8話-4 『遭遇戦』

「……ドヴォルグ様が言っていた侵入者とはアナタたちでしたか」


 部屋全体を素早く見回す。部屋には俺たちとマルトース以外生きている者はいない。正確にはドラグニカ人と思われる死体が何人か転がっている。そして、出口の扉はマルトースを挟んで反対側だ。つまりどうにかして奴を倒すか出し抜くかで向こう側に行かなければならない。


「忌々しい姫の協力者に……小細工が得意な羽虫、もう一人は新顔ですか。なるほど、あのお姫様を助けにきたということですねェ……いやはや頭が上がりませんよ」


 余裕すら感じる声音でマルトースは言葉を連ねる。要も晴香さんも自身の得物を構えているが、様子をうかがって動き出せていない。


「ワタクシも考えたンですよ。どうすればこの右腕の借りを返せるか、ね……」


 完全に息絶えていた死体が糸でつられた操り人形のようにふらふらと動き出した。それらはお互いの体を重ね合わせるようにして一か所にまとまっていく。


歩く屍の狂騒リビングデッド・シャウト


 死体の山がどろりと溶けて一つの塊になる。ぶよぶよとしたそれから伸びてきた突起が、次第に人型を形作っていく。


「いくつもの死体を混ぜ合わせて作り出すワタクシの作品ですよォ! この前と同じとは思わないでくださいネ!」


 城の一室だけあって高いはずの天井に、頭をこすりそうなほどの肉の巨人が顕現した。


「GUROOOO!!」


 この場の全員が吠え声を合図に同時に動き出す。


 要のカシモラルが、巨人に向かって光の刃をいくつも飛ばす。しかし、傷付いたその表面はほとんど間を置かずに塞がれてしまう。


 肉の巨人は薙ぎ払うように腕を振るう。技も何もあったもんじゃないが、その質量は純粋な脅威だ。しかし、晴香さんの呼び出した青雀アオガラが巨人の目隠しをしたことで見当違いな場所を攻撃している。


 マルトースの狙いは最初から俺だけだった。一直線に向かってくる勢いそのままに胴体を折り砕かんとする蹴りが飛んできた。


 俺の選択だけが、他のみんなと違っていた。


 必殺の威力を持った蹴りを跳躍だけで飛び越える。飛び込み前転の要領で受け身を取って止まることなく走りだす。戦わないという選択だ。


「二人とも頼んだ!」


 俺の任務はニュートを助け出すことだ。それに、今の状態でマルトースと戦うのは厳しい。厳しいが、竜装変身ドラグニュートさえできれば戦闘の土俵に立てるはず。

 よってこの場は要と晴香さんに任せることにした。


「逃げんじゃねえ!」


 蹴り足を引き戻すや否やマルトースが距離を詰めてくる。


「させるか!」


 しかし、横から飛んできた光の刃がそれを阻んだ。


「蓮理! ニュートくんを連れてこい! その間俺たちは……」


 巨人が割り砕いた柱の破片を少ない動作で要は避ける。


「こいつらを倒して待っといてやるよ!」


 晴香さんの青雀が俺の頭に乗っかる。連絡用ということらしい。声は聞こえなかったが、それだけで晴香さんもやる気だということが分かった。


 扉を開けて廊下に転がり出る。直後、巨人の投げた瓦礫が来た道を塞いだ。


「あぶねえ……」


 マルトースが追いかけてくる気配がないということは、二人が引き付けてくれているということだ。二人が作る一分一秒も無駄には出来ない。


「待ってろ、ニュート!」





「お前らで俺に勝てると思ってるのか?」


 結果的に出し抜かれる形となったマルトースに先ほどまでの人を食ったような態度は見当たらない。しかしそれは、マルトースの弱点でもある油断が消えたということ。要は厳しい戦いが待っていることを自覚しながら口を開く。


「どうだかな。正直厳しいとは思ってるが、羽虫呼ばわりされたのが結構頭に来てるんだ。痛い目は見てもらおうか」


 肉の巨人の回復力と巨体から繰り出される絶大な攻撃範囲は驚異的だが、言ってしまえばそれだけだ。つまり、今狙うべきは……


「晴香!」


「うん!」


 狙うべきはマルトースただ一人。その意識が二人で重なる。


 マルトースの死角となる位置からイヌのタローが鋭い爪で迫る。

 俺も瞬時に肉薄し、カシモラルでブーストした蹴りを叩き込む。


「しゃらくせえ!」


 死角にいたはずのタローは回し蹴りで吹き飛ばし、俺の放った蹴りも無造作に足をつかんで投げ捨てられる。隻腕という圧倒的な不利をものともしない力が目の前の怪物にはあった。


