第14話 すれ違い

 ガブリン窟での魔物退治は常設クエストである。

 なんでも、放っておくとガブリンが異常発生して溢れ出すのだそうだ。


 なんなら、ちゃんとガブリンを退治していても数年に一度くらいは異常発生イベントが起きるらしい。ちょっと怖いが、流石にそんな運の悪い事は起きないだろう。


 あと一応、ガブリン窟は鉱山でもあり、量は多くないが、下位の鉱物が採れる。鉱山集落化していないのは、前述のガブリンの異常発生イベントがあるからだろうが、恐らくもう一つ理由があった。


 他の場所もそうなのかは分からないが、ガブリン窟の鉱石は鍛冶の神の恵みによって採取ポイントみたいな感じでランダムな場所に発生する。階層によって採掘出来る鉱石は決まっていて、掘り尽くしたらある程度時間を置いて別の場所に再生成される。


 ……本当にゲームみたいな世界である。そういうわけだから、ある程度の産出量はあるが、鉱山集落化する程の量は採れないし、大量に鉱夫を雇うのも非効率という事らしい。


 なので、ガブリン窟での鉱石堀りは、冒険者の副業や、戦闘スキルを取った鍛冶師の仕事という事になっていた。


「ふ~ん。なんか〇〇〇ンみたいだね」

「だな」


 面白そうに真白は言う。

 俺はえっさほいさとつるはしで岩肌に埋まった鉱石を掘り出しており、真白はその辺の大きな岩に腰かけてそれを眺めていた。


 魔法は金がかかる。ガブリンは評価レベルこそ3だが、一匹当たりの討伐報酬は腕兎と大差ない。肉も皮も役に立たないそうで、解体して売れるような素材もない。単体なら、かなり不味い魔物である。精々インベントリーに魔石と秘薬が入っているくらいだ。そんなんだから害悪モンスターなんて呼ばれているのだろうが……。


 その分数が多いので、一応初心者平原よりは金になるはずだが、秘薬を消費して魔法を使う性質上、単価の安い魔物を大量に相手にすると出費が膨らんでしまう。広範囲を攻撃できる強力な魔法が使えれば違うのだろうが、熟練度が足りなかった。


 一応、現状の熟練度でもクラス3の魔法は使えるのだが、使えるというだけで、成功率は一割あるかどうか。実戦では一瞬の隙が生死を分ける。九割の成功率でも心もとないのに、一割など論外だ。それ以前に、そんな成功率では失敗が多すぎて上手くいく前に赤字になる。


 真白が一人で大量のガブリンを相手に出来るのも、俺がありったけのバフをかけているからである。洞窟内は真っ暗なので、定期的に暗視もかけ直さないといけない。分かっていた事だが、魔法はなにをするにも秘薬を使う、金食いスキルなのである。


 ガブリン窟は、スキルの熟練度や俺達の評価レベルを上げるには丁度いい場所なのだが、魔物狩りだけでは稼ぎが悪そうなので、採掘スキルを習って俺も副業に手を出す事にしたのだった。


 一応これも、真白の気持ちを繋ぎとめる為の作戦の一つである。


 俺がいくら口で真白の事を好きだと言った所で、行動が伴わなければ説得力がない。行動が伴っていたとしても、結果が伴っていなければ意味がない。


 異世界だって、生きる為には金が要る。真白だって贅沢をしたり、欲しい物を買ったりしたいだろう。朝起きて、ギルドで飯食って、魔物と戦って飯食って寝て……それで精一杯の暮らしというのは辛いし、悲しすぎる。


 今の真白ならそれでもいいと言うだろう。もしかしたら、この先もそれでいいと言うかもしれない。でも、俺は嫌だ。好きな女には、良い思いをさせたい。好きな物を好きなだけ食べさせて、欲しい物を欲しがるだけ買ってやって、周りに羨まれるような、幸せな生活をさせてやりたい。


 いや、ガブリン窟の一層で採れる鉄鉱石なんかいくら掘ったって大した金にはならないんだが……。それでも金は金だ。俺は秘薬代で足を引っ張っているし、急に病気になったり怪我をするかもしれないし、そういう時の為の貯えも作っておきたい。


 そういった諸々の理由で俺はつるはしを振っているのだった。


「大変じゃない? 刹那魔法使いだし、STRもVITも低いし、スタミナだってそんなないでしょ?」

「……まぁ、楽じゃないけど。採掘スキルあるし、平気だよ」


 額の汗を拭う。平気な顔をしているが、実はめちゃくちゃ辛い。料理スキルと同じで、採掘スキルは取ったばかりだ。ないよりはマシだけど、劇的という程でもない。既に腕はパンパンで、硬い鉱石を掘り出す際の衝撃で掌がビリビリしている。


