第3話 やっと妊娠出来たのに……

「翔、最近アレが来ないの。もしかしたら出来たかもしれない」

「それって……妊娠したって事?」

 翔は早紀に尋ねた。


「もしそうなら嬉しいけど」

「そうだね」


「病院行った?」

「まだ。検査薬買ってきた。一緒に見てくれない?」


 妊娠検査薬とは、妊娠しているかどうかを手軽に判定できる試薬の事。尿に含まれている妊娠ホルモンの濃度を測定する事で、妊娠しているかどうかを判断出来る。一般的なタイプだと、判定部分と終了部分の両方に線が表示されると陽性、判定部分に表示されず、終了部分にだけ線が表示されると陰性だ。


 早紀はトイレから出てきて、嬉しそうな顔で言った。

「線が2つ出てる。陽性ね。ここの所具合も悪かったから。多分つわりだと思う」


「やった! ついに子供出来たね。」

「あれだけ色々しても出来なかったのに、やめてすぐ出来るなんて分からないものだよね」

「早速病院行こう。僕も一緒に行ってあげる」

「ありがとう」


 かなり具合が悪そうだ。今日は見せっこは無理だな。


「ゴメン、私かなりつわりが酷いみたい。今日はちょっと見せっこ無理かな」

「いいよ。ずっとこうしていよう」

 翔は、早紀を強く抱きしめてささやいた。


 かなりつわりがひどいようで、相当辛そうだ。時々口を押さえて洗面所に行く。翔は早紀の背中をさすってあげた。



 後日、鷺沼医師の産婦人科医院へ行く。


 診察室に入っていく早紀。


 診察室から出てきた早紀の表情は希望に満ちていた。

「やっぱり妊娠してた。3か月だって」

「でかしたぞ早紀。ついに僕達の子供が出来たんだね」


「翔。私嬉しいよ」

 早紀の目からこぼれる涙。今回は嬉し涙だった。


 長きに渡る不妊治療の末、ようやく赤ちゃんを授かった早紀。


 喜びを感じるのもつかの間、つわりとマタニティブルーに襲われ、翔に辛く当たる早紀。

「男の人はいいよね。種を植え付けるだけだもんね」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」



 ある日、突然出血した早紀。

「翔、どうしよう…」

「すぐに病院へ行こう」


「出血、かなりひどいの?」

「うん。それと少しお腹が痛いの。前に流産した時と似た感じ」

 二人は、最悪の事態を想像した。心臓の鼓動が早まり、顔から血の気が引いていく。


「大丈夫。赤ちゃん絶対無事だよ」

「そうだといいけど」



 待合室で無事を祈る翔と早紀。診察室に呼ばれ、症状を伝えた。内診を受ける間も早紀は、不安で胸が張り裂けそうだった。


 鷺沼医師は内診台のカーテンを開け、早紀に向かってエコーの画面を指差した。


「原口さん、これ見えますか? 動いていますね」

「はい」

「赤ちゃんは大丈夫ですよ。順調です」

「よかった」


「これくらいの出血は多くの妊婦さんが経験します。通常は妊娠の継続に影響はありません。ただ、気になる事があります」

「何でしょう?」


 鷺沼医師は、少々顔を曇らせて続けた。

「原口さん、早紀さんの体力は思ったよりも低下しています。このままでは妊娠の継続が難しいです」


 診察に同席していた翔が質問した。

「妊娠継続の可能性はどれくらいでしょうか?」


「今の所五分五分といった所です。つわりがひどい時期ですが、なんとか栄養をしっかり取って、体力を落とさないように注意してください」

「そうですか」


 しかし、もともと食欲不振で苦しんでいた早紀は、ひどいつわりで十分な栄養を摂取する事が難しかった。

「う~気持ち悪い。何も食べたくない。水を飲むのもきついの」

 早紀は、ベッドに倒れ込み、そのまま横になって布団にもぐり込んだ。


「気持ち悪い……さっきまで治まっていた吐き気がまた出てきた」

 早紀は、今までにない辛さを感じていた。


「翔、苦しい……オエッ、ゲホゲホ」

 早紀の吐き気はどんどん増し、我慢出来ずにベッドに吐いてしまった。

 食べていないから、吐くものもなく胃液を吐いていた。


「そんなに具合悪いの?」

「……」

 かなり顔色も悪い。このままでは妊娠を継続するのは難しい。


「僕が代れるのなら代わってあげたい。タツノオトシゴみたいに」

「ありがとう。そう言えばタツノオトシゴってオスが子供産むんだよね」

「そうそう」



 そんなある日。翔の前に、突如現れたかわいらしいマスコットのような女の子。大きさは手のひらサイズだ。ネコみたいな耳としっぽが生えている。

「な、なんだこれ。僕は夢でも見てるのかな?」


 その女の子は言った。

「ひっどーい。あたいの名はイブ。これでも神様なんだ。もうちょっと喜んでくれてもいいんじゃない」

「君が神様? 嘘だろ~」


「本当だよ」

「信じられない。ドッキリか何かじゃないの? 種明かししてよ」

「うたぐり深いなあ。あんた芸能人とかじゃないでしょ。ドッキリにかけられる事情がないじゃないの」


「本当に神様なら、僕の願いをかなえてくれるの? そしたら僕の妻が今妊娠してるんだけど、このままだと出産まで持ちこたえられないかもしれないんだ。だから君の力で無事出産出来るようにしてくれないかな」


「残念ながらそれは無理。人間達は神様と聞くとなんでもありのチートキャラを想像するみたいだけど、現実は厳しいの。かなり限られた能力しかないから。あたいは一生に一度だけ、男と女の身体を入れ替える事が出来る」

「そうなの?」


「あたいの知ってるある男の神様は、短時間だけど時間を遡らせる能力だけ持ってる」

「へー。神様ってそうなんだ」


「あとあたいらは、実は現実社会にたくさん存在してるんだ。普段は見えないだけ。とても強い願望を持った人間がいると、その願望によって実体を与えられる。あんたが女に生れたかったっていう、強い願望を持ったからあたいが生まれたって訳」


「そしたら本当に男女の身体を入れ替えてくれるの?」

「そう」

「お願いします。僕と妻の身体を入れ替えてください」


「いいけど、どうせならもっと面白い願いをかなえてあげる」

「面白い願い?」

「そう。興味ある?」

「もちろん」

 この時、イブは不敵な笑みを浮かべて翔を見つめていた。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 もし、翔と早紀夫婦に「おめでとう」なんて声をかけてみたい方は、ぜひ★評価や♡評価とフォローをお願いします。



 次から第6章に入ります。第1話は、ツンデレのイブが翔にとんでもない提案をします。いったいどんな提案なのでしょうか? お楽しみに!

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