第三章 その4 『太陽の追憶』

夕日が差し込むラウンジ。

そこで黒崎と芙蓉は並んでカーリングホールを見つめていた。

ホール内では老若男女、皆が皆カーリングを楽しんでいる。


「委員長。先ほどの提案は些か性急すぎたのでは?私にはたかが一高校生の意見に肩入れしすぎかと」

とは何ですか」

それまで柔和な顔をしていた芙蓉が語気を強める。

その眼光は鋭く、黒崎をたじろがせた。

「では大学生は?社会人なら話を聞けるのですか?発言というモノは、発言者の肩書ではなく、その内容で精査すべきものです」

「…失礼致しました」

「内容ではなく、発言者が誰か、という観点で精査が行われるようでその組織は終わっていると思いませんか?それに。我々の立場の大人は例えそれがどのような内容であれ、話は聞かなければなりません」

今度は諭すように。

「発言した側から否定されては、誰も発言をしなくなります。あなたはあの場で貴重な意見を聞く機会はおろか、若い世代の彼らに諦めを刷り込むところだったのですよ?」

「それにあの乃花さんという高校生の意見だけで動いている訳ではないのよ。同じような声は、ちらほら聞こえていたの。最近は肩書の分け会議が増えて、もう、訳がわからなくなってますけど、ね」

「ですから私は委員長の御身体を」

芙蓉は手で黒崎の言葉を制する。

「黒崎クン、若者の無理難題な、例え方向性の無い希望を…業務、仕事にして、形にしてあげるのが、私達の役目ではないかしら?」

そこでほうっと芙蓉はため息をつく。

芙蓉のため息でカーリングホールとラウンジを隔てている分厚い断熱ガラスが、曇る。

「スポーツを上達したいという純粋な彼女達の心。本当はだけでカーリングを続けさせてやりたい。でもだけでカーリングは、スポーツは続けられない。それでも。彼女達にはまだ、何処までも勢い良く進み続けるストーンであって欲しい。その勢いを我々が失速させてはならない。競技者とそれを観ている者達の間にはいつだってこの分厚いガラスがある。時としてそのガラスは酷く汚れている。磨くのは我々の仕事よ」

芙蓉は曇ったガラスをキュッ、キュッと平手で拭う。

「都内で一つ氷上施設に変更される建物があったわね?」

「はい。元オリンピック施設です」

「アレにカーリングシートを併設する案。その要望書を出して頂戴」

「スケート協会との調整が必要です。それに、都議会に根回しをしませんと」

「議員には私から声を掛けておきます。カーリング外交…いやこれは外交ではないかしらね?議員の中にはカーリング仲間もいます。なに、全てをカーリングシートにしろ、という訳ではないのですから、そう、難しい話でもないでしょう」

「承知致しました」

「それと。大学からもジュニアで優秀な人財を、ね。さがすよう、言われています。入学後、カナダの提携校へ長期留学する案。目処が立ったのよ…もちろん、カーリングの他にスケートとアイスホッケーも含めて、ね」

「おめでとうございます。委員長の長年の夢ですね」

「長年の夢、ね」

芙蓉はカーリングホールとは反対側、夕陽が差し込む方を見つめ、目を細める。

外には屋外スケートリンクがあるが、夏の間はフットサルコートやスケートボード場となっている。

フラップのような開閉式窓は少し開放されており、外から様々な声が夕陽に混じって芙蓉に届く。

その落日はを想起させる。


『日本全国に』

『…日本全国に?』

『そう、日本全国に』

『日本全国、そこら中で強いチームを育てるさ。たくさん!たっくさん創るのさ!』

『日本女子カーリング界を群雄割拠に』

『群雄割拠に?』

『そうさ。私達は今から好敵手ライバルとなって日本に散るのさ』

『そして何年か後。それは十年か二十年か分からないけど。お互いが育てたチームでまたぶつかるのさ!お互いが育てたチームで』

『私達が育てたチームをたくさん、たっくさんか!それはいいね』

『太陽は一つでなくてイイのさ』

『いつか、また』

『今度はもっとたっくさんのチーム率いて』

『私達は出逢う!私達の育てた、たっくさんの太陽に!!』


私達の…太陽の誓い。


「ありがとう。本当はもっとジュニア世代から行うべきでしょうけれど。物心つかない子達に無理強いはしたくありませんからね」

頭を振り、を振り払う。

「そういえば。機屋クンの所の娘さんがいたわね」

「機屋琉璃、リューリさん、ですね。私の息子とも顔見知りではありますが…」

「そうそう。リューリさん。機屋クンは本当に惜しい事をしました。でも彼女もまた逸材と見ています。竹村クンに是非とも、と」

「人選は一任されているはずですが」

「まぁ、竹村クンならリューリクンも誘ってくれるでしょうけど、ね」

いたずらっぽく芙蓉がコロコロと笑う。

「スケート、スキー、スノーボード、アイスホッケー。その中で今も続いているスポーツがいくつありますか?私が子供の頃は…。こういう言い方は年寄、ね。でも昔は皆ウィンタースポーツをやっていたものだった」

「ウィンタースポーツの復興…ですか。カーリング界の事を第一に考えるべきでは?」

「黒崎クン。それは違います。カーリングだけが発展すれば良い。自分のチームだけが勝てば良い。そんな狭い視野では長い目で見た時には何も残らないものよ」

「私のような小さなモノには、分からない話です」

「分かるわよ。いずれ。私は、ね。十年後、二十年後にあの子達がそれぞれの故郷で暮らしていてくれたら…なんて考えています。ここで暮らして子育てをして…。自分達がかつて夢中になったウィンタースポーツを子供達と一緒にやる。それには、ね。故郷が。町が。人が。いかにあの子らに良い思い出を作ってあげられるか。それが大切なの。思い出は人を裏切りません。楽しければ楽しい程、ね」

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