再会のネイビーブルー (6)

「GAAAAAOOOOOOOOOッ!」


 破壊獣が吼える。口腔に炎が燃える。

 警戒するネイビーブルーの三人。だがこの時最も警戒すべきなのは、四本の足裏から漏れる光であった。


「カドシュ君、今すぐ壁際へ」


  辛うじてフレイムフェイスは気付き、忠告と同時に一歩前へ出る。同時に従うカドシュ。直後、破壊獣の足裏で光が炸裂。戦車じみたその巨体が、砲弾さながらの直進突撃を繰り出した。


 あの光はスラスターのものだったのだ。そうアンバーが思い至ると同時に、破壊獣は着弾。衝撃に揺れるフレイムウイングのコクピット。何よりキャノピーのすぐ外には、フレイムフェイスごと覆い被さらんとする巨大な威容。


「わあーっ!? うわーっ!?」

「落ち着いて下さいアンバーくん」


 フレイムフェイスに大したダメージはない。両手で着弾を受け止めたからだ。だがその速度と質量差、加えて室内の無重量空間化がため、フレイムフェイスは破壊獣へ押されるままになってしまった。


「隊長! 今援護、を」


 大部屋奥へ直進する破壊獣目掛け、銃を構えるカドシュ。だがその引鉄よりも早く、新たな敵が天井から染み出して現れた。


「GAAAAAAAッ!」」


 ウォリアータイプ三体。アンバーのダンジョン解析は確かに終わったが、完全に制御できている訳ではない。構造の一部をオーバーライドバスターで上書きし、戦いやすい場を強引に捻じ込んだ程度である。


 更に広い範囲への解析やクラッキングは未だ続いているが、結局ダンジョンの主導権を持っているのは、やはりあちらなのだ。

 ダンジョンの完全攻略には、破壊獣を撃破する以外の道はない。


「とはいえ、本当にキリがない!」


 迎撃、迎撃、迎撃の銃弾を放つカドシュ。その姿を遠目に見るフレイムフェイス。完全に分断されてしまったか。冷静に分析する背後、凄まじい速度で迫って来る壁。このまま叩き潰す算段か。


「うわあー!? 恐竜と言ったらティラノサウルスとかステゴサウルスとかブラキオサウルスとかが有名ですけど良く見たらこの破壊獣はそのどれとも微妙に形が違う―!」

「アンバーくん落ち着いて……いやある意味落ち着いてるのでしょうかこれは」


 悩むフレイムフェイス。そうこうしている間に、破壊獣の砲弾は遂に壁へと着弾してしまった。

 衝撃。爆音。粉塵。ひび割れ崩れる石壁。ウォリアーを一体撃破しながら、カドシュは一部始終を見た。注意を逸らしてしまった。


「アンバー!? 隊長!」

「GAAAAAAAッ!」


 上空、浴びせかけられるファイアバレット。バックステップで危うく回避するカドシュだが、数発食らってしまう。更にその横合いから、別個体のスラスター突撃刺突が襲う。


「GAAAAAAAッ!」

「ぐううっ!?」


 自動車の衝突じみた撃力。カドシュはあえて自ら吹き飛ばされ、ダメージの軽減に努める。


「シールド減衰。パワーレベル7に低下」

「プレート! 0G戦モード解除! 5秒後に再起動!」

「了解。プロセスを実行します」


 プレートが答えると同時、カドシュは銃を構える。方向はウォリアー共。

 射撃。射撃。射撃。当たらない。それでいい。最低限動きは止めたし、そもそも牽制が主目的ではない。


 現在カドシュは0G戦モードを解除している。重力制御を手放している。そんな状態で銃を撃ったカドシュの身体は、銃弾のように撃ち出された。無重力がための反動である。


 背後に迫る天井。着弾する直前、0G戦モードが再起動。戦鎧套のスラスターを調整し、天地逆さに着地。

 そうして見上げて、絶句した。コクピットのアンバーも、言葉を失っていた。


「う、わ」

「おお、ようやく落ち着いたようですねアンバーくん」


 フレイムフェイスは姿勢を変えていた。右手は破壊獣を、左手は壁を、それぞれ掴んでいる。

 左手は手首まで壁にめり込んでおり、そこを中心として蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。

 つまり、受け止め切ったのだ。平然と。これ程の大質量による撃力を。


「少ーし痺れましたが、まだまだ大丈夫ですよ。頑丈さにはちょっと自信があるんです」

「そうかあ。困ったなあ」


 と、タギーの声で答えたのは破壊獣である。巨躯の怪物は脚部スラスターを即座に噴射し、フレイムフェイスからやや距離を取る。蛇行機動。


「露骨に、隙を晒すか!」


 天井のカドシュは即座に照準。発砲。数発外れ、大部分が着弾。だが体表で弾かれる。まるで意に介していない。『海の向こう』で言う所の戦車のよう。そうこうする間に先程のウォリアーが追いつき、カドシュは対応を強いられる。こちらはまるで随伴兵。


