『殿下、私は偽物の妃です』赤狸に追放された妃は青の国で逃げた妃の代わりに・・・殿下は冷めた豹君主
江戸 清水
追放されたわたくしは東の国で・・・『人違いです!!!』
「お前には可愛げがない。飽きたっ」
「私はお前ひとりに尽くすほど小さな男ではない。そんな事分かっていただろ」
輿入れした当初は優しかった西国
「ちっ、こんなんなら右も左もわからん若い娘を妃に迎え直したいくらいだ!」
得意げに私を蔑んでふんぞり返ったミラク様はついに妃を代えるとまでおっしゃった。私は何も悪い事はしていないはず……息をしているだけ。
輿入れから五年がたち、たしかにもう右も左も分からなくはない。けれど、ミラク様は私より随分年上、もうかなりおじさんではないかしら。しかし口答えなどしようもんなら、何倍にもなって返ってくる。じっと耐えるしか術はない。五年経っても子を授からない事も責められていた矢先、私は月のものがしばらく来なかった。
「セリ様!もしやご懐妊では?!」と相変わらずピシリと結い上げた団子頭でカヤさんが大きな声を上げる。
彼女は私の教育係、カヤさんは十程は年上、最近少々疲れたように見える。
「あぁ大きな声。もうっ驚きました。まさか……今になって??」
半ば諦めていた、そんな矢先に懐妊……?愛してもいない妻の子をミラク様は愛せるのかと不安が襲う。
その後、医師を呼ぶ前にミラク様に話をと寝間を訪ねた。
「なあんだっセリか〜」
今宵もお酒が入り赤い顔にすっかりお腹も出たミラク様はニヤリと笑った顔を真顔に変えた。誰を期待したのか私を見るとがっかりし、ため息をつく。顎も目も鋭さを失いすっかり狸のよう……赤だぬき……。
「お前とは離縁する。タエを後妻にとる故死んだふりでもしてはくれんか?殺されたくなけりゃ出ていけ」
「……ミラク様」
あんまりです……とは言わなかった。心の片隅でなにかから解放されたかのように安心したといっても過言ではない。出ていけ、その言葉こそ私が待ち望んたものかもしれない。感謝、そうだ。私はありがとうでいっぱいだった。
「分かりました。では今から出ます」
「ああ、出ていけ」
シッシッと払われそのまま私は城を発った。もちろん少しばかりの銭と衣を持って。
急にもう生まれることは無いと思っていた希望の文字が心の奥深くに湧き上がる。
けれど行く当てなどない。奉公のまま見初められ帰らぬうちに、田舎の親は既に他界した。頭に浮かんだのは、同じ田舎から出てきた幼馴染のラウル。彼に想いを寄せていたのは懐かしい淡い記憶。
すっかり夜も更け急いでラウルが居るはずの料理屋を目指し城下の長屋通りを抜けた。
深くまで黒の布を頭からかぶる。こんな夜更けに出歩いたことなんて無い。妃である為に着飾られた薄手のルルランという衣が風に靡く、こんなに邪魔な装いだったと初めて知った。
「ラウル……」
店じまいなのか、のれんを下げに出てきたラウル。相変わらず若々しく爽やかが似合う青年。小さく声にならない程に彼の名を呟き左足を一歩前へ運ぶ。
その時店から飛び出してきた女が彼に寄り添う。
「おつかれさま ラウル さっ早く寝ましょうね」
「ああ そうだな。そろそろ子供も欲しいなあ」
「やらしいっ」
「やらしくはないさ。自然なことだ夫婦なんだから」
ラウルは優しい手で女の手を引き中へと入った。その手……私には掴むことが出来なかった……手。
私はまた暗い夜道に身を潜めながら一軒の宿屋へ身を置く。
それから住み込みで働き口を探すも、皆に私の顔は知られていたようで、捨てられた妃など扱いにくいと皆顔をそむける。
そんな私の近況を知ったミラク様は「ならば遊郭にでも行けば良い。元妃なら物好きが高値で群がるぞ」と知らぬ顔だったとか。
愛って冷めるのですね……いえ初めから愛など無かったのでしょう。あの方は人を愛することを知らない、そう思って自分を説得し慰めるしかない。
「セリ様ー!!!ああっ酷い……かわいそうに」
「カヤさん?!」
砂埃を立て馬にまたがり剣を差したカヤさんが現れる。剣?!扱い方など知っているのかしら。長い付き合いだが一度も剣を持つ姿など見たことがない。
「セリ様、東の国
「え?そうでしたか?!あ、カヤさん仕事は……?」
「辞めました。当たり前です。」
私はサルマという西の国の端の小さな街で暮らした記憶しかない。
とはいえ、今は新しい土地に行くしかない。わたしはカヤさんと共に東の国 青へと向かった。
◇
「カヤさん……ここは?」
大きな城門の前にたどり着く。青の国に来たのは分かるが何故、城の門を叩く必要があるのだろうか。
「城です」
「わかります。で、何故城に?」
「私の古い友が働いております故」
「はあ……」
「大丈夫です。セリ様の顔は他国には知られていないはず。セリ様とて東の国の妃は知らないでしょう?」
「ええ」
数十年続く戦の末、民は行き来するものの東西の国交は無く鎖国状態に近い。
「ごめんくださーいっ」
城門に居る兵はお人形のように動きもしない。再びカヤさんが叫ぶと、内門から武官のような人達が飛び出してきた。
「ああ!なんとっセリ様が戻られたぞ」
「どうなさいました!?セリ様っああぁなんという汚い恰好……ガリガリではないですか?!」
え……セリ様?戻られた?!汚い?ガリガリ?失礼な……。
意味がわからずカヤさんを見ると同じくきょとんとしている。
「あ、あの私はセリですが、このお城のセリ様?では無くですね……ぎゃーっ」
あっという間に脇を捕まれ足が浮いた状態で内門を超える。
「セリ様ー!!」カヤさんは違う部屋へと連れ去られる。
更に奥の間まで連行された。しばらく待つように言われ、その後、青銅の重い扉が開く。壇上の玉座に座る金縁刺繍の黒い衣から逞しい腕を覗かすトラのような野性的な男……髭をはやした顔が威圧的にこちらを見下ろす。
「なぜもどった?戻らなくて良いものを」
「はっ?!へ」
もうおかしな声しか出ない。
「失礼だ。しかと返事をしないか」
いつの間にか横に立つ黒い衣の男。ちらりと見れば驚くほどに美しい顔……長い黒髪を一つに結った彼はこちらを横目に睨んでいる。
「あの、ですから私はセリですが、あなた方のいうセリ様では無く。あ、セリ様とはどなたですか?殿下の妹君?ですか?」
「私の妃だ」と壇上のトラが言う。妃?
「……妃?」
「私がこの国の王だと思うか?」
「え?!あ、はい。いえ どういった意味でしょうか?」
壇上の王は殺気立ったトラのようで体も逞しく鍛え抜かれ……て 笑いをこらえたような顔をしている。なにゆえ?!
「記憶があろうが無かろうが私には関係ない。第一私はもう永くはない。好きにしろ……記憶が無いのはよく分かった。私を見たお前の目は、何もわかっていないようだ」
と、冷たく静かな声の主は隣に立つ男。トラというよりは鋭い猫?いえ、
「あ?!まさか……貴方様が王様なのですか……?」
「まあ、記憶がないのも芝居だという線も否めない。財産目当てか?」
「あの……私はその……」
「王という響きは嫌いだ」
目を合わさずに彼はさっさと踵を返し立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます