第29話 結婚式と初夜
外食はしたくなかったので、結婚式の日もギルベルトは料理の下ごしらえをして結婚式場の小さな教会に向かった。予約していたので他にひともなく、静かな明るい小さな教会で、ユストゥスの見守る中、エリーアスとギルベルトは三つ揃えの持っていたスーツを着て結婚式に臨んだ。
「汝、ギルベルト・アードラーは、エリーアス・ハインツェを愛し、健やかなるときも病めるときも、死が二人を別つまで共に生きることを誓いますか?」
「誓います」
「汝、エリーアス・ハインツェは、ギルベルト・アードラーを愛し、健やかなるときも病めるときも、死が二人を別つまで共に生きることを誓いますか?」
「誓います」
同じ問いかけにギルベルトもエリーアスも誓うと答えると、神父が温和な笑顔を浮かべてユストゥスを見る。
「神と家族の前で、二人は夫婦となったことをここに宣言します。新しい夫婦の誕生を神よ、どうか祝福ください」
神父の言葉にギルベルトはエリーアスの右手を握って歩き出す。ユストゥスが持っていたブーケをエリーアスに渡している。
「兄さん、ギルベルト、おめでとう」
「ありがとうございます、ユストゥス」
「俺のことは本当の兄弟と思ってくれていいからな」
「手のかかる弟ができたかな」
ユストゥスには世話になっているので、軽口に反撃ができず、ギルベルトは黙るしかなかった。結婚式を無事に終えてユストゥスを家に招く。三つ揃えのスーツから着替えて、お気に入りのキリンのシャツを着て、ギルベルトはユストゥスとエリーアスのためのご馳走を仕上げた。
骨付きの鶏のもも肉の香草焼きに、スープとサラダ、パンも最近は手作りで焼くことを覚えた。料理の腕が進化しているギルベルトに、ユストゥスが驚きの声を上げていた。
「このクロワッサン、手作りなの!?」
「エリーアスに焼き立てを食べて欲しくて、作るようになったんだ」
「すごいね、兄さんのお嫁さんは」
「ギルベルトがお嫁さんなんですか?」
「アードラー家から奪って来たんだから、お嫁さんなんじゃない?」
どちらがどちらを抱いている薄っすら勘付いているであろうユストゥスだが、ギルベルトの方がお嫁さんだというのは譲らなかった。お嫁さんでもお婿さんでも、なんでもいい。エリーアスと生きていけるならば名称などギルベルトにとっては些細なことだった。
「ギルベルトの料理の腕の上達には私も驚いていますよ」
「兄さん、太っちゃうんじゃない?」
「太ってもエリーアスは愛しい」
はっきりと宣言すると、エリーアスの顔が赤くなる。
「実際問題として、太ると義手と義足にも調整が入るから、体重は保っておかないといけませんね」
他の場所に脂肪がつけば義手と義足もそれに合わせて新調しなければいけない。それにかける金額もギルベルトにとっては大したことではないのだが、エリーアスにそんなことを言えば怒られてしまうので黙っておく。
「食べ過ぎないように気をつけるし、ジムにも通いましょうかね」
義手と義足をつけているので、他の場所を鍛えておかないと外したときにバランスが取れない。外した状態で水泳などはできるので、そこで鍛えておけば、義手と義足がなくてもある程度体幹を保っていられるというエリーアスの主張に、ギルベルトは反論はなかった。
「ジムにも送り迎えするよ」
「そこまではいいですよ。凝った料理を作ってくれているのに、悪いです」
「料理は時間のあるときに纏めてやって、お惣菜を冷蔵庫に入れておいたり、下ごしらえした食材を冷凍しておいたりしてるから平気だよ」
「あまり私を甘やかさないでください。あなたがいないと生きていけなくなるじゃないですか」
少しむくれたようなエリーアスの言葉に、ギルベルトはエリーアスの耳元に囁く。
「もっと俺に依存して。俺がいないと生きていけなくなってくれ」
「ギルベルト!」
どれだけ叱られても、ギルベルトの気持ちは変わらなかった。もっとエリーアスの世話を焼いて、自分がいないと生きていけないようにしてしまいたい。エリーアスにギルベルトのことが必要だと常に思って欲しい。
「もう、充分依存してますよ」
小さなエリーアスの呟きに、ギルベルトがガッツポーズをして喜び、見ていたユストゥスが苦笑していた。
ユストゥスが帰った後で、エリーアスとキッチンに並んで食器を片付けて、ギルベルトはエリーアスを抱き締めてバスルームに入った。それほど長い期間ではなかったが禁欲生活を強いられていたギルベルトは、エリーアスの身体を見るだけで興奮してくる。
興奮のままにエリーアスを抱いてしまうと傷付ける恐れがあったので、ギルベルトはエリーアスの身体と髪を洗った後、ベッドに連れて行って、一人戻ったバスルームで自分で処理することにした。
一人虚しく処理した残滓をシャワーで流して、身体と髪を手早く洗ってベッドに行くと、エリーアスはベッドにしどけなく横たわっている。義手と義足を外すとバランスがとりにくくなるのか、エリーアスは横になっていることが多い。
バスローブから見える白い胸や、白い太ももに興奮しながら、ベッドに上がると、エリーアスが右手を伸ばしてギルベルトの頬を撫でた。導かれるようにキスをすると、エリーアスがギルベルトの手を借りて身体を起こす。
左膝から先がないので腰に跨られると、バランスのとりにくいエリーアスを自然とギルベルトが支える形になる。
「エリーアス?」
「お姫様のようになんてさせませんよ。私がギルベルトをお尻で抱くんです」
「え?」
妖艶に笑ったエリーアスはギルベルトを抱き締める。両想いになってからの初めての夜は、ギルベルトは完全にエリーアスに主導権を握られていた。
事後にシャワーを浴びて、シーツを替えたベッドの上に倒れ込む。ギルベルトがエリーアスの胸に顔を埋めていると、エリーアスが金色の髪に右手を差し込んで優しく撫でる。愛し気な動作に、ギルベルトは涙が出そうになった。
「エリーアス、本当に俺のものになったんだな」
「ギルベルト、あなたも私のものですよ」
エリーアスはギルベルトのもので、ギルベルトはエリーアスのもの。お互いにお互いの所有権を主張するのもまた、幸福だった。
「ギルベルト、あなた、水族館に行ったことがありますか?」
「水族館? ないな」
「水族館でアザラシの子どもが生まれたそうですよ」
アザラシと言う生き物を図鑑や映像で見て知っているが、ギルベルトは実際に見に行ったことはない。15歳で初陣を迎えたギルベルトには子ども時代はないに等しいものだった。
「見に行きたい」
「新婚旅行に行く気にはなりませんが、デートくらいいいんじゃないですか?」
「水族館デートか」
まだ見たことのないアザラシの子どもに思いをはせて、ギルベルトはエリーアスの胸を揉みながら眠りについていた。
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