 かくて主目標へ集中出来るようになった破壊獣は、長大なその首を擡げる。

 高ぶる魔力。牙並ぶ口腔に、光が集まる。

 そして。


「だったら、これならどうだろうなあ!」


 ごう、と。

 巨大な火球が、フレイムフェイス目掛けて射出された。


「おおっと」


 対するフレイムフェイスも戦鎧套のスラスターを起動、一気に横跳び。その二秒後、彼が居た場所で火球が派手に爆発した。


「高機動、高火力、重装甲。まるで戦車ですねえ」

「つまり、戦車恐竜……!」

「いえ。あれは『ドラゴン』というものです」

「どらごん?」


 訝しむアンバー。当然だ。輪海国エルガディアにそんな生物は存在しないのだから。


「それ、って」

「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」


 アンバーが口を開くと同時、横合いから現れる四体のウォリアー。連携する怪物共の連続斬撃を、フレイムフェイスは躱し、防御し、反撃する。


「GAAAAAAAッ!?」


 一体が顔面に痛烈な打撃を受け、巻き込まれた別個体ともども派手に転倒。やはりフレイムフェイスは歯牙にもかけない。この程度では足止めにしかならない。

 そして、足止めになれば十分なのだ。


「あっ、新しい解析データ、が」


 再び言葉を途切れさせるアンバー。ラージクロウ。それがこの破壊獣の識別名。自動解析術式に掘り出されたデータがホロモニタへ現れたのだ。だがアンバーを絶句させたのは、それではない。


 浮かぶホロモニタの隣、キャノピーの向こう。ウォリアー四体の足止めで十分に照準を定めたラージクロウが、炎を蓄えた口腔をこちらへ向けていたからである。


「隊長!」


 叫ぶカドシュ。どうにか合流すべく壁へ降りて来てはいたのだが、やはり無尽蔵に現れ続けるウォリアーのため思うように動けない。


 かくて火球は、つつがなく放たれ。

 狙い違わず、フレイムフェイスへと着弾。大爆発を起こした。


「これで少しは、悲しくなくなったかなあ」


 独り言ちながら敵は、ラージクロウは着弾地点を観測。巻き込まれたウォリアー四体は見当たらない。跡形もなく吹き飛んだのだ。続いて、着弾の中心にいたフレイムフェイスは。


「成程。これがアナタの炎、という事ですか」


 僅かな光を立ち昇らせる左掌を、ゆっくりと引き戻していた。


「実にヌルい」


 ラージクロウは察する。あの掌、術式の発動痕跡。恐らくはシールド・ディフレクター。瞬間的に出力を増したそれを展開し、火球を防ぎ切ったのだ。


「うわー。めちゃめちゃ悲しいなあ」


 言いつつ、ラージクロウは第二射の充填を開始。同時に考える。

 まだ戦闘継続は可能か。答えは是。ダンジョンの制御は未だ此方が優勢であり、ウォリアーの増援はまだまだ可能。


 ネイビーブルーの武器は妙な剣と魔導拳銃のみであり、ラージクロウの装甲を貫くには威力不足。例外は閃雷術式だが、射程はおおよそ把握済み。立ち回り次第だがまだまだやれる――そんな見通しは、しかし打ち砕かれる。


「敵個体「ラージクロウ」解析完了、照準設定――いつでも行けます!」

「ありがとうアンバーくん。では、決着をつけましょう」


 周囲に新たなウォリアーが発生しているというのに、フレイムフェイスは見向きもしない。

 ただ静かに、日本刀を抜き放つ。

 そして、告げる。


「イレイザー・セイバー」


 必殺の、一撃を。


「GAAAAAOOOOOOOOOッ!」


 必然、阻むべく周囲のウォリアー達が動いた。一斉に鎌首をもたげる刃と銃の群れ。だがカドシュの照準が先んじる。


 銃撃、銃撃、銃撃。術式で誘導される弾丸は、並み居るウォリアーの急所を的確に破壊。ラージクロウは舌打ち、カドシュ側にもウォリアーを数体生成。それらは数十秒後に閃雷術式で排除されてしまうだろう。だがラージクロウは構わない。元より援護を潰すための捨て石である。


 その間に口腔へ炎を充填しながら、ラージクロウは脚部スラスターを全開。フレイムフェイスへの突撃攻撃を敢行。また受け止められたとて構いはしない。密着状態ならば幾ら誘導弾とて援護は難しかろう。更にその至近から、最大充填した炎を浴びせれば、もはやヌルいなぞとは言えまい。


 しかし、その時。ラージクロウは見たのだ。

 フレイムフェイスの刃に輝く、凄まじき炎を。


 ラージクロウが突撃する、少し前。

 フレイムフェイスは左手で、日本刀の刃に手を触れた。鍔から切っ先。撫でるように手が滑る。


 そうして滑った下の刃に、炎が灯っている。フレイムフェイスと同じ紫色をした、凄まじい光を放つ魔力の揺らめき。


 これこそがイレイザー・セイバー。宇宙を縮める呪いの炎。


「しゅッ」


 独特の呼吸と共に、フレイムフェイスは踏み込む。同時に戦鎧套のスラスターが起動し瞬間加速。突撃中であったラージクロウの相対速度と重なり、両者の間合いは一瞬で詰まる。


