磁石

真剣にページをめくっていると

視界に人が入り込む。

この先の展開はどうなのか、

それも気になるけれど

お客さんは大事だ。


すらっとした

女子高生。

この店の来店人口平均年齢は若めだけれど

高校生は珍しい。


お客さんが来店したらまず

イヤホンをしているか

確認する。

理由は簡単で

私だったらイヤホンをしているときに

声をかけられたくないから。

ただそれだけ。


でも最近は難しい。

一昔前ならなかった

耳の穴だけをふさぐ

高機能イヤホンが出回っている。


そんなに流行に乗り遅れているつもりは

ないのに、イヤホンのコードがないと

あれ、っと思ってしまう。

もう少し世間と関わった方がいいのだろうか。


そんなことを考えながら高校生の両耳をみる。

大丈夫、どちらもイヤホンをしていない。


店内にはショパンの英雄ポロネーズが

流れている。

ちょうど人と話したい気分だ。

連なる和音が話しかけてみなよ、

と背中を押してくる。


夏の終わりの涼やかな日。

彼女は長い手足を静かに動かして

ハンガーに掛かった洋服の間を

歩いている。

そしてちょうど季節柄ぴったりな

セーターのコーナーで足をとめた。

知的で冷静な切れ長の瞳は

小さく左右に動き

細くてまっすぐな指で

一つ一つを品定めしている。


本を閉じて

カウンターに置き

冷め切ったルイボスアップルティーを

一口飲む。


カウンターをでて

雑貨コーナーの整理をする。

ちいさいものがたくさんおかれている棚には

どこから来たんだ、というくらい

ちいさな綿埃が気づかぬうちにたまっている。


商品をそっとよけて周りのほこりを

拭き取る。

よけて、拭き取る。


その繰り返しをしているうちに

英雄ポロネーズは

ベートーヴェンのワルトシュタインに

変わった。


…やってしまった。

どうしてこういう地味な繰り返しにすぐ

没頭してしまうのだろう。

中腰から立ち上がり

例の彼女を探そうとする。


「よっこいしょ。」

まだ25とは思えないかけ声で

立ち上がる。


「…すみません。」

突然至近距離で聞こえた声に

驚き、すごい勢いで振り返る。


きれいな切れ長の目が私を見ていた。


「はい、どうしましたか。」

動揺を隠しながらそっと答える。

「これを、これが似合う人が

来るまでとっておいてほしいんです。」

…ん?少し意味がわからない。

買うわけでもなく

自分のためのお取り置きでもなく…

いずれくる似合う人のための

お取り置き……?


「たぶん…近々、これが似合いそうな…

セーター購入希望の人が来ます。

2週間来なかったらもとの場所に

戻して良いです。」

真剣に彼女はそう言う。

「ほほ…。なんか面白そうですね…。」

あまりにも突飛なことに

正直な感想がこぼれてしまう。


「あなたなら、きっと

そういってくれると思ってました。」

固まっていた表情を崩して

彼女は安堵した様子で言う。


お知り合い…かな…

でも、誰ですかと聞くのは失礼だし…。

まあなんでもいっか。

ちんちくりん。のポリシー。

”小さいことは気にしない”

を発動する。


彼女からセーターを受け取って

カウンターの奥のドレッサーに

かける。


それを見届けた彼女は

丁寧におじぎをして

店を出て行った。


フォーレの子守歌が流れていた。


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