第6章 俺達だけが知っているタメ回

第6-1話 物語には日常回も必要です


「うっみだ~!!」


 スレンダーな肢体を水色のセパレートタイプの水着に包んだルクアが波打ち際に突進していく。


 ざば~ん!


「刮目して見よ! 勇者ルクアの高速泳法!」


 ドドドドドッ


 そのまま物凄いスピードで泳ぎ出す。

 ふむ、ボディの抵抗が少なくて結構な事である。


「ふふっ、ランさん……余たちも行きましょう?」


 砂浜に仁王立ちする俺の右手をくいくいっと引く柔らかな手。

 俺の肩ぐらいの位置にピコピコと動くケモミミ。


 低身長だが恵まれたスタイルをしっかりと覆う紺色の水着。

 なんでも魔界に伝わる由緒正しき水着とのことだが、何故かそこはかとなく背徳的な雰囲気が漂う。


 胸元に「ふぇるーぜ」と書かれた名札が縫い付けられているが、何か呪法的な意味があるのだろうか?


「いや、俺は休憩用のテントを設営しておくから、先に泳いで来いよ」

「なんかルクアが勝負したそうだぞ?」


「あうっ」


 海に入りたくない俺がやんわりと拒絶すると、なぜか頬を染めて残念そうな表情を浮かべるフェル。

 その拍子に豊満な胸がぷるんと揺れる。


 くっ……相変わらずなんて破壊力だ。

 おもわず幼馴染の絶壁と比較してしまった俺は、当代魔王様とのレベル差に絶望する。


「この辺りは魔王の権威がおよばない”境界”に近いんだろ? 俺が見張っとくから気にせず遊んで来いよ」


 むくむくと頭をもたげてくる煩悩をカッコつけてごまかす。


「とかいってだにゃ~?」

「ポンニャにはお見通しだにゃん!」


「ランっち、実は泳げないんだにゃ?」


 ワオン!


 どんっ!


「うわっ!?」


 そんな俺にタックルしてくる一人と一匹。

 なぜかフリフリピンクの子供っぽい水着を着たポンニャと、ご機嫌なポチコだ。


 きゅぴ~ん☆


 その瞬間、魔王フェルーゼの黄金の双眸が怪しく光る。

 下を向いた彼女は何事かをもごもごとつぶやいている。


「なっ、なるほどっ! 泳げないランさんを余が優しくレクチャー……!

 さらに溺れかけたランさんを魔王軍式人工呼吸術でや、優しく……ぶほっ!?」


 可愛い鼻からたらりと垂れる鼻血。

 何を言っているかはよく聞こえないが、俺の身に危険が迫っている気がする!


 俺は彼女に気付かれないよう、ゆっくりと戦略的撤退を決め込んだのだが。


「……ポンニャちゃん! 魔王フェルーゼが命じますっ!!

 特一種優先命令! 余の欲望の為、ランさんを海に沈めるのだっ!!」


「ラジャーだにゃ!!」


「ちょいまて!? なんか順番がおかしいぞ!!」


「ランっち、覚悟するにゃっ!」


 ガシッ!!


 一足遅く、ポンニャに回り込まれた俺は軽々と持ち上げられてしまう。

 幾らフェルのペットみたいでも四天王のグランサキュバスである。


 俺はあがらう術を持たず、波打ち際へと運ばれてゆくのだった。


 ……なんで俺が勇者と魔王と四天王とこんな所で遊んでいるかと言うと。


 話は二か月ほど前に遡る。



 ***  ***


「注文していた武器防具を受け取りに行きたい?」


「(こくり)ぱくっ……くううっ!? やはり定番も至高っ」


 俺の問いに、おやつのイチゴショートケーキを頬張りながらフェルが頷く。

 彼女から伝説の武器を作ることが出来る魔界の武器メーカー、グランポックル・アームズの話を聞いた後、コイツをどうにか時間稼ぎに使えないか思案していた俺に対し、フェルの方から提案してくれたのだ。


「武器防具ってフェル専用のヤツだったりするのか?」


「もぐもぐ……はいっ」

「もともとは余を侮っていたゴーリキやマッディを何とかビビらせようとグランポックル・アームズ社に発注していたのです」


「むむっ!?」


 一口でイチゴショートを平らげたフェルの視線がテーブルの向かいに座るルクアの方を向く。

 好物はちまちまと食べる主義のルクアの更にはまだケーキがふた切れ残っている。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


「……ほら」


 こんなところでイチゴショートケーキを巡って勇者と魔王の最終決戦が始まってもいけないので、俺の分のケーキをすっとフェルの前に置いてやる。


「っっ♪」


 右手に纏いかけた闇の炎を消し、ご機嫌な表情を取り戻すフェル。

 嬉しそうにケーキを口に運びながら説明を続ける。


「ずっと貯めていたお年玉を元手に、伝説の魔剣デスブリンガーを鍛えてもらったまでは良かったのですがっ」


 ブワン!


 突如空中に現れた魔法映像には、グランポックル族の技術者が紫色の刃を持つ禍々しい長剣を構えた姿が写っている。

『試作品参號 性能評価試験』と題された映像の中で技術者が軽く魔剣デスブリンガーを振ると、刀身から放たれた剣圧で小さめの島が一つ消し飛んだ。


「お恥ずかしい話ですが、プライム会員の更新を忘れてまして」

「送料を払えなくなっちゃったのです♪」


「…………」


 きゃるん、と可愛く舌を出す彼女だが、これほどの威力を持つ武器をフェルに持たせていいものかと思わず悩む俺。

 可愛くても魔王様なのだ。


(ま、まぁ……万一の保険の為か。 ”気になること”もあるしな)


 そう思いなおした俺は、時間稼ぎプランを組み立てる。


「それなら、俺たちの船で取りに行こう」

「ついでにルクアの聖槍ゲイボルグも直してもらえば……半年以上の時間を稼げるだろう」


「やたっ!! 旅行ですねっ!」


 こうして俺たちは、表向きには勇者ルクアの武器を直すため、大遠征という名の旅に出ることになった。

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