ドライケーキ

夢で輝くこの町で

ひっそりと佇む雑貨屋があった。


おそらく見つけられていない人が多いのだろう。店内はいつも静かだ。

閑散としているわけではない。

来るべき人だけを待っている、

そんな穏やかな静けさ。


実際、この町が好きで何度もこの店の前を通っていたはずなのに、仕事を辞めてある程度の時間が経つまで存在を知らなかった。


ある日、いつものように、1人であてもなく歩いていたら、それは急に目の前に現れた、ような気がした。本当はずっとあったのに意識に入ってきていなかっただけなんだろうけど。


カランカラン、と

音を立てて扉を開くと、カウンターのなかで

座って本を読んでいるご老人が老眼鏡の隙間からわたしを覗いてきた。


「いらっしゃい。」


それだけ言うとまた持っていた単行本に視線を落とした。


店内にはポストカードや置物、箸置きなどの日用雑貨、何に使うのかわからないものまで

所狭しと並べてあった。


わたしは時間をかけてぐるりと一周し、

気に入ったポストカードを2枚買うことにした。


カウンターには、年季の入ったレジスターがあり、店主であろうおじいさんは慣れた手つきでそれを操作した。

お会計に来るタイミングがわかっていたかのように、本を置き、わたしを待っていた。


お会計の間中、わたしは栞で閉じられた本の隣に置かれたティーカップとドライケーキを見つめていた。


お茶の時間なんて、いつが最後だろう。

時間はあっても、こんな風にお茶をするのは

とてもハードルが高い。

心の余裕がない、と言ってしまったらそれまでだけど、落ち着いて座ってしまったら自分が自分に飲み込まれそうな気がするのだ。


「お嬢さん、あなた、何をしている人?」


そんなわたしを見透かしたように

レシートを手渡しながら、店主はそう尋ねてきた。


「仕事を辞めてしまって、今は何もしていないです。」


そういえば今日は平日だ、と気がついた。

平日の昼間にふらふらしている、学生には見えない歳の女はやっぱり不審か、と言われてもいないのに卑屈になった。

知らず知らずのうちに、手で鼻を押さえるようにして顔を隠していた。


「また、来なさい。」


細やかな花柄の包装紙でポストカードを包みながら、目を合わせずに発されたその言葉が

妙に温かかった。


嬉しくて少しの間、手を顔に添え、俯いたままその場に立っていた。


顔を上げ、綺麗に包装されたそれを受け取ってありがとうございます、と言おうとした時にはすでに彼は、本の世界へと戻っていた。


カランカラン。

鐘の音が変わらず響いた。

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