第28話 時に漫画喫茶

 白銀トキヤさん、彼は白銀ナデシコ=魔王とは十歳離れた兄妹で。


 前世で魔王を討伐する時、僕達は当初トキヤさんを倒すことを最大の目標としていた。だがトキヤさんは僕達に倒されると「くくく、俺は魔王の中でも最弱」とか言い始めて真・魔王だった彼女が存在することを知らしめた元祖魔王だ。


 タイオウが地球に転生して「日本のRPGってどうして俺達の経験を丸パクリしたかのような構成になってるのかな、不思議」と酷い失言をしていたことがあったが、なるほど、トキヤさんは元祖魔王か。


「その節はお世話になりました」


 とキリコが妙な礼節を言うと、トキヤさんは笑っていた。


「こちらこそお世話になりました」

「その後御代わりないでしょうか?」

「うーん、君達も見てわかる通り、前世の時よりも優しくなった」


 うんうん、いいことだ。


「前世の時よりも格好よくなりましたね」


 とミサキはトキヤさんの外見を褒めると、彼ははにかむ。


「君が誰かわからないけど、前世の時よりも美人になったね」


 うんうん、僕もそう思うよ。


「なら改めて自己紹介しますね、僕の名前は佐伯イッサ、元はデュランです」

「んだテメエがデュランだったのかおらハナタレ小僧がよ、何すました顔してんだよタコがよ」


 ん? なんで僕にだけ悪態吐き始めた?


「私の前世はライアよ」

「お? それって元々俺と許嫁だったライア王女?」

「ああ、そう言えばそんなこともあったわね」


 しかしキリコは僕の彼女だ、自重してもらおうか。


「私はイザベルです」

「ああ、君があのチンチクリン召喚士だったのか。本当に綺麗になったな」


 やり辛い、前世を知っている人間ってやり辛いよ!


「OK、わかった。君達の家庭教師は引き受けるから、せめて妹ぐらいにはなってくれよ。じゃあ今日はこの辺でお暇させて頂きます。次回の予定を決めたいから、来週のスケジュールを打ち合わせしよう。いつなら空いてる?」


 しかし、この人は凄腕の家庭教師だ。

 このチャンスを逃す手はないので、ここはやはり僕が前に立とう。


「来週でしたら月火水のどちらかがいいかと」

「テメエは黙ってろチンカス、テメエの吐き出した汚ぇヘドロみたいな発言を仕舞え」

「頭はいいかもしれないけど教える気がないなら帰れよ!!」


 そう怒号をつくと、トキヤさんは黙ってしまった。


「……チ、しょうがないな佐伯くんは。君のことはデュランとは思わないことにするよ。しました。これでいいんだろ? 来週の月火水のどれか、だったな。だったら月曜日にしよう。そこで三人の学力テストをして、それぞれに見合った授業を用意するから」


