筋増えて、3本の黒煙になっているのが見え、砲撃の停止した敵の艦隊と船団は、真っ黒な煙を靡(なび)かせる三つの米粒を水平線上に残して進行方向を変え、金沢沖と同様に日本海沖へ退避(たいひ)して行くところだった。

 それらは、柴山潟近郊の丘陵と三小牛山や卯辰山のカタパルトから射出された複数のロケット機が敵主力艦に突入した僅(わず)か1分にも満たない極短時間の特別攻撃で起きた、人間を誘導装置にした亜音速(あおんそく)で飛翔するロケット爆弾『桜花』の無情の結末だった。

 この戦場になっている金沢市が在る北陸地方では、満開の桜は4月の入学式の頃で、3月の卒業式で花弁(はなびら)が舞(ま)うように散(ち)る表日本の桜とは違う。

 満開桜を愛(め)でる桜の下の伝統行事の御花見宴席は、関東から南の表日本では互(たが)いの健勝(けんしょう)を願う別れの盃(さかずき)だが、北陸地方では出逢(であ)いを歓迎して祝(いわ)う宴(うたげ)となる。

 桜吹雪(さくらふぶき)の美しい散り様(ざま)を、戦死という命の散華に喩(たと)えて謳(うた)う軍歌の『同期の桜』は、関東地方での軍人集まりの酒宴で、よく合唱されていたが、出会い桜の小松市や金沢市での飲み会では歌われてはいなかった。

 『桜花』と誰が名付けたのか知らないが、桜の花が曼殊沙華(まんじゅしゃげ)のような不吉(ふきつ)な花にならないよう願いたい。

--------------------

 恐(おそ)らく、敵は加賀や金沢の海岸防備を侮(あなど)っていたのだろう。

 確かに水際防備は皆無に近いが、古の流刑地で戦略的な価値の無い辺境の田舎で、決戦兵器の桜花の配備や神雷隊の温存戦力は予想していなかったに違いない。

 きっと、厭戦(えんせん)意識が充満する辺境の地などは無血上陸して、其の日の内に金沢市や小松市はあっさりと占領できると読んでいたのだ。

 其の敵の驕(おご)りと侮りによる希望的戦果予想の結果が、戦艦1隻が轟沈、4隻が大中破、それに、1隻の大型空母が戦闘不能の状態になるという大損害を被(こうむ)り、今日の早朝に予定されていただろう上陸作戦が中止される事態を招いたのだ。

 この水平線上に全く敵艦がいないという状況ならば、午後も上陸は決行されないと思うが、昼頃には占領された本州や九州の何処かの飛行場から飛来する爆撃機によって、桜花の発進した三子牛山辺りや海軍神雷隊が基地とする小松飛行場、それに、中途半端な艦砲射撃になってしまった上陸地点の海岸線一帯は繰り返えし爆撃されるだろう。

 カタパルト発進する桜花の配備は、三子牛山や片山津や熊坂の丘陵だけではないが、神雷隊の航空機と共に補充は無くて消耗するだけの仇花(あだばな)を咲かせて消えてしまう戦力だった。そして、操縦士ごと自爆する桜花は、次戦で発進できる機数が精々5、6機しかない。

 小松航空隊で備蓄温存していた燃料の殆どが戦況の切迫している他の基地へ移動されて、神雷隊の戦闘機隊と攻撃機隊の連続稼働は1昼夜が限界で、全力出撃では近距離での1回が限界だと予測されていた。だが、基地である海岸真際の滑走路は艦砲射撃や空爆で直ぐに使えなくなり、強力な敵が上陸すれば忽(たちま)ち蹂躙される。

 劣等で低俗なイエローモンキーだと決め付けていた日本人に大損害を強いられて出鼻を挫かれ、怒り狂うヤンキーどもが皆殺しの報復に燃えて上陸して来れば、激戦が展開する地区となって、出撃した神雷隊の帰還する場所は無くなってしまう。

 必ず明日は、それらを実行する為にヤンキーどもが上陸を強行して来ると考えた。

 レイテ島で、そうだったように抵抗や被害を受けると、奴らは、圧倒的な火力で日本軍の拠点や陣地を徹底的に叩きのめしてから、生き残った我が軍の負傷兵を銃剣で刺し殺し、火炎放射を浴びせて燃やし回り、戦車で轢(ひ)き潰すのだ。

 後退途中で立ち寄ろうとした友好的で日本軍に協力してくれた集落では、ゲリラと一緒にヤンキー共が住人の老若男女全員を広場に集めて、彼らを皆殺しにするのを見た。

 特に若い女性達には、散々弄(もてあそ)んでから殺すという、正に鬼畜(きちく)の所業(しょぎょう)がされていた。

(越の国の人達を、そうはさせない為にも、上陸した奴らの足が、前に1歩も踏み出せないほど、震え上がらせて怯えさせなければならない!)


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る