「しまっ」


 目算を誤り、フレイムフェイスの真横の通過軌道となってしまうラージクロウ。

 そしてフレイムフェイスは、ラージクロウとのすれ違い様、滑らかに刀を振り抜いた。


 横一文字。スラスターを停止し、立ち止まるフレイムフェイス。背後ではラージクロウも動きを止めている。ただし此方は凍り付くような不自然さで。


 振り向きもせず、フレイムフェイスは血振るいじみて刀を振る。びょう、と風切る刃。そこに紫炎は無い。すれ違ったラージクロウの胴体へ、斜め線となって焼き付いている。


 その線にそって、ずるりと。

 ラージクロウの身体が、ズレる。


 直後、巻き起こる大爆発。同時に全てのウォリアータイプが動きを止め、魔力の光となって分解していく。制御中枢だった破壊獣ことラージクロウを失ったためだ。


「う、ぐ、ああ」


 かくて爆煙が晴れて現れたのは、ラージクロウの中に囚われていた被害者のタギー・ユイス。カドシュが素早く寄り添い、倒れる寸前で彼の肩を支える。


「大丈夫、じゃあないな。意識がない」

「なあに、いずれ回復しますよ。魔力を大量に強制消費させられただけですからね。それに……おっと」


 言葉を切るフレイムフェイス。ウォリアーに続いてダンジョンそのものの分解が始まったのだ。

 空間そのものにノイズが走る。壁、床、天井全てから魔力光が溢れ出し、視界を埋める。


 数秒後にそれらが収まると、普通のビルの一階廊下に居る自分達を、アンバーは発見する。急ぎモニタを確認。異常な魔力の反応は見られない。通常空間に戻ったのだ。


「や、やったあ! ダンジョンの攻略に成功しました!」

「そのようですね。では、引き続いて次の捜索へ移りましょう」

「えっ。何かありましたっけ」

「おいおいアンバー、お前が気づいたんだぞ? このダンジョンそのものが俺達を足止めする罠なんだってさ」

「え、あ、そうだった! 急いでハーグ三尉に通信を繋ぎます!」

「はっはっは。急ぐのも結構ですが、その前に三回くらい深呼吸するのをお勧めしますよ。何にせよ、まずは出ましょう」


 かくて歩き出しながら、フレイムフェイスは思考する。

 あと百年。

 時間は十分にある筈です、と。


 そんな最中、飛び込む着信。発信者は外で指揮を執っていたサイア・ハーグ三尉。アンバーはコンソールを操作し着信する。


「ああ、ようやく繋がった。ダンジョンの攻略成功、まずはおめでとうございます」

「ありがとうございます、ハーグ三尉。でも、どうして……ああそっか、そちらからも通信出来なかったですもんね。ひとまずはもう大丈夫ですよ」

「そのようですね。ですが、用件はそれだけではありません」

「どういう事です?」

「データを見た方が早いでしょう。転送します」


 言うなり着信するファイル。アンバーは聞いた。


「ええと、どうしましょう。カドシュ、ちゃんとも共有しないとですよね」

「そうですね、こちらに回して下さい。プレートで表示します」

「了解です」


 プレートを手に取り、ホロモニタを投影表示するフレイムフェイス。そこへ表示されたデータに、カドシュは眉を潜めた。


「これは」


 それは簡易地図だ。輪海国エルガディア全景を現す青い3Dモデルに、赤色の線が一筋刻まれている。曲がりくねりながら伸びる赤はどうやら二つの地点を繋いでおり、一方がネイビーブルーの居るビルである事が見て取れた。

 では、もう一方は?


「もしや、破壊獣の遠隔操作の逆探知を?」

「ええ、成功しました。少し前まで攪乱の術式がかかっていたため、難儀していたのですが」

「隊長がラージクロウを撃破した時にそれが乱れて、そこから引っ張っていった感じですか」

「そういう事です。既に一部隊を向かわせ、所轄警察も行動開始しています」

「成程、分かりました。俺達も早く向かわないとですね、隊長……隊長?」

「……。え。ああ、はい。そうですとも。急ぎましょう」


 ホロモニタを消し、歩き出すフレイムフェイス。先程より歩調が速い。早くも作戦を思いついたのだろうか。流石は隊長だ、と一人納得するカドシュ。


 実際は違う。久々に見た輪海国エルガディアの全景図に、動揺してしまったのだ。倦んだ、と言った方が近いかもしれない。


 脳裏には未だこびりついている。

 青色の3D簡易図。逆探知を示す赤い筋が走っていた、長く細い円筒形。

 それこそ二百年前の巻物スクロールを思わせる、巨大構造物。


 それが輪海国の、エルガディアの姿なのだ。


 その有り様が自然に反したものである事を知る者は、余りに少ない。

 そして数少ない一人であるフレイムフェイスは、ビル玄関を開けながら黙考する。


 何故、僕は。

 こんな違和感ばかりを、鮮明に覚えているんだ、と。

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