煙草、呪い

二階堂由美

俺は、何度か話した事があるだけで特別仲が良かった訳じゃない。

警察学校は同じでも、教場は違った。

アイツと知り合ったのは、コミュ力の塊である俺の親友が、食堂の席取りで困っていた所を親友が声掛けたのが始まりだった。

どちらかと言えば、親友がよく顔を見かけたら話してたくらいだっただろうか。


「捜査一課に配属されましたーー」


アイツとは、俺と同じ捜査一課に配属になった。小さく、よろしくね、と声を掛けられたのを覚えている。


「あぁ。よろしく。」


「ちょっと!俺とも仲良くしてよ!」


「あれ?何度か話した事あるよね?」


「学校だとそうでもなかったでしょうが。」


「まぁ確かに。仕方ないからよろしくしてあげるよ。」


「なんか俺だけ冷たくない?!」


「気のせいだ。」


俺の親友とそいつは、この中で唯一の同期…と言っても過言では無いだろう。一緒に仕事したり、時にバラバラになったり。

同期だからこそ、言える愚痴もある訳で、よくつるんでいた。


「なぁー。このヤマ終わったら飲み行かねぇ?」


「それいい。もう書類と睨めっこは勘弁。」


「だよなー。報告書とかめんどくせぇ…」


「飲み行きてぇなら、口より手を動かせー…はい、俺終わり。」


「早っ!嘘だろ!!俺のもやって!!」


「くっそーずっと黙ってたくせにぃ!」


「はいはい店の予約しといてやるから、間に合わせろ。」


「悔しい…終わらす!」


「勝者の余裕かコノヤロー!!」


警察学校を卒業して、捜査一課に配属になってから数年。

俺たちは何時もこんな感じだった。

後輩も出来て、新人教育も任される立場になった俺たちは、幾分か警察官らしいと思った。


「…はい私終わったー!!」


「ちょーっと待ってー!!俺もあと少し…はいキター俺も終わりー!!はい終わり撤収飲み行くぞ!!!」


「キャラ変わりすぎ。」


「ま、今回は長かったからな。仕方ないだろ。」


俺たちが長くに追っていた事件がやっと片付き、予約していた何時もの店に向かった。


「キャラ変わってるって言えば、お前の方じゃね?」


「私?何で?」


「警察学校の時、大人しかったじゃん。」


「大人しくないよ。変わらずこのままだったけど?」


「そうかぁ?お前はどう思う?」


「んー…あん時はこういう仲じゃ無かったから、分からなかったんだろうよ。」


「そゆこと。私はけして、変わってません!」


店に着き、席に通されそれぞれ注文した。

ライターと煙草を手に取れば、何も言わず灰皿が目の前に置かれた。


「そろそろ禁煙しろよ。体に悪いぞ!」


「悪いな。これがストレス発散なもんで。」


「あれにしなよ、あれ。」


「あれ?」


「ココアシガレット。」


「コイツがココアシガレットとかヤバっ!でも健康的!」


「あれぜってぇ食うぞ。」


「いや食いもんだし。元々食いもんだし。駄菓子舐めんな。」


「何で急に喧嘩腰?」


「私はよっちゃんイカが好き。」


「酸っぱすぎないあれ?ちょっと苦手なんだけど。」


「俺はいける口。酒に合う。」


「だよねー!」


「はい出ました酒強い勢!いいですよー俺弱いんでーよっちゃんイカ食えなくてもつまみ幾らでもありますからー。」


「あれ?酒飲んでる?酔ってない?」


「酔ってないわ!さっき頼んだばっかできてないわ!」


とか言いながら、店員は注文したばからりの酒を持ってきて、俺の所に置いてある灰皿の横に置いていった。


「きたし!きてないわって話してたのにきたわ!」


「1人ノリツッコミ乙。はい、かんぱーい!」


いつものノリで、いつもの酒で、いつものツマミで。

目の前で馬鹿みたいに笑う女をつい見てしまうのも、いつも通りなわけで。


「ちょっと、もう水にしなよ。」


程なくして親友は潰れた。

テーブルに伏して起き上がれそうにない親友の腕を掴んで無理矢理立たせた。飲み代は潰れた罰としてコイツの財布からだした。まぁ、それも変わりないやりとりだった。


「ゴチです!」


「おー。」


「君の財布じゃないけど。」


店を出て、タクシー引っ捕まえて3人で乗り込み、酔い潰れた親友のアパートで降り、家ん中に放り込んでやってから、酔い醒ましに2人で歩いて帰ることにした。


「んー何かこうして帰るの久しぶりな気がする。」


「そうだな。」


話すことが無くても、居心地悪いとか、そういうのは無い。

だけどそわそわする。周りも静かで、自分の心臓の音が嫌に聞こえてきた。煩い、静かにしろ心臓。


「どうしたの?」


「あ?」


「落ち着きないぞぉ。」


ヘラっとしたその顔にムカついた。

つかなんで分かった。誰のせいだよ。


「…腹立つ。」


「なんで?!何かした?!」


「さぁな。おら、お前ん家着いたぞ。」


「あらいつの間に。」


「アイツの家から近いかんな。」


「皆近くて笑える。」


「俺は遠い。」


「嘘つけそこでしょそこ!」


「見えてるだけで歩くと遠いだろ。」


「まあ、確かに。」


「だろ。ほら早く入れよ。」


俺は家に入るまで帰らない。

これが定着したのは何時だったか。

私も警察官!なんて言うけど、俺の中じゃ変わらず女だ。


「…もうちょっと話そうよ。」


「明日も早いだろうが。」


「大きなヤマが片付いた後だぞ。」


「さっきまで散々話したろ。飽きねぇのかよ。」


「こういう時じゃないとゆっくりできないじゃん?」


さっさと中入れと言えばいいだろうに、俺の手はスーツの内ポケットを漁っていた。


「…煙草、1本分な。」


そう言えば嬉しそうに笑った。

つくづく俺は、こいつに甘いと思う。

この煙草はいつもより美味かった、気がする。

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