第1-1話 人には言えない勇者様の秘密

 

「きゃ~~っ♡ 勇者ルクア様~っ!」


 黄色い歓声が部屋の中まで聞こえてくる。

 平凡を愛する冒険者ギルド事務員の俺ランジットは、昼飯づくりの手を止めると窓の外を見やる。

 どうやら”勇者様”がモンスター退治から帰って来たようだ。


「ふふっ……皆様が後方で支えてくれるからこそ、私は後顧の憂い無く戦えるのです。 皆様こそが真の勇者と言えましょう!」


 聞く者を魅了するイケボ。

 キラキラと光の粒子すら纏いながら、芝居がかったポーズを取る一人の剣士。


 少年らしさを残した黒髪のイケメンだ。


 ヴォン!


 傍らには神々しいほどの毛並みを持つ青毛の狼が付き添っており、ビジュアル的にも完璧な勇者と言える。


「まずはこの国を覆う闇を払い……いずれは魔王を倒し、世界を救って見せましょう!」


 きらり……真っ白な歯が形の良い口から覗く。


「おおおおおおっ! 【聖槍の勇者ルクア】様、ばんざ~~~いっ!!」

「ルクア様! ルクア様っ!! あふっ……思わずめまいが」


 勇者ルクアを取り囲んだ村人たちは、より大きな歓声を上げる。

 女性陣の中には興奮しすぎて倒れる者もいるほどだ。


「それでは、戦いの準備がありますのでボクはこの辺で」


 勇者ルクアは村人たちへ優雅に一礼すると、


「ふぅ……」


 この後の展開を予想した俺は、そっと部屋の窓を閉め雨戸を閉じ、防音魔法まで掛け密閉空間を作る。

 裏口のカギを開けておくことも忘れない。


 どたどたどた!

 ガチャン!


 途端に騒がしい足音が聞こえ……裏口の扉をぶち開けてと一匹の狼が俺の家の中に飛び込んできた。


「どどどどどどどっ、どうしよぅランっ!」

「またでっかい事を言っちゃったよ~~~っ」


 さっきまでの威厳はどこへやら、大きく見開いた瞳に大粒の涙を溜め、

 鼻水すら垂らしながら縋りついてきたコイツは俺の幼馴染で……残念ながら聖槍の勇者ルクアである。


 ***  ***



「ええい、しがみつくな暑苦しい」

「まずは鼻水を拭け……ほら」


 鼻水を垂らす少女にハンカチを手渡してやる。


「ランありがとうぅ~~ずびぃ!」


 俺の家に駆け込んできた勇者ルクア。

 そのあまりに情けない姿に思わず頭痛を覚えてしまう。


 クウ~ン……


「ああよしよし。 いつもコイツを助けてくれてありがとな」


 耳をへにゃんと垂らしている狼の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 戸棚からエビルバッファロー肉100%のスペシャルドッグフードを取り出し、食べさせてやることも忘れない。


 わうん!


 ガツガツとドッグフードに喰らいついているコイツの名前はポチコ。

 見た目は勇壮美麗な狼だ。(ちなみに女の子)


「いつも言ってるだろ? 大言壮語はホドホドにしとけって」


「だ、だって……みんなが喜んでくれるのが嬉しいんだもん!」

「畑を荒らすモンスター退治も上手く行ったし……ガーゴイル+が4体出たけど、楽勝だったよ」


 そう……少々調子に乗りやすいことを除けばルクアは善人であり、剣の腕も確かだ。


「ううっ、このままじゃ本当に”勇者”として”魔王討伐”に行くことになっちゃうよぉ~」


『勇者になりたい!』


 そう言ったのはコイツなのだが……俺は2か月ほど前の事を思い出していた。



 ***  ***


「うおおおおおおっ! ついにこの時が!」

「ランッ! わたし、勇者になりたいっ!」


「久しぶりに会ったと思ったら、何だよいきなり……」

「魔王の出現でギルドは大忙しなんだ」


 ド田舎にある故郷ナイカを出て、王都にほど近いここレンディルの村で冒険者ギルド職員として働いていた俺のもとに3歳下の幼馴染であるルクアが訪ねてきたのは、150年ぶりの魔王出現に世界中が震撼している時だった。