 カシモラルを逆に噴かしたうえで、ポチがクッションになってくれたおかげでダメージはほとんどなかった。しかし、動きが鈍った隙をついて巨人の手のひらが俺をつぶしにかかっていた。


「カナメくん!」


 晴香が直接割り込んできた。召喚を得意とする彼女が突っ込んでくるなんて自殺行為でしかないと数日前なら思っていただろうが、今ならその心配はいらない。


 上から降ってきた手のひらを晴香は完全に抑えた。それを可能にしたのは晴香の腕の延長線上で宙に浮く四本の腕の存在だ。


 燃費の悪さが問題だった金鬼キンキの部分召喚。それにより、彼女自身の近接戦闘も可能となった。俺はその場にいなかったが、蓮理たちとの組み手で使用したのもこの技術だ。


「どっ……せぇ~い!」


 金鬼は力だけで言えば変身した蓮理たちをも超えうる。体高五メートルを超えるような巨人の一振りを跳ね返すことも不可能ではなかった。


「レメゲトン! 出力最大! 操縦をマニュアルに変更してカシモラルに出力の70%を割り振ってくれ!」


〈了解しましたマイマスター。【レメゲトン】の制限を限定最大解除。エネルギー回路全開。【カシモラル】の『天威翔翼』を発動します。ご武運を〉


 ブーツ型の飛翔装置、カシモラルが変形し翼の意匠が現れ、ふきだす光が明るいオレンジ色に変わる。攻撃力と速度を大幅に引き上げた短期決戦用の形態だ。


「ッ!」


 足で薙ぎ払うように頭上を蹴り上げる。出力を増した光刃は燃え盛る炎のような勢いで巨人の指先を消しとばした。


「そっちばっかり構っているなよォ!」


 背後から迫るマルトースの攻撃。奴の持つ強化の魔法で速度と威力を爆発的に増した破滅的な一撃だ。


「もちろん、分かっているとも」


 カシモラルの出力に任せて短距離を翔ける。ここまで力を引き出したカシモラルの飛翔は、ちょっとした空間跳躍ワープのようなものだ。一瞬にしてマルトースの背後を奪う。


「何ィ!?」


 晴香の展開していた青雀が逐一情報をよこしてくれていた。それをレメゲトンの補助で整理し戦況を把握する。そうなれば、空中に目がもう一つあるようなものだ。奇襲など不可能に近い。


「裂けろ!」


 最大出力のカシモラルの斬撃。巨人にさえ通用したそれはマルトースの強靭な肉体さえも切り裂いた。残っていた右腕が千切れ飛び、遅れて間欠泉のように傷口から血が吹き出す。


 怒りと痛みで我を忘れたかのような叫びがマルトースの口から吐き出される。未だ油断できる相手ではないが、力の大部分が削がれたと言っていいだろう。


「ずいぶんとシンプルなシルエットになったな、コケシ野郎」


 何度か交戦した経験から、この相手は感情的に動きやすいというのは分かっていた。俺たちを見くびっていたグラーダとの初戦は、なめていたから自身では戦わなかった。二回目はその見くびった状態だったから片腕を蓮理たちに飛ばされた。

 だからこその挑発だった。しかし、これが少々効きすぎたらしい。


「コロすゥゥゥゥゥ!」


 先ほどまでの理性はすでになく、あるのはただ怒りだけ。純化した怒りはその後の展望などを見失わせた。


「テメエらごときいくらでも潰せんだよォ! 調子に乗ってるんじゃねえ!」


 肉の巨人がマルトースを守るように覆いかぶさる。壁になることに専念しているからか最大出力のカシモラルでも奥にいるマルトースまで攻撃が届かない。


「ごめん、その巨人止められなかった!」


 金鬼の力を使ったとはいえ、巨人の一撃を受け止めた晴香も無事ではなかったようだ。軽く足を引きずりながら合流する。


「仕方ない! だが気をつけろ! 奴が何をしてくるか分からない!」


 何度も何度もカシモラルで切りつける。晴香も金鬼の腕で槍を振るう。それでも肉の壁は貫けない。気づけば、その動きは止まっていた。


「あぁ~ああぁ~」


 呻き声が聞こえた。その声はマルトースのもののようでわずかに気配が異なった。

 肉の壁が収縮する。人一人分の大きさまで縮んだところで肉の壁は自らほどけた。


 マルトースの姿は大きく変化していた。失った両腕は肉の塊が代替となった。体に不釣り合いな丸太のような腕を引きずるようにして立っている。肉の塊は鎧のように全身にへばりつき、その姿を醜い怪物へと変えていた。

 怪物は不気味な笑みを浮かべてこちらを挑発する。


「二回戦……開始だァ」

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