風林火山のリコ
「俺たちの仕事、手伝ってくれない?」
春風のように軽やかな笑みを浮かべて、紫村くんがそんなことを言ってきた。
手伝う? 仕事?
「おい待て、コン。なんだそりゃ。聞いてねえぞ」
「そりゃそうだよ。今思いついたんだもん」
「ああ?」
さっきまで仲良く私に説明をしてくれていたイケメンたちの間に不穏な空気が漂いだした。
吉根先輩の眉間に皺が寄り、紫村くんの笑みからいつもの爽やかさが消え、酷薄な色が宿る。
「だからさ。俺が一週間探したってロクな手掛かりが掴めないなんて、正直ちょっと異常だと思うんだよね。唯一見つけた怪しい人はシロだったし」
「それがなんでコイツを巻き込む理由になる? こいつは一般人だぞ」
「アカリくん。ルールの話をするなら、俺らだって一般人だよ。ただ他の人より事情に詳しいだけだ。そして、その線引きならもう、三条さんはこっち側だ」
「てめえの屁理屈はどうでもいいんだよ、コン」
「合理的な話だってば。だって、三条さん自身が狙われた可能性だってあるんでしょ。だったら俺らが側にいてあげたほうがいいし、それなら三条さんにも何かと手伝ってもらえばいい」
「側で守ってやるところまではいい。だが、こいつを積極的に関わらせる必要はない」
ああ。やめて。私のために争わないで。
でももうちょっと肉体的な接触を多めに争ってくれてもいいのよ?
ほら、お互いの胸倉を掴み合ってみたりとか、しない?
「こんな陰気で内弁慶で根暗な腐女子がなんの役に立つってんだ!」
「陰気で根暗だから目立ちにくいし、この子にドギツイ妄想癖があっても護符があれば付け込まれないでしょ」
あの。やめて?
私に対して内心思ってることを口にしないで?
恥ずかしながら、私、ここにいるよ? ここにいるのよー。
こんこん、と、ジンさんが後ろの壁を手の甲で叩いた。
人差し指を立て、私を差し、また元のポーズに戻る。
んん???
「ほら。ジンさんも『敵を見つけるのに有用ならそんな小娘でもいないよりマシだ』って言ってるじゃん」
「いいや。今のは『プロの仕事にそんな素人の小娘を巻き込むな。お前たちにプライドはないのか』って言ったんだ」
「どっち!?」
ていうか、やっぱり意思疎通できてなくない!?
このままでは埒が明かないと思ったのか、二人のイケメンが左右から私の顔を覗き込んできた。
「ねえ、三条さん。学校のみんなを助けるためだと思って、協力してくれないかな?」
「おい三条。危ないからやめとけ。お前にそんな義理はねえだろ」
「ええっと……」
ううむ。
ふむふむ。
これは悩みどころだ。
正直、学校のみんなのためとかはどうでもいいのだ。だって、仮に私の刺繍がホントに護符の役割を持っているんだとしてだ。じゃあ私が刺繍をあげた相手は被害にあわないんでしょ? だったら友達とか部活の先輩後輩とかにはほとんど行きわたってるし、持ってない人がいればこれから渡せばいい。
クズと思われても仕方ない思考回路だけど、それこそ私一人がなんで全校生徒の身の安全に責任なんて持たなきゃいけないのだという話だ。あと単純に怖い。
ただ、吉根先輩に手伝うなと言われると無性に手伝いたくなるし、紫村くんに手伝ってと言われると意地でも断りたくなる(お前のせいで危ない目に合ったの、流さないからな)。
でもなあ。いやいや。しかしなあ。ううむ……。
こうなると私は長い。
意思弱きことそよ風のごとく、
鬱屈すること原生林のごとく、
煮え切らぬことトロ火のごとく、
手応えなきこと砂山のごとし。
さあ、この私の優柔不断な態度に「とりあえず今日のところはお開きにしよう」と提案しろ。決断を先延ばしにさせろ。
「仕方ないなあ」
そう言って、紫村くんがスマホを取り出した。
それをジンさんに手渡し、指で画面を差す。
はて、なにをやっているのか、私が訝しんでいたところ――。
「あれ、アカリくん。胸元に瘴気の滓着いてるよ」
「あん?」
「あ、ちょっと待ってね。今、取る、から……」
紫村くんの細くたおやかな指先が、吉村先輩のワイシャツのボタンにかかった。
え。
嘘。
待って。
「はい、三条さん。サービスショット」
「お」
咄嗟のことに反応が遅れた吉根先輩の胸元ががばりと開かれ――。
紫村くんの唇が、その鎖骨に「CHU♡」と押し当てられた。
「ぶほぉ」
膝から崩れ落ちた私の耳に、カシャリというシャッター音が聞こえる。
ブチ切れた吉根先輩の怒鳴り声は頭を素通りし、「今の写真、欲しくない?」という悪魔の囁きだけが私の脳を支配した。
私は無言で自分のスマホのロックを解除し、紫村くんに差し出して首を垂れたのだった。
あ、鼻血出た。
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