第5-3話 勇者様と俺、中盤イベントに挑む(後編)


「我が忠実なるしもべよ、首尾はどうじゃ?」


 ズオオオオッ


 どす黒い瘴気の中から、漆黒のローブを身に着けた小柄な老人が現れる。

 四天王第三柱である、グランリッチのマッディである。


「おお、マッディ様! 良質な魂がたくさん集まっておりますぞ!」


 私設の管理者である部下のグールが、嬉しそうに答える。



 ゴゴゴゴッ……

 ウオオオオ……



 石造りの地下広場の中央には、禍々しい紫色をしたオーブが安置されており、

 無数の邪なる魂が周囲を浮遊している。


「ケケッ!」

「魔王軍を動かせば、愚かな人間どもは勇者候補を育成しようとモンスター退治に躍起になる……下級モンスターと人間どもが憎しみ合い、殺し合う事でワシは”ビジネス”の種を手に入れられると言わけじゃ」


 特に先日、ゴーリキの馬鹿が殺られおったのはラッキーだった。

 最上級グランオーガ―の魂など、めったに手に入る物ではない。


 ワシの禁呪法で熟成した魂は、”触媒”として異世界の悪魔どもに高く売れるのだ。

 魔界経済が大きく発展した現代……単純に人間界を征服しても儲からない。

 人間共とモンスター共は永遠に殺し合いをしておればいいのだ。

 ワシのビジネスの為に……。


「ゲヒヒヒヒ……」


 下卑たマッディの笑い声が地下空間に響き渡る。


「ワシは居城に戻るぞ?

 あまり城を空けていては、魔王殿にバレるかもしれんからな」


「はっ!」


 管理役のグールを残し、マッディは自分の城に戻ろうとする。


(む……この気配は)

(人間の勇者共がここに来たのか?)

(ゲヒヒヒ……先行投資がビジネスの肝よ)


 勇者たちの気配に気づいたマッディは、邪悪な笑みを浮かべ、どこかに通信魔法を繋げるのだった。



 ***  ***


「ひょおおおおっ~! 凄い眺め!

 わたし、”大海”なんて初めて見たよ~っ!」


 わふんわふん!


 船の舳先に立ち、歓声を上げるルクアとポチコ。


「おいおい、はしゃぎ過ぎて海に落ちるなよ?」


「ぶ~っ、わたしそこまでドジじゃないもん!」


 はしゃぐルクアがあまりに子供っぽかったのでからかってやる。

 かくいう俺も、内心わくわくしているのだが。


 ライン王国は内陸部にあるので、普段あまり海を見る機会がない。

 ずっとナイカの村にいたルクアなら、なおさらだろう。


「それにこのでっかい船!

 勇者候補筆頭ともなると、こんなすごい船がもらえるの!?」


 ひと通り海上の風景を楽しんだルクアが、広い甲板をスキップする。


 青空にはためく真っ白な帆。

 全長100メートル近い巨大な船にはマストが3本も立っている。

 世界でも有数の大型船だ。


「とはいっても……」


 はしゃぐルクアとは対照的に、俺には気になる点があった。

 ”無期限貸与”扱いで、船員ごとライン王国から提供されたこのアドバタイズ号。


 魔王軍討伐に関する用事なら無制限で使えるのだが、王国大臣から渡された目録には

 ”移動距離ノルマ”という項目があり……どうやらアドバタイズ号を建造した企業の宣伝とライン王国のアピールのために世界中を回って来いという暗黙の指示らしかった。


 現に最終目的地である”絶海の泪”に向かう途中、いくつかの国の港に「補給」目的で立ち寄ったのだ。


 国民の税金や寄付金を使って建造された大型船である。

 一刻も早く魔王討伐に行くべきであるのに、企業や国の宣伝を優先するとは。

 俺たちの目的は時間稼ぎなのでむしろ都合がいいのだが、何やら世界の汚い部分を見てしまった気がする。


「ねえねえ凄いよラン! 料理長さんがシフォンケーキを焼いてくれるって!!」


「な、なんだとっ!? 海の上でそんな魅惑スイーツが食べられるというのか!?」


 背後に見え隠れする思惑はともかく、乗組員は皆いい人ばかりである。

 せっかくの高級スイーツをルクアに食べ尽くされないよう、船室に急ぐのだった。



 ***  ***


「ふん、田舎者が……崇高な魔王討伐の途中だというのにはしゃぎおって……!」


 アドバタイズ号の右後方を従者のように進むもう一隻の帆船。

 ディルバ帝国貴族の勇者候補、レナード所有のグレートグローリー号。

 ランジットたちの船より一回り大きく、船首に掲げられた女神像も世界最高の白磁器ユーセンだ。


 本来ならこのオレサマが主役なのに……!


 帝国内のスポンサーたちに頭を下げ、「勇者ルクアの支援」という名目で自分の参加をねじ込んだレナード。


 あくまでダンジョンの攻略支援であるが……ダンジョンに潜ってしまえば関係ない。

 船に満載してきたマジックアイテムの物量で蹂躙してやる……!

 あわよくば勇者ルクアもろとも……。


「ふ、ふふふふふ……いいぞぉ!」


 領地も屋敷も抵当に入れ、すべてを掛けて挑むレナード。

 勇者として魔王を討伐し、次期皇帝に上り詰めるのはこのオレサマなのだぁああああ!!



「……なんかムシムシするな? 南に来たからか?」


「ねえねえ! せっかくだから探索が終わったら海でおよごーよ! リゾートなんでしょ?」


 わんわん!


「一応仕事だぞ……?」


 お気楽なランジットたちに向けてどす黒い情念を燃やす帝国貴族。

 ついでに四天王マッディの陰謀と……様々な思惑が渦巻く中、勇者は中盤イベントに挑む。

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