 俺たちが住むこの世界では、100~300年周期で魔王が降臨し多大な被害を世の中にもたらす。

 そして、魔王軍討伐の旗頭になるのが”勇者”という存在だった。


「ていうかルクアお前、募集要項はちゃんと読んだのか?」


「もちろんだよっ!」


 =====

『150年ぶりに魔王降臨せり! 我がライン王国は早急に勇者候補を募集する! 我こそはと思う者は最寄りの冒険者ギルドまで!』

『立てよ若人! 君の勇気が世界を救う希望となる!』

 =====


 ふんす、と鼻息荒くびしりと一枚のチラシを俺に突きつけるルクア。

 ギルドが勇者候補募集のため、王国中に配布したモノだ。


「カッコいい煽り文だよね! わたし燃えて来ちゃうよ~っ!」


「……あのな、ここに書いてある”制限事項”をちゃんと読め」


「ほ、ほえっ!?」


 相変わらず猪突猛進な幼馴染の様子に頭痛を覚えた俺は、チラシの一点を指さす。

 そこには赤文字でこう書かれていた。


『現在までに判明している耐性:毒100%、100%、攻撃魔法80%』

『よって、今次募集する勇者はとする (亜人族は要相談)』


「ええええええええええっ!? なにこれっ!?」

「女の子は勇者になれないってコト!? 男女差別だっ! イケナイんだぞっ!」


「……仕方ないだろう? 文句は魔王に言ってくれ」


 ルクアは憤慨し、バンバンと床を踏み鳴らしているが、こればかりは仕方がない。


 歴代最高の大魔導士アイリーン、女傑イリーナなど近年女性冒険者のSSランク到達が目立っており、魔王サイドが対策してきたのかもしれない。

 面倒な事である。


「ということで、村に戻ってろ。 おじさんたちも心配してるだろ?」


 俺は彼女を優しく諭し、村に帰そうとしたのだが……。


「そうだっ! ランのあれ……なんだっけあのすっごいスキル! あれなら何とかなるんじゃない!?」


「あのな……」


 コイツが言ってるのは俺が使えるレアスキル【属性改変】の事である。

 魔力や生命力に干渉し、一時的に対象の【属性】を変更してしまうスキルである。


 有効時間が短いという制限はあるが、攻撃属性や防御耐性まで変えることも可能なので使い方によっては強力な効果を発揮する。


「お願い~っ、試験を受けさせてくれるだけでいいからっ」

「わたしが女の子なのは、ランの【認識改変】でどうにかなるでしょ?」


 なおも言い寄ってくるルクア。

 彼女が言っているのは俺が持つもうひとつのスキルで、周りの認識を書き換えてしまうスキルである。

 確かにコイツを使えば選抜試験を”受ける”ことはできるだろうが……。


 昔から一度言い出したら強情なのだ。

 まあ、コイツの剣技レベルで採用は無理だろう。

 根負けした俺は、幼馴染のよしみでルクアの希望をかなえてやることにしたのだった。



 ***  ***


「まさか、選抜試験を通ってしまうとは……」


 頭を抱えて悔やんでも後の祭りである。

 いつの間にかAランクまで到達していたルクアの剣技。

 伝統的に魔導士の多いここライン王国では高ランク剣士が少ないせいなのか。

 勇者候補の一人としてルクアのヤツが採用されてしまったのだ。


「素晴らしい! 前回は隣のディルバ帝国に”勇者輩出国”の名誉を取られてしまいましたからな!」


「今回は必ず……、ルクア殿!!」

「勇者候補殿には弊社から防具を提供させていただきます。 ささっ、ここにサインを!」


 なぜか国王陛下の名代に、王宮の出入り業者まで押しかけてきて……。


「いや~、コイツって実は女なんです」


 とは言い出せなかった俺である。


「うああああああっ!? 魔王は倒せないけど村の人々は助けたい……わたし、どうしたらっ!?」


 わふんっ!


 頭を抱えて床を転げまわる一人と一匹。

 某社から提供されたという、メーカーのロゴ入りな新品の鎧が目に眩しい。


 残念ながらこの事態を招いてしまった責任の一端は俺にもあるので、何とかしてやるしかなさそうだった。

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