第4話 サクとカイ

 食べるだけ食べると、カイは空になった食器を重ね始めた。サクもカイをまねで重ねる。

 そして、重ねた食器を両手に持って運んだ。

「ボクらは小さいから、落とさないように少しずつ運ぶんだよ。何ども行ったり来たりするけど、落として割ったら、お尻をぶたれるからね」

 この子は落としてお尻をぶたれた事があるんだな、とサクは思う。

 井戸のある洗い場に着くと、食器を桶に入れた。

「お茶碗とかお皿は洗える? オチンチンを洗うみたいに、優しく洗うんだ。壊さないようにね」

「サクは女の子だからオチンチンは無いよ」

 カイは、なぜか勝ち誇った顔をする。

「へえ、そう。ボクはね、ここじゃあ、たった一人オチンチンが有るんだ。じゃあ、サクはこれを洗って。ボクは残りを運ぶから」

 カイが食器を運び終ると、二人は桶の前に並んでしゃがみ、一緒に洗う。

「ちょっと前までは、カリンと一緒に洗っていたんだ。でも、カリンは十五になったから、もう洗わなくていいんだよ」

 カイはよく喋る子供だった。

「なぜ十五になったら洗わなくていいの?」

 やれやれ何も知らないんだな、と言った顔でカイは答える。

「ジュリになるからさ。ジュリになったら、もう洗いものとか掃除はしなくていいんだ」

「じゃあ何をするの?」

「踊りとか楽器を稽古して、上手くなったらお客さんに見せるのさ。それから一緒にお酒飲んで、ワンワンごっこをするんだよ」

「ワンワンごっこ?」

「そう、犬が二匹で時々やってるヤツ。一匹がもう一匹のお尻に前脚を乗せて、そのお尻に腰をぶつけるんだろ。あれをやって遊ぶのさ」

「見たの?」

 大人が犬のマネをして遊んでいるなど、サクには信じられなかった。

「うん、見た。母ちゃんが久しぶりにジュリの仕事をした時に覗いたんだ。母ちゃん、ワンワンって鳴いてた。でも、サクは覗かない方がいいよ。おもいっきりゲンコツされるから」

「母ちゃんって、さっきの背の高い人?」

「そうだよ」

「ジュリなのね」

「うん。だけど、今は料理を作ったり、着物を直したりが多いよ。それに、母ちゃんはヤーヌカミーなんだ」

「神様?」

「違うけど、みんなそう言うよ。悪い人が来たら、追い払う役さ」

「強いんだね」

「とっても。ボクも母ちゃんが悪い人をやっつけるのを見たことある。強くてカッコいいんだ……」

 単に自慢というのではなく、母親を心から尊敬していることが、カイのその表情でわかった。

「……母ちゃんは辻村ヌンチャクの達人なのさ」

「ヌンチャクって?」

「サクは本当に何も知らないなあ。もうすぐ母ちゃんが稽古を始めるから、それを見たらわかるよ」

 言葉で説明できなくてゴマかしているんだな、とサクは思った。

「カイも十五になったらジュリになる?」

「ううん、ジュリになれるのは女の子だけだよ。男は十五になったらココを出ないといけないんだって」

「一人ぼっちになっちゃうの?」

「自分で仕事を探して生きるんだ。ボクは大きな船を作る人になりたい。外国にだって行ける大きな船さ。だけど、たくさん修行しないといけないんだって」

「サクも船を作る人になれるかな?」

「サクはジュリになるんだよ。そのためにココへ売られたんだから。ジュリには美人しかなれないからね」

「……なれるかな、ジュリに」

「なれると思うよ。サク、可愛いし」

 そう言うと、カイは照れて頬を赤くした。

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