ハイテンションな電子の妖精

 一瞬何かが光って背後で金属音がしてから、あの警告メッセージ音が途絶えた。


 振り向いてあのロボットがいるであろう場所に近づくと、胴体を抉られ頭部を失った機体が床に横たわっている。


「え? なんで?」


 さっき侵入者の排除が終わったってアナウンスがあったけど、これってこの遺跡のロボットだよね。侵入者って僕のことじゃないの?


 セキュリティーがバグる恐ろしさを垣間見た僕だったけど、追っ手のロボットがいなくなったのはチャンスだ!


 けど一歩踏み出した途端、けたたましい警報音と共に警告メッセージが鳴り響く。


『当施設 致命 な問題が発 しました。 れより 分後に当 設を処 します。関係 は速や に退去し ください』


 赤暗い非常用照明が一部点滅を始めた中、僕は硬直した。周りを見ると、あの丸い扉が少し開いているのに気付く。左隣のパネル盤がロボットと同じように壊されていた。


 どうしようか僕は少し迷う。早く逃げないといけないのはわかってるけど今の僕は丸腰だ。このまま逃げてあのロボットに出くわしても何もできない。


「秘密兵器みたいなのがあったらいいなぁ」


 見るだけならすぐに済む思って丸い扉を押し開けた。見かけ通り結構重いな、この扉。


 少し苦労して開けた扉の向こうには大きめのアタッシュケースがあった。引き寄せてみると留め金具形式だ。ここにきて認証キー方式じゃないのは意外に思える。


 時間もないのですぐに開けてみた。中には、敷き詰められた緩衝材みたいなものに嵌め込まれた透明な円柱の入れ物が収められている。直径十センチ以上で長さが三十センチ程度かな。円柱の上下は金属製っぽい。


 そして一番驚いたのは、その中に淡く光る半透明な女の子が裸で眠っていたことだ。背中に蝶々のような四枚の羽が生えたその姿はまるで妖精みたいに見える。


「なに、これ?」


 やたらと厳重に保管されているのが、こんなかわいらしい人形みたいなものだったなんて知らなかった。今じゃこういったものはXR技術で当たり前だけど、昔は珍しかったのかな。


 正直言ってがっかりした。僕はこの場を離れようとする。けど、いきなり入れ物の中の妖精が目を見開いて僕を見た。突然のことに驚いて固まってしまう。


「   !」


「え?」


 じっと見つめる僕に妖精は透明な容器に両手拳をぶつけて何かを訴えかけてきた。とても必死な様子に一瞬気圧される。もしかして、この入れ物から出してほしいとか?


 こんな見るからに怪しいものを外に出しても良いのか少し迷ったけど、結局出すことにした。何となく夢に出てくるあの子のことを思い出しちゃったから。


 僕が円柱形の入れ物をアタッシュケースから取り出すと中の妖精は喜んだように見えた。やっぱり出たいらしい。


 けど、問題はこれをどうやって開けるかだ。今の僕だと両端のどちらかの丸い金属をねじるように開けるか、この入れ物を叩き壊すかのどちらかしか手段がとれない。


 ともかくまずは穏便な方法から試すことにした。妖精の頭の方の丸い金属に手をかける。


「あれ、もしかしてこれで開くの?」


 瓶詰めお菓子の蓋を開けるような感覚でひねると丸い金属はあっさりと開いた。えぇ。なんで施設はハイテクっぽいのに、大切に保管してるものはこんなにローテクなの?


