第4話:持つべきものは親友(美少女)

 怒りに任せ、家を飛び出してから数十分後。

 俺は今、一番の親友である幼馴染……根島来夢(ねとうらいむ)の家を訪れていた。


「へぇ、そんな事があったんだねぇ」


「自分でも色々とびっくりだよ」


 来夢が一人暮らしをしているアパート。

 その一室で、俺達はテーブルを挟んで会話をしている。

 コイツは夜にいきなり訊ねてきて、泊めて欲しいと頼んだ俺を快く受け入れてくれただけではなく、こうして話まで聞いてくれたのだ。

 我が親友ながら、とても良い奴である。


「君から、姉妹の悪評は何度も聞かされていたけど。やはりというべきか、遺伝子上の繋がりは無かったらしい」


「やはり?」


「ああ。君はライオンの群れの習性を知っているかな?」


 来夢は自分で淹れたコーヒーに口を付けながら、ゆっくりとした口調で語り出す。


「ライオンの群れは基本的にハーレムでね。強いオスが沢山のメスと、そのメスに産ませた子供を引き連れているのさ」


「へぇ……それで?」


「ある日。群れのボスが他のオスライオンに敗れて、リーダーが変わる。その新リーダーはまず手始めに、何をすると思う?」


「……まさか」


「そう。前リーダーがメスに産ませた子供を殺すんだよ」


「ひでぇな」


「フフフ……愛らしい見た目の子供達が相手でも、自分と遺伝子の繋がりを持たないのであればいくらでも非情になれるというものさ」


 来夢は心底楽しそうに、そんな趣味の悪い話を笑いながら話す。

 中性的で綺麗な顔立ちに、青色の長い髪を後ろで結んでいるコイツはとんでもない美人なのだが、この性格のせいで俺以外に友達がいないんだ。


「アイツらが俺を虐めていたのは、その遺伝子の繋がりのせいだっていうのか?」


「少なくとも、自分達とは違う何かを感じ取っていたのかもねぇ。それが嫌悪か、愛情なのかは分からないけど」


「嫌悪はともかく、愛情はねぇだろ。好きな相手に、あんな態度を取るかよ」


「おや、そうかな? 愛憎は紙一重という言葉もあるじゃないか」


 頬杖を突きながら、くつくつと嫌な笑みを浮かべる来夢。

 相変わらず、ふわっとした言い回しが好きな奴だ。


「まぁ、いずれにせよ、だ。それだけ血の繋がりというのは大事なのさ。あの有名なシンデレラだってそうじゃないか」


「ああ、義理の姉妹や継母に虐められていたんだっけ? 血が繋がっていないからって、酷い話だよな」


「いいや、ボクが怖いと思うのはシンデレラの方さ。彼女は心優しく、酷い仕打ちにも抵抗せずに従順で、幼気で、不憫な少女の姿を貫いていた」


「……それのどこが怖いんだ?」


「しかし彼女は王子様を射止めた後、自分がガラスの靴を履いて王女となった途端。継母や義理の姉達を見捨てて、自分だけが幸せとなっただろう?」


 そう言われてみれば、あの後に継母達がどうなったのかは知らないな。

 少なくとも、ハッピーエンドの舞台にはいなかったように思う。


「もしも自分を虐めていたのが本当の母親や実の姉妹なら、シンデレラはどうしていたんだろうか? ボクはね、きっと許していたんじゃないかと思うよ」


「そんな事は……」


「ああ、無いかもしれない。でもね、ボクは今の君を見て確信したよ。今まで必死に堪えてきた君が、血が繋がらないと知った途端にコレなんだから」


 そう言われると、何も言い返せなかった。

 俺は決してシンデレラのように優れた容姿も、優しい心も持ち合わせちゃいない。

 でも、家族というだけで俺はアイツらを心の底から憎めなかったし、血の繋がりが無いと知った途端に怒りが爆発したんだ。


「……っと、すまないね。傷心中の君にする話ではなかった」


「いや、いいんだ。こっちこそ、いきなり押しかけてすまないな」


「気にしなくていい。ボクと君は大の親友。血の繋がりを除けば、他の誰よりも君の事が好きだし……好かれていると自負しているよ」


「お前さ、そういう事をよく恥ずかしげもなく言えるよな」


「そう見えるかい? 内心では心臓ドッキドキなんだがねぇ」


 フフフと笑みを零し、来夢はまたしてもコーヒーに口を付ける。

 どこか心臓ドキドキなんだよ。


「そういえば、一人暮らしはもう慣れたか?」


「ボチボチってところかねぇ。まぁそれなりに楽しめてはいるよ」


「そっか。しっかし、いくらもうすぐ高校一年生だからって……お前の親もよく、女の一人暮らしを認めたよな」


「このアパートの大家はボクの叔父さんだし、すぐ下の階に住んでいるからねぇ。そこまで大事にはならないと判断したんじゃないかな?」


「あー、そんな話だったっけ」


「そうさ。だからもし君が家を出て、行く宛が無いというのなら――そうだね。ちょうどボクの隣の部屋が空き室だから、叔父さんに頼んでみようか?」


「え? いいのか!?」


 落ち着いたら父さんに連絡して、家を出て一人暮らしをする事を伝えるつもりだった。

 そしてアパートを探すところまで協力して貰い、後は自分でバイトでもしながら家賃や生活費を稼ごうと思っていたんだけど。


「ボクとしては、この部屋で一緒に暮らして貰いたいんだけどね。ほら、君ってばこれまでの奴隷生活で家事や炊事が得意そうだし」


「それが狙いかよ!」


「くくくっ、隣の部屋の住人に作りすぎたオカズをお裾分け……というベタベタな展開を、毎晩のように楽しみにしておくとも」


 コ、コイツ! 親友に恩を売りながら、ちゃっかり自分の得も確保するとは。

 我が親友ながら、本当に恐ろしい奴だ。


「分かったよ。なるべくお前の分も作っておくよ」


「ありたいねぇ。そうそう、最初は肉じゃがにしてくれないかい? お裾分けの定番と言えば、肉じゃがかカレーと相場は決まっているのさ」


「はいはい。仰せのままに」


「よろしい。では、契約成立という事で……そろそろ、お楽しみの時間と行こう」


 そう言いながら、来夢がシュルリと着ていた上着を脱ぐ。

 そして肌の露出の多いブラトップの格好になると、彼女はニヤリと笑い……こう続ける。


「さぁ、折角の春休みなんだ! 今夜は大連闘クリティカルブラザーズを存分に楽しもうじゃないか!」


 来夢はテレビの前でゲーム機本体の電源を入れると、コントローラーを二つ持って戻ってくる。

 なるほど、徹夜で格闘ゲームと洒落込もうってわけか。


「今日こそは君を負かせてみせるとも。ボクの修行の成果、とくと見るがいい!」


「いいぜ。またこの前みたいに、ボコ負けで泣き出しても知らねぇからな」


「あうっ!? そ、その事は忘れたまえっ!」


 来夢は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、カチャカチャと忙しなく使用キャラの選択を始める。

 馬鹿め。そうやって動揺している時点で、お前に勝ち目は無いわ!


「よっしゃ、行くぞ!」


「今夜は2人で、激しく、熱く燃え上がろうじゃないか!」


 こうして始まった徹夜の格闘ゲームバトル……だったのだが。


 開幕から10戦連続で敗北したところで来夢が泣き出し、布団の中に包まって拗ねてしまった為に、結局お開きになってしまった。

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