016 再会

 涼介を乗せた馬車が城郭都市ネギオンに到着した。街路を進んで向かった先は、中央にそびえる城ではなく閑静な住宅街。小さな庭のついた一軒家の前で止まった。


「中で公爵様とシャーロット様が待っておられる」


「ここまでありがとう。貴重な騎士道精神について聞けて良かったよ」


「殆ど寝ていたくせによく言えたものだな」


「バレていたか」


「いびきまでかいていたんだぞ。バカでも分かる」


「それは悪かった」


 馬車は涼介を下ろすと去っていった。


 涼介は緊張の面持ちで扉を開ける。ノックするべきか悩んだが、草木も眠る時間帯なので控えておいた。


「涼介様!」


 階段を下りてやってきたのはシャーロットだ。いつもに比べて地味な格好なのは目立たぬようにする為だろう。彼女は涼介の名を呼ぶと同時に目に涙を浮かべた。安堵と喜びの混じった涙だ。


「ご無事だったんですね!」


「おかげさまでな。助けてくれてありがとう」


「いえ、私はただお父様にお願いするしかできなくて……。あ、お父様が待っているので、どうぞこちらへ!」


 シャーロットに案内されて涼介は二階に向かう。


 アルベルト公爵はリビングにいた。シャーロットと同じく安物の服に身を包んでいる。


「王城ではすまなかったな、涼介」


「話は騎士団長から聞きました。謝ることないです。むしろありがとうございました。おかげで処刑を免れ、さらにはこうして救出までしていただいて感謝しています」


「私はお茶を淹れてまいりますので、お二人はソファでおくつろぎになってください!」


 シャーロットがリズミカルな足取りで一階へ下りていく。彼女の言葉に従い、涼介と公爵はソファに座った。ローテーブルを挟んで向かい合う。


「君のことは以前よりあの子から伺っていた」


 先に口を開いたのは公爵。


「娘がネギオンに帰還した後の活躍も耳にしている。君のような人間こそ我が国には必要だと思っていた」


「そういっていただき恐縮です」


「可能であれば大々的に君を支援したいのだが、残念ながら私やシャーロットにできるのはここまでだ」


「分かっています。ここから先は自分でどうにかします」


「ずっととはいかないが、しばらくはこの家で過ごしてくれ。君の名前はネギオンにも知れ渡っているが、君の顔を知る者はいない。だから名乗らなければ面倒なことにはならないはずだ。陛下が表立って君を指名手配するとも思えんしな」


