絵はがき

さっきまで見ていたのは、夢だったのだろうか。

いや、でも確かに俺は鏡の中に落ちた。


本当に起きたことだと信じたくて、何度も鏡を押す。それでも鏡はびくともせず、むなしくただ1人鏡の向こうに行こうとする自分の姿だけが映っていた。やっぱり、鏡は嫌いだ。


自他共に似合わないと認めた服を脱ぎ捨てる。

脱ぎ捨てると言っても、商品だということはもちろん忘れていない。心がくさくさしているだけだ。脱いだ服は、丁寧に元合ったようにハンガーに掛けたり、たたんだりする。

そして、脱いで隅っこに押しやっていた服を着て、改めて鏡を見る。

よれよれだし、くすんでいるけれどこれは着ていた年数の問題かもしれない。

俺にはこの服が似合っている、と心の底から感じた。

さっきまでとは打って変わって、少し鏡を好きになれた気がした。


忘れ物がないか、確認して試着室を出る。

手に持っている服達は、さっきまできていたからだろうか少し温かい。


カウンターの中にいる店員さんと目が合う。

どれも似合わなかったことを察してくれたのだろうか、カウンターから出てきて俺の手から服を回収してくれる。そして、またすぐにきびすを返して、カウンターの中に戻っていった。


俺はそんな少しそっけない彼女を追いかけて、声をかけた。

「すんません。それあんまし似合わなくて……。」

「いいんですよ、そのための試着ですから。」

彼女はちらっとこちらをみて、言った。そしてそのまま、目線をカウンターの上にある絵はがきに落とした。

「それに、そのお洋服の方が似合っていますから。」

その彼女の一言で目が覚めた。


「これ、これ買っても良いですか?売り物でしょうか。」

ほとんど無意識に絵はがきを指さして、聞いていた。

「はい。1枚170円です。」

彼女はそう言いながら、カウンターの向こうにある回転棚を示した。

「あちらに他の種類もありますが、ご覧になられますか? それとも、こちらの柄でよろしいですか?」

カウンターにあるものと、棚の方を見遣って少し考えた。

「こちらでお願いします。」

カウンターにある方を改めて手渡した。


その絵はがきをぱっ、と見たときに香織の顔が浮かんだ。

綺麗な緑地に白いお花畑が広がっていて、その真ん中で女の子がはしゃいでいる絵だった。

香織に会いたい、と強く思った。

色々なことを謝りたいと思った。

今更、遅いかもしれない。でも香織が本当に大事な人だったのだと気がついた。


「170円です。」

その声に倣って、お金を払う。

そして、綺麗な包装紙に包まれたはがきを受け取る。


受け取るときに少し、カウンターの中が見えた。

アップルパイの紙袋。あいつが大好きな店のもの。

あいつとも、ちゃんと話さないと。いまなら向き合える気がする。心の中で呟いた。


カランカラン、となる扉を開ける。

「ありがとうございました。」

その声に見送られながら、俺はもうすっかり冷えて暗くなった空気を受け止める。


香織に連絡しよう。

そう決めて、絵はがきに書く予定の言葉を何度も何度も反芻しながら、家に向かって歩いた。









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