第13話



 久しぶりに二人きりになった。


 エイミーはずっと逢いたかったリンゼが……ここに居る奇跡に胸が高鳴り、抱きつきたい気持ちになっていた。


 しかし、実際はお互いに指一本触れる事も無く、お互い一歩離れた所から見つめ合っているだけだ。


 今も昔も、二人の距離はここまで。


 指や腕が触れる事もあったが、それはアクシデントや必要とする場合のみで。


 お互いが触れたいと思って触れる事は無かった。


 でも、今のエイミーはリンゼの胸に飛び込みたい気持ちが溢れて、はっきりと自分がリンゼの事を愛している事を自覚したのだ。


 結婚したくない。

 許されるなら、リンゼと一緒にこの国を作っていきたい。

 この人の傍から離れたくない。


 エイミーは叶わぬ願いに、涙を流していた。


「……やだ、ごめんなさい。リンゼの顔を見たら……」


 すると、リンゼはポケットをまさぐるが、出て来たハンカチが何時いつの物だか分からないぐらいぐしゃぐしゃだった。それを慌ててしまい、考えた挙げ句、エイミーの頬に伝う涙を己のジャケットの袖で拭った。


「すみません、ハンカチが汚くて……」


 その回答に微笑み、エイミーは自分の頬にあるリンゼの指を掴むと、自分の唇に持っていって、キスをする。

 驚いて硬直するリンゼ。


「好きです」


 エイミーは胸から零れた言葉を……愛を囁いていた。


「貴方の事が、昔からずっと好きです」


「……」


「私は結婚したくありません、貴方の傍に居たい……」


 突然の告白にリンゼは言葉を失う。


 素直に自分の気持ちを伝えるエイミーに愛しさが溢れて、するっと言葉が出た。


「……僕も、姫様の事を愛しています」


 それが合図の様に、二人はお互いを労わる様に優しく抱きしめ合った。


 頭一つ分大きくなったリンゼは、エイミーをうやうやしく包み込んだ。


 エイミーはリンゼの顔を見上げる。

 

 そして、目を閉じた。




 ――だが、いつまで経ってもリンゼはキスをしてくれない。

 

 痺れをきかせたエイミーはゆっくりと目を開けると、リンゼは顔を真っ赤にして顔を背けていた。


「……すみません。出来ません」


「えっ」


 急に奈落の底に落とされた絶望感。


 自分とキスが出来ないとは……。

 もしかして、女性からキスを強請ねだるなんて、はしたない人間だと思われた??


「そ、そうですよね。婚約中の私が……はしたないですよね」


「違います。たぶん僕はキスしたら……理性がもたない」


 チラリとエイミーのベットを横目で見るリンゼ。そこでリンゼの意味している事を理解して、顔を赤らめるエイミー。


 しかし、エイミーも女性に生まれたからには、最初に抱かれる男性は好きな人が良いと思っていた。

 例え、この人と結ばれなくても。

 この一時だけでも、この人の女になりたいと。

 だからエイミーは勇気を出して言った。


「……私は大丈夫です。お願いします……」


「……僕は、ここで姫様を恋人にして、最後の思い出にしたい訳ではありません」


 リンゼは感情に流されやすいエイミーの言葉を断ち切って、そう告げた。


「姫様の心を知った僕は、今すぐにでも姫様とルイス王子の婚約を阻止する行動に出なければなりません」


 リンゼは断腸の思いで、エイミーを自分から離した。

 そして、その肩を掴みながら言った。


「奪いに来ます」


「え」


「僕は今から貴女を全力で奪いに来ます。その時に、僕の恋人になってください」


「…………はい!」


 エイミーは紳士で真面目なリンゼの言葉に感動し力強く頷いた。



 ――そして、二人は正気に戻る。

 

 何もしないと決めたは良いが、ジルフィーヌが再び籠を取りに来る朝まで、長い時間がある。


 二人は顔を見合わせ、それから気まずいリンゼは真顔で言った。


「では……僕は朝まで籠の中に居ます。失礼致します」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 小さな籠の中に入ろうとするリンゼのジャケットを引っ張る。


「そんな所に入らなくても! 語り合いましょうよ。昔の様に」


 エイミーは数日前まで読んでいた本を取り出し、リンゼに見せた。


「この本、とても面白かったのです! ぜひ、リンゼに内容を伝えたくて」


「……聞かせてください。……昔の様に」


 そう言って笑い合い、二人は長くて短い夜を一緒に過ごしたのだった。

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