第7話

 何の意図かわからなかったが、愛里が突然そんな質問をぶつけてきた。

「えっ、タイプというのは・・・・・・、好みってこと? なんで??」

 僕は驚きつつもちょっと冷静になりながら、もとの椅子に腰掛け直した。そして、「んーーっ、これはハッキリ答えたほうがいいのかな?」と、もう一度その質問の意図を考えながら、質問を質問で返した。

「ええ、できれば・・・・・・、正直に」

 愛里は問い詰めるような目つきで、もっと言うと、睨むような視線で僕を見つめた。

「じゃあ、遠慮なく言わせてもらえるなら、僕個人のタイプで言うと・・・・・・、キミのほうかな」

 僕は愛里を指さした。

「えっ、ワタシですか、本当に!?」

 

 想定していなかったようで、彼女はずいぶんびっくりした様子で声を荒げた。

 もちろん、それは本当だった。僕だってこの歳だから、女性を顔だけで判断することはない。カワイイとされるほうの子に関しては、容姿はもちろん、内面的な性格もまったく問題なかった。むしろ、すこぶる良好と言ってもよかった。だから、おそらく普通の性癖をもつ男だったら、そちらの愛里でないほうを選ぶ。僕も一瞬、そう思った。でも、愛里を選んだ。「選んだ」というとちょっと上からだが、尋ねられた以上は選ぶしかない。

「二人ともいいけど、僕の好みで・・・・・・、あえて言うならということだけどね」

 取り繕うような説明を加えたが、かえってそれが愛里の嬉しさを煽(あお)ったかもしれない。同期で、同じ病棟に配属された二人だから、きっとこれまでも何かと比べられる機会が多かったのではないか。もしかしたらこの日まで、「オレの好みはこっち」という判断を繰り返し受けてきたのではないか。そして、そのたびにカワイイ子に軍配が上がっていた。だから今回もそうだろうと思った次の瞬間、自分が選ばれた。僅差(きんさ)とはいえ、絶対王者に勝ったのだ。

「同じような質問をすると、先生たちはみんなワタシとは言ってくれなかったけれど、はじめて選んでもらえました。先生はどうしてワタシなの・・・・・・」

 そうだったのか。でも、突然の質問なので、それほどじっくり考えたわけではない。ほとんど反射的に答えただけだ。

「ん、別に理由はないよ。確かに好みの問題だけど、そういうふうに思ったからそう言っただけ」

 

 ちょっと考えてみると、こういうときの男の好みというのは、どういうものか? 好ましいか好ましくないかは、その子と差し向かいになったときの具体的な展開をイメージして判断する。グラビアアイドルの容姿を写真だけで評価するのとはわけが違う。もし仮に、二人きりで飲みに行けるチャンスがあったとしたら、カワイイ子より愛里のほうが断然面白いだろうし、いろいろな意味で楽しめる。お調子者で少しすっトボけていて、それでいて打たれ強いなんていうのは最高にイジりがいがある。特に相手が年の離れた女の子だったら、そういうお兄さん的なポジションを確保してマウントを取らないことには間がもたない。見栄えや造作だけで判断するわけにはいかないのだ。

「ええ~っ、理由はないんですかぁ~」

 すまない、ちょっとぶっきらぼうに言いすぎたかもしれない。

「いやいや、もし食事とか飲みに行ったりしたら、谷島さんのほうが味があって面白いかなと思ってね」

 とりあえずこんな理由で勘弁してもらおう。

 

 ところがこれが思わぬ効果を生み出した。以来僕は、愛里のキャラを正当に評価した人物ということで、彼女はもちろん、彼女を知る人からすごく信頼されるようになった。いや、信頼というと大袈裟だが、気さくに接してもらえるようになった。それはそれで悪い気はしなかったし、まあちょっと病棟業務が楽しくなってきた。

 もちろん、そうは言っても入職したての新人ナースである。看護師になるには四年制大学か、あるいは三年制の短大もしくは専門学校かを卒業しなければならないので、二二か二三歳で晴れて看護師になる。年齢でいったら僕の五、六歳年下だ。まだまだ純粋で世間慣れしていない。「好みはこっち」と言ったものの、これは半分冗談での選択だったし、彼女らだって別にそれでなにかを期待したわけではないだろう。だから下手なことはできないし、もちろんするつもりもなかった。同僚として接するのが自然な大人としての振る舞い、そう思っていた。

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