 前世のこととなると途端にクソみたいな態度を取る家庭教師、ありかなしか。

 彼の前では前世の話はタブーだな。


 そして来週の予定が決まると、トキヤさんはさっさと帰って行った。


 トキヤさんが帰って行ったあと、僕達三人はキリコの部屋で会議を開く。

 キリコは僕の顔を見て、不安そうな表情をしていた。


「どうするのデュラン、偉い嫌われてたわね」

「彼の前では前世の話はしなければいい」

「それだけでやり過ごせそう?」

「ミサキはどう思う?」


 問うと、ミサキは無表情のままで。


「とりあえずしばらくは教えてもらって、駄目そうだったら即刻辞めて貰えば?」

「それもそうだな」


 と、いうことになった。

 そして今日はそのまま解散、ミサキを駅ビルまで見送った後、家に帰宅帰宅っと。


 家に帰ると、玄関にジーニーの靴が置かれていた。

 どうやらジーニーもその後無事に帰って来れたらしいので、安心した。


 玄関から二階に上がって、リビングに顔を出すと母さんが僕を見つける。


「お帰りイッサ、家庭教師はどうだった?」

「おおむね問題ないと思う」

「そう、ならしっかり勉強しなさいよ~」

「うん、ありがとう。所で晩御飯は?」

「え? 用意してないわよ? キリコちゃんの所で食べて来るんじゃなかったの?」

「誰もそんなこと言ってなかっただろ」

「じゃあ自分で作るなり用意するなりしなさいよ、ってことでアデュー」


 何がアデューだ。

 でも困ったな、お腹空いてるし、自分で作れと言われても。

 とりあえず部屋に戻って着替えるか。


「日本の漫画は面白いですねぇ~」

「おかえりジーニー、今までどこに行ってたんだ?」

「ただいまですねぇ、デュランと別れた後はアンドロタイトの世界各地を観光してきました」

「豪気なことだな、ジーニーは晩御飯食べた?」

「食べましたよ、マミーが用意してくれましたので」


 ……もしかしたら、僕の分は急遽ジーニーに渡された可能性もある。

 詮索はここらへんでやめて、どうしようかなー。


「……デュラン」

「何?」

「先日お約束した漫画喫茶はいつ連れて行ってくれますか?」

「ああそう言えばそれもあったな」

「忘れてたのですか? 酷いですねぇ」

「じゃあ、明日行こうか? 明日は土曜日だし、学校も午前だけだから」

「オーケイ、なら明日を楽しみにしてます」


 一応、タイオウとかキリコとミサキにも声掛けてみるか。

 その時――ぐぅぅぅ、僕のお腹が音をあげた。


 その音を聞いたジーニーがくすくすと笑って、ちょっと心が温まった。


 § § §


 翌日の土曜日、学校が終わると同時に僕は家に直行し。


「お帰りなさいデュラン、これから漫画喫茶ですか?」

「そう、着替えてから行くよ。一応キリコ達も来てくれるってさ」

「みんなで日本の漫画を漁るわけですねぇ、楽しそうです」


 わくわくしているジーニーを見て、僕も嬉しくなる。

 手早く着替えをすませ、ジーニーと二人で漫画喫茶に向かった。


 漫画喫茶の中に入ると、晩秋で冷たくなって来た風がなくなり、室温的には上着を一枚脱げば丁度な感じで、事前に調べた口コミだと、この漫画喫茶は店員の接客もいいし、清掃もしっかりしているらしい。


「いらっしゃいませー」

「……?」


 しかし、店内に入って僕は首を傾げた。


「デュラン、どうしたのですか?」


 隣にいたジーニーはその光景に何も違和感を覚えてないみたいだ。


「いや、あの」

「……ご予約されていた佐伯イッサくんで宜しかったでしょうか」

「いや、その、何で魔王がここに?」

「バイトし始めたんだ、つい先日辺りからな」


 だがこの漫画喫茶には黒髪の流麗美人の魔王がアルバイトをしている。


「……ま、まぁ、魔王と言えど、地球じゃ普通の人だし、問題ない」

「ああ、しかし早速、思わぬ収穫が得れた。佐伯くんの住所が判明しましたね」

「止せよ、ストーカー罪で通報するぞ」


 とやり取りしていると、ジーニーが「ああ」と声をあげる。


「貴方はデュランの元カノじゃないですか」


 ば! 誤解させるような発言しないでくれ!


「佐伯くん、言ってることが大分違うみたいだけど?」


 それから僕はジーニーと二人分の三時間コースの料金を支払い。

 ジーニーは僕のゴーサインが出ると、漫画を選びに向かった。


「魔法狂人のジーニーは漫画好きなのか?」

「らしい、出来ればお前と一緒にここでバイトさせてくれないかな?」

「漫画喫茶のアルバイトが、商品で遊ぶことは出来ない」


 魔王と話し込み、よくよく彼女の制服姿を覗った。

 白地のストライプのシャツの上には緑色のエプロン、そして下は黒いスラックス。


「その格好、似合ってるな」

「ナンパかデュラン、私相手に」

「そう言えば、昨日お前の兄さんと遭遇したんだけど、あの人何とかならない?」

「兄も同じようなこと言っていたし、喧嘩両成敗と言うしな」


 魔王のくせに生意気な。

 魔王がここでバイトしていた所で、僕は特に何も覚えない。


 ただここには滅多なこと以外では来ないだろうと確信したぐらいで。

 例えばジーニーがまた来たいというのなら、来る程度のことだった。

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