第3話 野党

 ローガンは近場の街まで行くための身支度を整える。


 目立たないための薄茶色の外套の下には、蝋でコーティングされた革鎧。外套の上からはわからない程度に薄く、しかし丁寧に仕立て上げられたその鎧は、生半可な刃ならはじいてしまう。


 腰に差すのは何の変哲もないロングソード。鍛冶屋にいけば一束が銀貨数枚でまとめ売りされているような安物だ。


 宝剣や、立派な金属鎧なんてものはつけているだけで周囲の視線を集めてしまう。


 騎士であった頃なら、それも良かったのだが、今のローガンは魔王の手下。戦力も整わないうちから目立つことは本位ではなかった。


「ではまいりましょうか主よ、街はここから歩いて半日ほどです。残念ながら、馬はおりませぬので徒歩になりますが」


「遠いわね。アンタ、普段の買い物とかどうしてるの?」


 当然といえば当然の疑問に、ローガンは笑う。


「もちろん半日かけて買いに行きますとも」


「……アンタ結構な年でしょう? 歩けなくなったらどうするつもりだったの?」


「もちろん、その時は潔くくたばりますとも。歩けなくなるまで弱ってまで生き延びたいとは思いませんから」


「……そう」


「心配せずとも、すぐにはくたばりません。せっかく主に拾われたのですから、私が死ぬ場所は戦場です。そうでしょう?」


「もちろん、アンタにふさわしい死に場所を用意してあげるわ」


「ふふ……それを聞いて安心しました。誰にも知られずにひっそりと死ぬなんて不本意ですからな」


 そして二人は歩き出した。


 しばらく歩きながら、ローガンはふと思いついた疑問をエミーリアに投げかける。


「そういえば、街まで飛んでいかないのですかな? 竜族の翼であれば、それこそ一瞬でたどり着くと思うのですが」


 しかし、エミーリアは首を横に振った。


「見ての通り、今の私は魔人に擬態しているわ……竜族は種族として強すぎるがゆえに迫害された。生き残りがいるとわかれば、また厄介なことになるでしょうね。だから、戦力が整うまでは目立ちたくないのよ」


「なるほど、納得できる理由です」


「だから、戦闘はほとんどアンタに任せるわ。この姿では、まともに戦えないからね」


「左様ですか……かしこまりました。騎士ローガン、尽力いたします」


 そんな会話をしながら歩いていると、不意に先頭を歩いていたローガンが立ち止まった。


 ロングソードのグリップを握りしめ、鋭い目線で後方をにらみつける。


 次の瞬間、飛来してくるは一本の矢。頭にめがけて飛んできたその矢を、ローガンは抜き放ったロングソードで両断した。


 すると、矢の飛んできた方向から、下卑た笑い声が聞こえてくる。


「ヒュウ! 爺の癖にやるじゃん」


 木の陰から出てきたのは、すらりと背の高い弓を持った男。そして、その背後から数人の男たちが顔を出す。


 男たちはそれぞれ武装をしており、目はギラギラと血走っていた。とてもじゃないが一般人には見えない。


 弓の男を含め、数は4人。数の上では倍の差がある。


「野党みたいね」


 男たちを見て、エミーリアはつまらなそうにあくびをした。そして、さもなんでもない事のようにローガンに命令する。


「殺して」


 随分と野蛮な命令だ。


 しかし、すでにローガンは正義を胸に掲げた守護騎士ではない。


 ただ主のために研ぎ澄まされた抜身の刃……それが今のローガンだ。


「御意」


 短くそう返答すると、ローガンはロングソードを構えて一気に駆け出した。


 かなり場数を踏んでいるのか、野党たちは意外と冷静だった。


 湾曲した山賊刀を持った、体格の良い男が迎え撃つように前に出て、背の高い弓の男が後方から射撃で支援する。


 他の二人は、山賊刀の男から半歩下がっていレギュラーに対応できるような陣形を組んだ。


 手練れだ。


 ただの野党ではない。


 しかし、ローガンはニヤリと口角を吊り上げた。


 飛来してきた矢を紙一重で回避し、体勢を保ったまま山賊刀の男と対峙する。


 大きく上段から振り下ろされる山賊刀。人を殺傷するのに十分な威力を秘めたその一撃は、しかし、ローガンにとっては遅すぎた。


 コンパクトな動きでロングソードを突き出し、相手の喉に差し込む。


 体勢の崩れた相手を右方向に蹴りつけて、右後方に待機していた野党を巻き添えにすると、左後方にいた男に向き直った。


 ローガンの機敏な動きに驚いて、男の体がわずかに硬直する。


 時間にしてコンマ数秒。しかし、それはローガンの刃が相手の首を掻き切るのに十分な時間だった。


 傷口から鮮血を吹き出しながら倒れる男の胸倉を掴み、自分に引き寄せる。


 くるりと体を反転させると、側方から飛来してきた第二の矢を、首を掻き切った男の体で受け止めた。


 ぐったりとした死体を正面に蹴り飛ばし、弓の男とローガンの間の遮蔽物とする。


 弓の男は仲間の死体により視界を奪われ、ローガンの姿を一瞬見失ってしまった。


「クソっ! 姑息な……」


 悪態をついた弓の男も、次の瞬間には間合いを詰めたローガンによって首を切り裂かれる。


 パクパクと何か言いたそうに口を開閉する弓の男を蹴り倒し、ローガンは最後に残った男に向き直った。


「ひぃぃぃっ!!??」


 残った男は、仲間の無残な死体を見て戦意を喪失している。


 ガタガタと震えながら、涙目で大ぶりのナイフを構え、切っ先をローガンに向ける。


「て…テメエ!! こんな事をしてタダで済むと思うなよ! お、俺たちのバックには”漆黒のダナン”がついているんだぞ!?」


 ナイフをぶんぶんと振り回しながらそう叫ぶ男に、ローガンは冷静に近寄ると、刃を振り下ろした。


 他の3人と同じように喉を割かれて倒れる男に、ローガンはポツリと呟く。


「バックに誰がいたとして、死体が何を報告するというのかね?」




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