追ってくる

 観光地でもない神社というのは、正月でないかぎり参拝者は数えるほどしかいないものだ。本殿に続く参道の石畳の上には誰もおらず、見通しがいい。敷地の隅っこを、猫が我が物顔で歩いていた。

 そんな中、制服を着た高校生が、お守りを買いあさっている姿は異様だった。破魔矢に、オーソドックスなお守り、鈴タイプのお守りなどなど。次々に布の袋に入れていく。

 お金を受け取る巫女さんも少し驚いている。

 見るからに、何か事情がありそうだ。

「あの……」

 内心ワクワクしながら、僕は声をかけた。

「いきなりすみません。実は僕、怖い話を集めているんです。なぜ、そんなにお守りを買いこんでいるんですか? 何か面白い話があれば教えて欲しいんですけど……」

 その女の子は、少し驚いたように目を見開いた。

「ねえ、本当? 本当に怖い話を集めてるの? だったら、お願いがあるんだけど」

 すがりつくように、というか実際僕にすがりつきながら、彼女は言った。

 正直、ちょっとひく。

「お願い?」

「とりあえず、まずは私の話を聞いて!」


 私がそれを見つけたのは、高校からの帰り道、最寄りの駅を出た時だった。スマホが一つ、パン屋の前に落ちてた。

「落とし物?」

 私は、拾ってあげようと思って身をかがめた。だけど、伸ばした指先はスマホを突き抜けて、アスファルトをやんわりひっかいた。

「え」

 気味が悪くなって、私は反射的にそれから離れた。心臓がドキドキした。なんていうか、自分が物語の登場人物になった気分よ。ほら、少し不気味なストーリーのドラマとか、たまにあるでしょ。

 通りすがりの人が、私にちょっと視線を向けて、スマホを踏んでいく。でも、「何か踏んだ?」みたいな反応は何もしない。

 それに、さっきは気付かなかったけど、そのスマホ、よく見ると半透明で下のアスファルトが見えてるの。

(立体映像? でなければ、幻を見ている?)

 半透明というだけでも異様だけれど、そのスマホは不気味なものがあった。見た目は普通の、白くて四角い奴なんだけどね。

 そう、ほら、古い能面とか、日本人形の不気味さに似てるかも。命なんてないはずなのに、こっちの方がじっと見つめられているような、スキをうかがわれているような、居心地の悪さ。

