第4話

 ボクがテーブルで食事を摂っていると、お父さんはお兄さんが乗っていたベッドを移動させる。


「お日様に当てるんじゃないの?」

「オ風呂ガ沸イタノデ 入レテキマス」


「ふーん」

 ベッドはお父さんと一緒にボクの脇を通ってバスルームへ向かった。


「音楽デモ カケマスカ?」

 居間で聞こえるスピーカーからお父さんの声がしてきた。


「うん」

 ボクが返事をすると、部屋にバイオリンのクラッシックが流れる。

 可もなく不可もない、朝にふさわしいBGM。


 いつも通りの朝。

 お父さんが用意したロールサンドを手に取る。

 ボクが好きなゆで卵が入っていたから嬉しい。


 まずそれを食べる。

 黄身が滑らかで白身がプルプルしていて、マヨネーズが絶妙である。


 お父さんはボクの好みを熟知している。

 トマトもハムも美味しい。


 そして最後にサラダが残った。

 ドレッシング少な目で塩分控えめの野菜の味がしっかりするサラダ。


 採れたての野菜はいつも冷蔵庫の野菜室に入っている。

 お箸で口に入れるとシャリシャリして美味しい。美味しいんだけど、食べにくいから苦手。でも美味しい。


 そして最後にデザート。

 ボクは好物を最後にとっておく。ゆで卵のサンドイッチは2番目に好きな物で、それを一番先に食べる。


 ボクは上機嫌でチョコマフィンをかじる。

 焼きたてのチョコマフィン。ふっくらしっとり。口の中でほこほこしている。

「ふふふっ」


 さっきお父さんが太陽の光は大事と言っていたことは本当かもしれない。朝の光を受け、バイオリンのクラシック音楽を聴きながらの朝食はなかなか悪くない。


 お父さんが用意してくれた、栄養バランスも満点な食事。

 色どりもお皿も綺麗でピカピカな朝の食事。

 いつもと変わらないけれど、小さな幸せを感じる。

 チョコマフィンをちぎって口に入れようとしていると、


「うわあああああああああ!!!!!」

 お風呂場から男の人の叫び声が聞こえてきた。

 さっきのお兄さん、目が覚めたのかな?


 ボクが食事を終える前に目が覚めたようだ。たまにお父さんの予測は外れる。

 お風呂に入ったわけだから、自然に起きたわけではないような気がするけど。


 あの綺麗なグリーンを思い出し、ボクはマフィンを口に入れ、残りはお皿に戻してバスルームに向かう。


 そっと脱衣所に行くと、摺りガラスの向こうからバシャバシャバシャという水音と

「おぼっ、おぼっ、溺れるだろうが!」と言う声がした。

 お兄さんの声だ。


「スミマセン。水温ハ 確カメタノデスガ」

 淡々としたお父さんの声。申し訳なさが全く伝わってこない。


「水温が問題なんじゃねえ。風呂ん中落とすな!」

 何があったんだろう? お父さんはよっぽどなことがなければ人をお風呂に落とさないと思うんだけど。なぜならお父さんはAIだから。

 落としたんだとしたら、何か目的があったのだろう。


「落トシテ マセンヨ」

 やっぱり違ってたんだ。ベッドを斜めにして入れたんじゃないのかな?

「落としてた。ぼっちゃんって言っただろうが!」

 ぼっちゃん? お兄さんはそのオノマトペを強調して言っていた。


「お父さん、どうしたの?」

 そう言って、バスルームのドアを開けた。

「あ……」

 ひげもじゃなお兄さんがボクを見て固まった。


 お風呂に入っているからだけど全裸だった。立っていたからお湯につかっていたのは膝までで、お兄さんはまごうことなきお兄さんだった。


 ボクが視線をそちらに向けると、

「ひゃあああああ!」という高めの声で悲鳴を上げ、腕を胸を隠すように交差させ、ボクに背中を向けて湯舟にしゃがみ込んだ。


 お兄さん?

 ボクは首を傾げた。


 後ろ姿の白い肌がお湯に浸って、お兄さんと言うにはツルツルしている気がした。

 でも、お兄さんだった。


「ねおサン」

 ナース帽のお父さんがボクを見てボクを呼ぶ。


「なに?」

 お父さんを見て返事する。


「コノ方ガ 恥ズカシイ ヨウナノデ、居間ヘ戻ッテクダサイ」

 ボクはお兄さんに視線を戻す。


「わかった」

 ボクはうなずいてドアを閉めた。


 耳に残る高い声。

 お兄さんなのに、あんな声が出るんだ。


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