 何となくがっかりしている僕をよそに、入れ物から解放された半透明な妖精が飛び出してきた。そして、体長約二十センチの女の子が僕の頭の上でぐるぐると回る。


「やったー! ついにアタシは自由だー!」


「よ、良かったね」


「ありがとう! あんたのおかげであの狭っ苦しいところともおさらばよ!」


「そう。なら僕は行くね。ちょっと急がないといけないんだ」


「なーんかさっきから警告音がうるさいのよねー。何の騒ぎなの?」


「なんかこの遺跡が自爆するみたいだから、早く逃げないといけないんだ」


 しゃべっているうちに僕はだんだんと焦ってきた。そうだ、もう結構な時間が経ってるんだから、いつ爆発してもおかしくない。


 一方の妖精はのんきに腕を組んで僕の言葉にうなずいている。


「証拠隠滅の処理ね。何かあったんだ。ところで遺跡って何? ここって研究施設じゃないの?」


「そんなの知らないよ! とにかく僕はもう行くからね!」


「ちょい待って! アンタ、宿主になってくれない? アタシの存在をこの世界に固定する起点がほしいのよ」


「起点? きみ、XR技術の立体映像じゃないの?」


「単なる立体映像だったらあんな容器の中に閉じ込められてるわけないじゃない」


 言われてみるとその通りなことに気付いた。そうなると、この子は一体何者なの?


 ああでも、そんなことを気にしている暇なんてないんだった!


「もし宿主になってくれたら、ここから脱出するのを手伝ってあげるわよ」


「ほんとに?」


「任せてよ! アタシ、こーゆーの得意なんだから!」


 ほとんど垂直の胸を右手で叩く妖精を僕は半信半疑の目で見た。何もかもが怪しい存在。けど、今の僕に選べる選択肢なんてない。


「わかった。でも変なことはしないでよ」


「やったー! ありがとー!」


 言うが早いか半透明な妖精は僕の体に飛び込んできた。お互いの体が重なると妖精の姿が消える。


 変化はすぐに現れた。目の前にパソウェアの戦闘支援機能が起動する。照準、標高、方位、簡易身体情報、簡易武器一覧が視界のあちこち表示された。


 また僕の体から出てきた妖精が機嫌良く伸びをしながら話しかけてくる。


「んー、まさか調整済みの体だとは思わなかったなー。馴染みやすくていいわ。ところであんた、なんで非常時なのに戦闘支援機能をオフにしてるのよ?」


「あ」


「本気で逃げるんだったら、こういう基本的なことは抜けてちゃダメよ」


 それは試験でわざと切っていたと説明しようとしてやめた。忘れていたのは事実だもんなぁ。


 次いで視界の背景に白い直線が組み合わさったフレームワークみたいなのが現れた。同時に妖精が説明してくれる。


「アンタの体と装備から感知できる情報で、周囲の様子を視覚的に表してみたわよ。白い棒線の組み合わせは壁、床、天井だと思っていいわ」


「すごい、暗視装置もないのにこんなことができるんだ」


「ふふん、アタシはできる電子の妖精だもの。このくらいは当然ね! でも、もっと良い装備を手に入れたり体を改造したりしたら、更に正確になるわよ」


「その話は後で。今は逃げよう!」


 かなり時間を浪費したと感じた僕は走り始めた。最初は遠慮がちだったけど、妖精が表示してくれるサポートが正確なのを知ると全力で走る。


 階段を登りきったところで遺跡の揺れが激しくなってきた。例のロボットに出くわした三叉路を左に曲がったときに反対側から爆発音が聞こえてくる。


 ひどい揺れの中を必死に走り続けて通路の先に見える光へと向かった。ようやく土砂らしきものが見えてきたところで、交信している荒神さんの声が聞こえてくる。


『おい本部! まだガキ一人が中にいるんだ! 退避はねぇだろう!』


『異変が起きてる遺跡に入っても二次災害になるだけだ!』


『ちくしょう! セキュリティー・ガードみたいなのがいなけりゃ! いや、待て。あいつぁ』


「荒神さん、中で爆発が始まってます! 早く逃げて!」


「なんだと!?」


 土砂の手前で立って通信をしていた荒神さんが僕を見て驚いた。その脇をすり抜けるときに声をかける。


 こちらに顔を向けていた荒神さんは目を剥きつつもすぐに踵を返した。その直後に通路でも爆発が始まる。


 どうにか間一髪で僕達は遺跡から脱出できた。

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