「分かりました。人目があると思うので、シャーロットと会うのも控えておきます」


「そうしてもらえると助かる。すまない」


「いえいえ」


 話が落ち着くと「お待たせしました」とシャーロットが戻ってきた。彼女は二人の前に紅茶の入ったティーカップを置き、自らは涼介の隣に座った。


「こういう機会は滅多にあるものではない。せっかくだから二人がどのような生活をしていたか聞かせてくれないか。手紙だけでは分からないこともある」


 公爵が柔らかな笑顔で切り出す。


「では涼介様と出会った時のことから話しましょう!」


 シャーロットはウキウキした様子で事細かに話した。嬉しそうに話す娘の顔を見ながら、公爵は「ほうほう?」「それそれで?」と続きを促す。


「戦車に戦闘機……涼介は本当にすごいな」


「そんなことないです」と照れくさそうに頭を掻く涼介。


 数分程度の軽い話が一段落すると、公爵は「さて」と立ち上がった。


「私は先に失礼させてもらうとしよう。シャーロット、お前も朝には戻るのだぞ」


「はい!」


 公爵は壁に掛けてある黒のコートを羽織った。


「涼介、娘を一人前の冒険者に育ててくれてありがとう」


「こちらこそシャーロットにはたくさん助けてもらいました」


「機会があればまた会おう」


「はい! 必ず!」


 涼介は深々と頭を下げる。公爵はシャーロットの頭を撫でてから家を出て行った。


 公爵がいなくなった途端、シャーロットは涼介の腕に抱きついた。


「すごく、すごく寂しかったです」


「実は俺も同じ気持ちだった」


「本当ですか!?」


 キラキラに輝いた目で涼介を見るシャーロット。


「ちょ、ちょっとだけだぞ! どちらかといえば寂しいっていうより退屈だったんだ! だから暇つぶしにそこら辺の奴等に物をばら撒いていた!」


「ふふっ、涼介様は嘘が下手ですね」


「嘘じゃねぇし!」


 シャーロットは「そうですか」と笑って立ち上がる。


「先程お茶を淹れに下りた際、お風呂の準備も済ませておきました。久々の再会ですし、次はいつこういった機会に恵まれるかも分かりませんので、一緒に入りませんか?」


「そうだな」


 涼介も立ち上がり、二人は浴室へ向かった。


 ◇


 その日、シャーロットは朝まで涼介と過ごした。湯冷めしてはいけないので、入浴後は寝室で一緒のベッドに入り、そこで一睡もせずに話し続けた。


「日が昇ってきましたので、私はそろそろ失礼します」


「睡眠不足で倒れるんじゃないぞ」


「ネギオンは私の庭ですのでご安心ください。眠ったままでも帰ることができますよ」


「それはすごい。いつかネギオンを案内してくれ」


「はい! それでは!」


 寝室の外に向かうシャーロット。しかし扉の傍で「忘れていました」と振り返った。


「何を忘れていたんだ?」


「これですっ」


 次の瞬間、シャーロットは涼介の頬にキスした。かと思いきや、彼女は顔を真っ赤にした。


「自分でやっておきながらなんですが恥ずかしくなっちゃいました……」


「バカだなぁ」


「だってしたかったんだから仕方ないじゃないですか」


「ありがとうな、シャーロット。お前と出会えたことが何よりも幸せだよ、俺は」


「涼介様……!」


 見つめ合う二人。再びキスしそうな雰囲気になる。


「ほ、ほら! さっさと帰れ! このままだと終わりが見えなくなるぞ!」


「そ、そうですね! それでは! また! お忍びで来るかもしれないので夜はいてくださいね!」


「期待しないで待っておくよ」


「ではでは!」


 シャーロットは小走りで家を出て行った。


「問題ないとは言っていたが念を入れておくか」


 涼介は〈クラフト〉でドローンを製作した。小指の第一関節ほどのサイズしかない超小型ドローンだ。それでシャーロットが無事に帰還できたかを監視させる。何かあれば涼介に警告が来るようにした。


 20分後、ドローンからシャーロットが城に辿り着いたとの報告を受けた。涼介は「よし」と呟き眠りに就いた。


 ◇


 涼介は昼過ぎに目を覚ました。顔を洗ったら家を出て、周辺を探索しつつ大通りに向かう。ガラス張りの洒落たカフェで遅すぎるモーニングを堪能した。


 周囲の人間は涼介を見ても無反応だ。彼が涼介だと知らないから。涼介にとってこういう扱いを受けるのは久しぶりのことで嬉しかった。有名人でいるより無名の一般人でいるほうが気楽なものだ。


「なんだ? あれは」


 それは本日四個目のゆで卵に塩を振りかけている時だった。大通りを数百人の騎兵隊が駆け抜けていったのだ。街の中で馬を走らせるのは原則として禁止されている。何か一大事があったに違いなかった。


「あの方向には城がある。もしかして……!」


 涼介は慌てて会計を済ませて後を追うことにした。召喚したバイクで無人の路地裏をかっ飛ばす。


 涼介が到着した時、騎兵隊は既に城の前で固まっていた。その内、数十頭の馬には人が乗っていない。下りて城へ入ったようだ。


「この胸のざわつきが杞憂に終わればいいが……」


 残念ながら涼介が抱いている嫌な予感は的中した。


 後ろ手に縛られた公爵とシャーロットが連行されてきたのだ。

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