第16話 時に港町

 街のご婦人に大都市までの通路を教えてもらい、僕はキリコを連れてスカラヘッドで大都市まで一足飛びで向かった。今は大海原の低空を飛んで、僕らの進行方向に向けて海中を泳いでいるマーマンと戯れていた。


「あんたら、どこから来たんだ?」

「地球から」


 とキリコが愉快気に言うと、マーマンは首を傾げる。


「地球ってどこの国?」

「とっても遠い所よ、あんた達じゃ行けないような場所だけど、水の惑星って呼ばれてるわ」

「行ってみたいなー、機会があったら案内してくれよ」

「いいわよー、その時は貰うもんを頂くけどね」

「このごうつくがよー」

「ははは、おっと、デュラン、どうやらあそこに見えるのが大都市みたいね」


 次第に僕らの目に大都市の港が映り込んだ。

 僕はキリコよりも視力が悪いものの、眼鏡があるから問題なく見える。


 マーマンとはそこで別れ、僕達はスカラヘッドを港に下ろした。


「しばらく調べものしてくるから、スカラヘッドはここで待機していてくれ」

「了解だわん」


 待機するよう頼むと、スカラヘッドは大鳥の姿から骨の犬の姿になった。

 変幻自在で、忠誠心も高く愛着の持てるスカラヘッドは召喚士の間でも人気高い。


「じゃあ、聞き込み開始するか」


 そう言い、キリコと手を繋ぐと彼女は嬉しそうに笑った。


「街のおばさんから貰った手紙はどうするの?」

「あー、じゃあ手紙から渡しちゃおうか」

「そうしましょう、それとデュラン」

「僕をその名前で呼ぶなキリコ」

「貴方、アンドロタイトのお金は持ってるの……?」


 うぐぅ、持ってない。

 けど、僕達にはオズワルドの恩恵の幸運があることだし。

 きっと大金貨辺りが空から降って来ることもあるだろう。


 港にいた海の男に手紙の宛名であるチャールズという人を知らないか尋ねると。


「チャールズ? それって料理研究家の?」

「料理研究家、なんですか?」


「たぶんね、そいつのことだと思うよ。チャールズの屋敷だったら港坂を上がって大通りに出て、左折した先の所にあるよ。なんだったら案内しようか? 今暇してるから」


 ああ、じゃあ。


「お願いしてもいいですか?」

「わかった、こっちだよお兄ちゃんたち」


 手を繋いでいたキリコが僕に耳打ちするよう顔を近づけた。


「ずいぶんと親切な人ねぇー、あたし達が居た王国じゃ考えられない」

「アンドロタイトにも色々あるってことだったんだろうな」


 大都市は地球でいうところの水の都のような外観で、街の至る所に川があって、アーチ状の橋が架かっている。案内をしてくれた人の話だとここらへんの交易の中心となるような主要都市らしい。


 親切な人のおかげで、僕達は迷うことなく手紙の宛先であるお宅についた。

 そこは大都市からほんの少し外れた緩やかな丘の上にある邸宅だ。


「ちょっとわかり辛い場所にあるだろ? でもこの丘から眺める街の光景が最高なんだよ」


 言われ、僕達は来た道を振り返るように俯瞰して街の美景を眺めた。

 街を走る川が陽光を反射して、きらきらと光っていた。


「綺麗ね」


 キリコは街の光景に嘆息をついて、僕の肩に頬をつける。


「所で兄ちゃんたちは見慣れない格好してるけど、どこの人?」


 と、訊ねて来た海の人に、道中を一緒にしたマーマンと同じような返答をすると。


「チキュウ? どこだいそりゃ」

「天の川銀河にある太陽系の第三惑星ですね」

「はは、何言ってるんだかさっぱりだ。さ、ここがチャールズの家だよ」

「お忙しい所、わざわざありがとう御座いました」

「いいってことよ。兄ちゃんたちを見てるとさ、俺の良心が善行しろってうるさいんだ」


 して、芝生の緑が目立つ丘に建っている豪邸の呼び鈴を鳴らす。

 件のチャールズが出て来るまで、僕とキリコは街を俯瞰していた。


「どなたで?」

「チャールズさんですか?」


 邸宅から出て来たのは白髪の天然パーマをたずさえたご老人だった。

 深い緑色のシャツの上に白いエプロンと、下は薄茶色のズボンをはいていた。


「そうだが、お前さん達は誰なんだ」

「僕達は貴方の娘さんから手紙を預かって来たんです、これを」

「チーチルから? ってことは海峡を渡って来たのか、わざわざすまないな」


 チャールズは手紙を受け取ると、その場で中身を確かめた。


「……ほう、お前さん達はカレーを探し求めているのか?」

「そうなんです」


 チャールズの問いに、僕は快活に返事した。


「珍味中の珍味、カレーを知っているとは、お前さん達は見る目があるようだ」

「できれば、アロンダイトのカレーはどんなものなのか教えて頂けませんか?」

「いいぞ、実は今ちょうどそのカレーを作っていた所なんだ」


 おお、それは奇遇というか、ラッキーだ。

 隣にいたキリコも幸先のいいことに驚いた様子でいる。


「幸先いいわねデュラン」


 ば! だからその名前で呼ぶなよ。


「君はデュランと言うのか? 近頃の親は彼の大英雄の名前を子供につけるのが流行りらしいが、儂が出会ったデュランは君で丁度五人目だよ。まぁ中に入りなさい、その節は娘が世話になったそうだな」


 前世の僕の名前を、子供につけるのが今のアロンダイトの時流なのか……。


「どうしたのデュラン? 中に入りましょ」


 キリコに促され、この後に彼女から指摘された内容から、僕は僕の感情を自覚するにいたる。


「何で少し笑ってるの?」


 前世の時の僕はこの世界に嫌気が差していた。

 魔王を打破し、世界を救っても、その感情はぬぐえなかったけど。


 僕達がいなくなったあと、自分の名前が子供につけられている。

 そのことを知り、少しだけど報われた気持ちになれた。

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