第3-6話 勇者ルクア、急遽ダンジョンに潜る

「な、ななな……なんだとおっ!?」


 素っ頓狂な俺の叫びが朝の自宅に響き渡る。


「ほえ? どうしたのラン?」

 わふん?


 俺の作った朝飯を頬張りながら、不思議そうな表情を浮かべるルクアとポチコ。


「お、おおおお……」


 今の俺は、彼女たちに答える余裕はない。

 俺の目をくぎ付けにしたのは、冒険者ギルドが発行する広報誌、「冒険者トゥディ」の最新号である。


 裏面の端っこに、小さな記事が載っている。


『ランキング3位の勇者候補レガス、パーティメンバーとのBLを公表……より強固になった絆でライン王国の新ダンジョンへ挑む!!』


 ま、マズいぞ……いくらポンニャのご褒美イベントが変幻自在でも、性別を変えることはできない。

 勇者レガスがBL属性だとしたら、ご褒美イベントをスルーされる公算が高い。

 しかも彼らのレベルである……ダンジョン最奥で手に入る武具を手に入れてしまえば、一気に”塔”の攻略が進む恐れがある。


「くそっ……ルクア、俺たちも新ダンジョンへ向かうぞ!」


「ほ、ほえっ? いきなりどうしたのラン?」


 突然の方針変更に、困惑の色を隠せないルクア。

 2か月間のモンスター退治を経て、ルクアのレベルは大きく上がったし、ポチコの奥の手も使える。

 ダンジョンの基本構造は俺が把握しているし、今から出発しても勇者レガスに先行できるはずだ……!


 ワオン!!


 俺の焦りを感じ取ってくれたのか、ぐいぐいとルクアを促すポチコ。


「う、うん……わたしは大丈夫だけど」


 困惑の表情を浮かべたまま、冒険の準備を進めるルクア。


「あ、そうだラン。 ”びーえる”ってなに?」


 ……ピュアな彼女には、真実を告げない方がよさそうだ。



 ***  ***


「ルクア、突き当りを右だっ!」


「う、うん! ねえラン、なんで道がわかるの?」


「細かいことは気にするなっ!」


 ライン王国に出現した新ダンジョンに急行した俺たち。

 例のBL勇者レガスは既に攻略を開始していたのだが、第7階層の中ボスに阻まれたため攻略を一時中断するとのことだ。


 ダンジョン入り口で会った彼らのやけにキラキラとした笑顔に若干引きつつ、順番を譲ってもらった俺たちは一気にダンジョンを攻略すべく怒涛の進撃を開始した。

 俺の頭の中にはフェルが設計したダンジョンの構造図がある。

 どの部分が可変通路なのかを把握しておけば、自動生成マップの法則を見抜くのはさほど難しくない。


 俺たちはポチコの力も借り、僅か数時間ほどで第9階層に到達していた。

 さて……。


「ルクアブレイク!!」


 ズズンッ……


 闘気を纏った槍の一突きが、ゴーレムの腹に大穴を開ける。


「ふふん、これでこのフロアのボスもやっつけたよ!!」


 承認欲求槍使い勇者の槍術も、2か月の修行を経れば形になるものである。

 俺はルクアの才能に改めて感心しつつ、その時を待つ。

 いよいよ”ご褒美イベント”の時間である。


『勇者よ、よくぞここまでたどり着いたにゃんっ!』


 能天気な声がダンジョンの広間に響き……スタイル抜群なポンニャのシルエットが空中に浮かぶ。

 ……う~む、魅惑のご褒美イベントなのに語尾が『にゃん』はないだろう?

 こんな導入で興奮するのだろうか……まさか今回の勇者候補は童○ばかりなのか?


 リアルのポンニャを知ってるせいか、まったくわくわくしない俺。


「な、なにこれっ!? 空中に謎の人影がっ! 魔王軍の罠なのっ!?」


 わふんっ!


 しらける俺の隣で、大げさなリアクションを取る勇者ルクア。

 これほど驚いてもらえれば、トラップを設置したフェルーゼ達も本望だろう。


 ポンニャの影は言葉を続ける。


『頑張った貴方に……最高の癒しを……さあ、身も心も委ねるにゃん』


 ぱあああっ


 ポンニャの声が甘ったるい色香を纏い、ピンク色の霧が広間を包む。

 なるほど、”サキュバスの霧”か……半分ギャグなポンニャのセリフは置いといて、コイツがトラップの本命だろう。

 俺はあらかじめ【属性改変】で”誘惑”への耐性を付与しておいたから問題ないが、○貞勇者ならイチコロかもしれない。


「ふおお……なんかえっちいモヤモヤが……変なのっ!」

 ヴォン!


 当然の事ながら、”サキュバスの霧”は女の子であるルクアとポチコには効果がない。

 無視して先に進むぞ……俺はふたりにそう声を掛けようとしたのだが。


 ずもももも……


 ポンニャの影が形を変えていく。

 一見すると、すらりとした長身の男装令嬢に見える。

 外はね気味の艶やかな黒髪に、切れ長の瞳。

 口元にはどこかニヒルな笑みが浮かんでいる。


 ん? コイツ……どこかで見たことがあるような?

 思わず首をひねる俺。


「わっ……わわわわわわわっ!?」


「る、ルクアスラッシュ!!」


 どご~ん!


 ポンニャの影が形を整えていくにつれ、なぜかルクアが慌てだす。

 影が実体化しようとした瞬間、ルクアの必殺技が炸裂し、影をきれいに吹き飛ばした。


「ね、ねえラン……見た?」


 なぜかルクアの顔が真っ赤だ。

 ??

 彼女の行動の意味が分からなかった俺は、にやりと笑うとからかいの言葉を唇に乗せる。


「ルクアはああいう男装令嬢が好みなのか? アブノーマルもほどほどにな?」


「!?!? もおおおおっ! ばかぁ!!」


 わふわふんっ。

(ぽんぽん)


 なぜか怒り出すルクアと、彼女をぽふぽふと慰めるポチコ。

 意味が分からん……女心は複雑である。

 懐に忍ばせたスペシャルキャラメルでルクアの機嫌を取りながら、俺たちはいよいよ最終階層へ足を踏み入れるのだった。



 ***  ***


「うおおおおおおおっ!! 究極奥義!! ルクアグランランス!!」


 ズドオオオオオオンッ!!


「お、おおお!?」


 何種類あるかよく分からないルクアの必殺技が大ボスであるグリーンドラゴンを一撃で吹き飛ばす。

 まただ……空中に燦然と輝く【有効属性率:350%】の文字。


 魔王フェルーゼ直々に増設した新ダンジョン。

 大ボスには彼女の耐性が色濃く反映されるはずである。

 女性勇者であるルクアの攻撃がここまで効くはずないのだが。


「ふっふふ~ん♪ お宝は何かな?」

「って……剣かぁ、残念」


 がっかりした様子でダンジョンのクリア特典である聖剣アスカロン(本物)を掲げるルクアを見ながら、俺は胸の奥に沸き起こる疑問が大きくなっていくのを感じていた。

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