 電源は入っていないようで、画面は真っ暗。

 駅から電車の警笛が大きく聞こえてきた。それで我に返ると、なんだか急に怖くなって、私は家まで逃げ帰った。


 家に帰って、ご飯を食べ始めても、あの変なスマホのことが頭から離れなかった。

「どうしたの、食欲なさそうだけど、具合でも悪いの?」

「ううん、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 慌ててコンソメスープを口にした。

 道端に半透明のスマートフォンが……なんて自分でも訳がわからないことを言って、お母さんを心配させたくなかったから。

「考え事ってなあに? 恋バナ?」

 お母さんのノーテンキなその言葉に適当な返事を返しながら、自分に言い聞かせた。

 あれはきっと、何かの見間違いだ。明日の朝になれば消えているさ。

 第一、消えなかったとしてなんだっていうの? 触(さわ)れもしない、ただ道に落ちているだけのスマホなんて、台所の包丁よりも無害じゃないか。

 登校時、スマホは消えていた。だから、朝になったら消えているという私の予想は正しかった。

 ただし夕方、帰り道にまた現れたけど。

 しかも今度はパン屋の前ではなく、そこよりも家に近い十字路のところで。色も大きさも、昨日の夕方に見たのと同じスマホだ。

「なんで? なんでまた出てきたの? しかもなんで家に近づいてきてるの?」

 周りの人の耳に入ったら変に思うだろうことは分かっていたけれど、言わずにはいられなかった。


 そして次の日の帰り道、そのスマホは、十字路よりもさらに私の家の近くにある郵便ポストの近くに落ちていた。

 その次の日は花壇の綺麗な家のそば。

 その次の日はコンビニの前。

 少しずつだけど、着実に私の家に近づいてきている。

「いったい何だって言うのよ!」

 もうこのままだとどうかしてしまいそうだった。

 かといって、友達には話せない。馬鹿にされるだけだ。

 帰りの電車内で、私はSNSに新しくアカウントを作った。

『透明なスマートフォンが近づいてくるんだけど、どうしたらいい?』

 それから、今まであったことを短くまとめて文章にする。

 そして♯相談、♯拡散希望、など、タグをつけられるだけつけて投稿した。

 反応はほとんどなかった。あったとしても、ほとんどが冷やかしか、からかいだ。

「本気で悩んでいるのに!」

 私はスマホを投げつけたくなった。たぶん、電車内じゃなくて自分の部屋だったら絶対投げてただろうな。

 我慢して、返信を読んでいく。

『それって、スマホの幽霊?』

「幽霊?」

 私は思わず声に出していた。

 古典の授業か何かで、物に魂が宿る付喪神なんていうのを聞いたことがあるけど……スマホが幽霊になることなんてあるだろうか?

『だって、日が暮れてからしか出てこない、しかも半透明だなんて幽霊っしょ』

 その返信を最後まで読んだところで、電車を降りる。

 無意識にスマホを探しながら家に向かう。

 花壇の影、電柱の横。ない。ない。

 スマホは、私の家の玄関先にあった。


 その日の夜、ガシャっと何かが砕け散るような音を聞いた気がして、私は目を覚ました 

 私は、真っ暗じゃないと眠れないタチなんだ。暗闇に、テレビやパソコンの待機ランプがいくつか、星のように浮かんでいる。

 それとは違う強めの光が、部屋の隅を照らしていた。

「何、あれ」

 私は、毛布の中で体をこわばらせた。あんな光を出すもの、私の部屋にあったっけ? 必死に考えるけど、思い当たる物はなかった。

 ドキドキと心臓が速くなる。テレビや動画の怖い話にあるように、髪の長い気味の悪い女が出てきたらどうしよう。いや、それよりもっとありそうなのは……

 見たくないと思うのに、私はその明かりから目を離せなかった。

 いつまでたっても光は消えない。時計の針の音だけが聞こえてくる。

(このまま、ずっと眠れもしないで朝まで怯えていないといけないのかな)

 そう思ったら、なんだか無性に腹が立ってきた。

 少し光に慣れてきて、恐怖が薄らいだからってこともあったかもしれない。

(正体を見極めてやる!)

私は思い切って体を起こすと、汗ばんだ手で部屋の電気をつけた。

うすうす予想していた通り、明かりを放っていたのは半透明のスマートフォンだった。部屋の隅に置きっぱなしのぬいぐるみと、部屋着の間に、あの半透明のスマホがあった。

「あ……」

 今までは真っ暗だった画面に、電源が入っている。

 待ち受けは、幼い女の子の写真。このスマホ持ち主は、これくらいの子供がいるということなのかな。

 というか、これからずっとこのスマートフォンが部屋にあるのを、見て過ごさないといけないのか? だって、持ち運べないんだから、そうなるよね。

 そんなのいやだ!

 思わずスマホを遠くへどけようとするけれど、やっぱり指はスマホを通り抜けた。

 その時、

『スマホの幽霊なんじゃないの?』

って返信を思い出したんだ。

 それがあのスマホの幽霊っていうのなら、今持ち主はどうなってるんだろう?

 その考えた瞬間、呼び出し音が鳴った。

 といっても、こちらを取ることはできない。操作できないんだし。かかってきた番号は非通知。

 放っておいたら、通話が繋がった。

「も……もし」

 ザーザーとノイズがひどい。その間から、切れ切れに声が聞こえてくる。男の人の声だった。どこかで聞いたことがあるような気がしたけど、思い出せなかった。

 そうしたら、声が言ったの。

「まい……ちゃ……だ、ね」

って。マイって自分の名前を呼ばれて、本当にびっくりした!