 ……やっぱやめりゃよかった。思ってたよりもずっと大変だ。でも、真白の前で弱音は吐けない。とりあえず、自分のインベントリーが埋まるくらいは掘らないと。


「……代わろっか? あたし、力強いし、スタミナも多いし。採掘するなら、あたしの方が得意だと思うけど」

「いいって。真白は、採掘スキル持ってないだろ?」

「……じゃあ、あたしも採掘スキル取る」


 真白はなんか不機嫌そうだ。折角ダンジョンに来たのに、俺がノロノロ採掘なんかやってるから退屈しているのかもしれない。上手く料理でポイントを稼いだのに、これじゃ台無しだ。あぁ、俺のバカ……。真白の事となると、張り切り過ぎてしまうのが俺の悪い所だった。でもそれは、この世の全ての男の欠点のはずだ。男という生き物は、好きな女の為だったら幾らでも張り切ってしまうのだ。頼まれてもいない、独りよがりで自己中な、しょうもない頑張りではあるのだが……。


「いいって。覚えられるスキルには限りがあるんだし、勿体ないだろ? 真白はこのパーティーの要なんだし、強くなる事だけ考えてればいいよ」


 真白が強くなれば、それだけ危険も減る。

 俺に付き合って余計なスキルを覚える必要はないだろう。


「……なんでそんな事言うの? 急にご飯作ってくれたり……今日の刹那、なんか変だよ……」

「別に、普通だし。変じゃないよ」


 なぜか真白は不安そうだった。俺が頑張るのは、そんなにおかしい事なのだろうか? ……まぁ、そうかもしれない。今まで俺は、真白の為になにかをした事なんかほとんどなかった。付き合ってなかったんだから当たり前だが。それにしたって、なにかこう、優しくしたりとか、色々出来たはずだ。こういうのを因果応報と呼ぶのだろうか。


「お金の事気にしてるんなら、あたしは平気だよ? 今だって、普通に食べていけてるじゃん? そんな、無理して頑張らなくても……」

「無理してるわけじゃないよ。けど、旅をするなら色々必要だろ? 真白の装備だって、もっといいのに変えた方がいいだろうし。真白が強くなれば俺も安心だし、狩りの効率だって上がるだろうし」


 冒険者を生業にするなら、安全第一だ。装備の効果は神様の加護だという話だし、真白には出来るだけ良い装備を着せてやりたい。


「……そうかもしんないけど。そんな、急いであれもこれもしなくてよくない? 折角異世界に転生したんだし、もうちょっとゆっくり楽しんでもいいと思うけど……」

「楽しむのにも金が要るだろ。お風呂屋のマッサージ受けたいって言ってたじゃん。服とか漫画とか、欲しいって言ってたし」

「言ってたけど……別に急いでないし……」


 どうしてだろう。気が付くと、俺達はなんか嫌な感じの空気になってしまった。

 お互いに無言になり、俺は黙々とつるはしを振るう。


「……待たせてごめん。とりあえず、全部掘り終わった」

「……ねぇ刹那。もう一個下の階、行ってみない?」


 どこか不貞腐れたように真白は言う。


「……初めてだし、今日は一層でやめといた方がいいんじゃないか?」


 一層の魔物は、数が多いだけで初心者平原の魔物と大差ない強さだ。真白としては退屈なのだろう。気持ちは分かるが、二層になればガブリンの種類が増えると聞いている。俺としては、二層に降りるのはもうちょっとステータスや熟練度を上げてからにしたい。


「……平気だよ。今だって楽勝だし。お金が欲しいなら、二層の方が稼げるでしょ? 鉱石だって、下で掘った方が良いの出るかもしれないし。刹那ばっかり大変で、あたしだけなにもしてないみたいなの、嫌だよ」


 二層に降りたくてそんな事を言っているのだろう。、真白は十分すぎるくらいに頑張ってくれている。


 思えばこの世界に来てから、俺は真白に命令してばかりだった。後衛の魔法職だからとあれこれ口を出していたが、真白としては窮屈に感じて、面白くないのかもしれない。


 不安はあるが、退屈な採掘に付き合わせてしまったし、ここは譲った方がいいのだろう……。


「分かったよ。真白は強いしな。ちょっと覗いてみて、平気そうならそこで狩るか」

「……うん。あたしも、頑張るから」

「……?」


 決意めいた表情を浮かべる真白に、俺は不思議に思った。

 今でも真白は十分頑張っているのに。

 これ以上、なにを頑張る必要があるのだろうか?

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