序章

「ううっ……」

 頭が割れるように痛くて、ユリアは目が覚めた。

 最初に目に入ったのは、みつがらほどこされたてんじようだ。

 見た事のない絵で、いったい自分はどこにいるのだろうと、首をかしげる。

 ヨルン国団、この隊所属の軍人、ユリア・クロジッド、それが自分だ。

 十六歳で入隊し、一年ほどつ。背中のふわふわしたかんしよくからすると、そんな自分に似つかわしくない、やわらかくて高価なベッドでているようだ。

 起き上がろうとしたが、あちこち痛んで顔をしかめる。

「ここはどこだ? あの天井画、ふわふわのベッド。それにこの部屋……」

 首を動かして辺りを見回すと、花柄のかべと大理石のゆかが目に入る。いまいる部屋はびんぼう貴族の自分の部屋より十倍は広い。調度品も高価で、あちこちがきらきらかがやいて見えた。

「ヨルン国の城にある客間に似ているけど、調度品のおもむきちがうな」

 軍学校にいたころ、いかなる事態にも常に冷静に対処するよう訓練された。

 見知らぬ場所で目覚めてもうろたえないよう、精神面もきたえている。

 何とか起き上がってもう一度辺りを見回した。ベッドサイドのテーブルに手鏡があるのに気づき、頭が痛むのはでもしているからかと、それを取ってのぞき込む。

「なっ……!」

 我が目を疑った。鏡には見慣れた自分の顔ではなく、別人の顔が映っていたからだ。

 父親ゆずりの赤毛の長いかみを一つに結び、意志が強そうだとよく言われる緑のひとみ

 訓練で日焼けしたそばかすだらけの顔は、悪くもないが特別美人でもない。

 長身細身で鍛えた体つき。それが自分だ。

 しかし鏡には金色の長い巻き毛に愛らしいすみれ色の瞳、とうのような白いはだを持つ、美しい目鼻立ちの女性が映っている。この顔はよく知っていた。

 大陸一の美少女と名高い、ヨルン国の王女ローラだ。なぜ鏡にローラの顔が映っているのか理解できずにまゆを寄せる。すると鏡の中のローラもしかめっつらをした。

(ローラひめはこんな表情をしても可愛かわいいんだ……いや、そうじゃなくて!)

 あまりの事に、頭が現実とうをしているようだ。しっかりしろと自分に言い聞かせて、鏡をひざの上にせ、混乱する頭で必死に考えた。

「落ち着け。わたしはユリア・クロジッド。十七歳。ヨルン国騎士団の近衛隊、第三小隊隊員。最近まできんしんしていたけど、特別にローラ姫のけつこん式までの護衛を命じられてファーストデンテ国に向かっていた。それから……」

 思い出そうとすると、頭痛がひどくなる。

 もう一度鏡で確かめなければならないとわかっていたが、どうにも手が動かなかった。

「……頭が痛いという事は、頭を打った? そうか、それが原因で起こったげんかくを見たんだ。ローラ姫は可愛くてやさしくて、大陸中の女性からあこがれられる存在だ。きっと彼女になってみたいという気持ちがわたしの中にもあって……。うん、そうだ。きっとそう!」

 何とか導き出した答えでどうにか自分をなつとくさせて、再び鏡を持ち上げる。

「きっと、今度はわたしの赤毛でそばかすのある顔が映って……………………ない!」

 鏡に映っているのはやはり、きんぱつのローラの愛らしい顔だ。

 信じられなくてうつむくと、金色のつややかな髪がはらりと膝に落ちた。

 手に取ると、性格と同じいつもの太い直毛ではなくて、柔らかでつやつやの髪だった。

 顔をさわると、日焼けしてかんそうした肌ではなく、つるつるのゆで卵のような感触だ。

 鏡の中のローラもほおを触って、目を見開いている。

「いったい、どういう事だ……!?」

 いかなる時でも冷静にと訓練されているが、これはさすがに許容はんえている。

 なぜこんな事になってしまったのか。ユリアは痛む頭を押さえて、思い出そうとした。

 何もかもの始まりはそう、三ヶ月前の事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る