「誰?」

 叫ぶように言ったけど、返事はなかった。

「最……後に、会いた……かっ……今度、会いに……」

 その時、ぱっと頭の中に広がる景色があった。


 神社で遊んでいる私。そして、遊んでくれたお兄さん。

 スマホでワンニャン動画を見せてくれたり、一緒にゲームをしたり、いっぱいお話ししたり。

 そうだった。私は小学校に入ったばかりの時、友達ができないで登校拒否してた。それで、神社で一人で遊んでいたんだ。その時、お兄さんが話しかけてくれたんだっけ。毎日、そのお兄さんとおしゃべりした。

 それからしばらくして、私を引っ越してしまったけれど……


 こうやって『死んだ』スマホと連絡をとってきたと言う事は、そのお兄さんはもうこの世にいないのだろう。

 多分、スマホが壊れる位の衝撃、そう、何かの事故に遭うか何かして。

 そう考えると、なんだか悲しくて。思わず泣いちゃった。

 ノックの音がして、私はあわててティッシュで涙をふいた。

「なんだか騒がしいけど、どうしたの?」

 戸を開けると、お母さんが立ってた。

「まあ、泣いてるの?」

「な、なんでもないよ」

 私はぶんぶんと頭を振った。

「あのさ、お母さん」

「なに?」

「今まで何年も、何十年も連絡がなかった人から、急に用もないのに連絡が来るって、どういうことだと思う?」

 いきなりの私の質問に、お母さんは少しびっくりしたみたいだった。

 でも少し考えて口を開く。

「それは、その人があなたのことをずっと大切に思っていた、ってことなんじゃないかしら。

 ほら、誰かが何気なく言った言葉が、すごく心に残っていることってあるでしょう。あんな風に、あなたの存在がその人にとって大切だったのよ。あなたは心あたりがなくてもね。

『時間がたってもあなたの事を覚えている』って、伝えたくなったんじゃないかしら。そりゃあ、連絡してきたきっかけは何かあったんだろうけれど」

 じゃあ、あのころ、お兄さんも辛いことがあったのかな、って思った。小さな女の子と遊ぶことが、何かの慰めになってたのかな。私の存在が誰かを救っていたのならいいなって、ちょっと臭いことを考えた。

 そこでお母さんは改めて何があったか聞いてきた。

 私は、説明しようと思って床に置きっぱなしのはずのスマホに目をやったけど、いつの間にかスマホは消えていた。


「じゃあ、そのお兄さんがわざわざ君を懐かしんで連絡を……」

 直接化けて出てこないで、スマホを使ったのも、一緒に動画をみた思い出を思い出してほしい、というのもあったのかも知れない。

 でも、それならどちらかというとほっこりしたいい話ではないか。別にお守りを買いあさる必要はない気がする。

「ううん、そんな言い話じゃなかったの」

 マイちゃんというらしい彼女は、ぶるっと身を震わせた。

「私、母さんに聞いたんだ。『引っ越しする前、私が神社でお兄さんと遊んでもらってたのを覚えている?』って。その途端、お母さんの表情が変わった。ゴキブリとか、腐った肉とか、イヤな物を見た時みたいに顔をしかめた。で、こう言ったの。『ああ、覚えてるよ。あの人、もう捕まったのかしら』」

「捕まったって? おだやかじゃないね」

「お母さんから聞いたんだけど。あのお兄さん、どこかで事件を起こしたんだって。小さな子と仲良くなって、相手が油断した所を家に連れ込んで殺したって。結局、証拠不十分だか心神ナントカで大した罪にはならなかったらしいけど。警察も見張っていたらしいわ。そういえば、お母さんは私がお兄さんと遊ぶのをひどく嫌ってた。それも引っ越しの原因の一つだったのよ。私がお兄ちゃんにひどく懐いてたから……」

 彼女には悪いけど、その時僕は笑っていたと思う。

 仲良く話してた人が殺人鬼だったなんて、結構な恐怖じゃないか。

「へえ。じゃあ、もし引っ越さなかったら……」

 僕がいうと、彼女は少し顔を曇らせた。

「少し、ショックだった。お兄さんは、私と遊んでくれてたわけじゃなかった。つけ狙ってた」

「なるほど。それでお守りを買っていたんですね」

「スマホは消えたけど……怖いんだ。いつか夜に急に目が覚めて、部屋の中にお兄さんが立っているんじゃないかと思うと」

 彼女は買ったばかりのお守りの一つをぎゅっと握りしめた。

「ねえ、あなた。怖い話をいろいろ知ってるんでしょ? 幽霊に憑かれた時の対処方法、知らない?」

「残念ながら」

 それっきり、僕は彼女と会っていない。彼女の無事を、なんとなく願っておく。

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