1話-2 『竜装変身!』

竜装変身ドラグニュート!」


 目を開けていられないほどのまばゆい光が蓮理たちを包む。それと同時にニュートの障壁は砕けて、いくつもの爪牙が迫るのがスローモーションのように見えた。しかし、その致命の一撃を何かが阻む。


 刃物のように鋭いそれらを受け止めていたのは銀の輝きを放つ俺の左腕だった。



 驚愕に目を見開いたグラーダは、飛びのいて距離を取る。


「まさかあの力が異界の生き物を主に選んだというのか……?」


「ありえねえ……」


 グラーダたちの驚きもそっちのけで、蓮理は銀色の鱗に覆われた両腕をまじまじと見つめる。ただ鱗に覆われただけでなく、スイカを片手で包めるほどに手のひらは巨大になっているし、爪は長く鋭い。背中には翼があるし、腰の先には尻尾が生えていて、頭のてっぺんには二本の角まである。


 ひとしきり確認してようやく何が起こっているのか分かった。


 つまりだ。今の俺はニュートと俺を足して割ったかのような半竜半人の姿に変身しているのだ。


(これが王家に伝わる力よ。私が認めた者にだけ、悪に立ち向かう力を与えるの)


 頭の中にニュートの声が直接聞こえる。そういえば先ほどから彼女の姿を見ていない。


「それじゃあ俺はあいつらから逃げられるってこと?」


(あら、なにを弱気になってるのよ。今のレンリなら奴らを倒すことだって簡単よ……。まあさっきは言わなかったけど、この力があなたのことを認めていなければ、その場で私たちは爆死していたでしょうけどね)


 さらっと告げられた大博打の正体に、サッと血の気が引くのを感じる。


「こんな姿になるなんて思ってなかったよ! いや……よく考えたらどっちみち死んでたのか?」


(はいはい、考え込んでいるところ悪いけど無駄話はおしまいみたい。奴らやる気よ?)


 顔を上げるとグラーダたちはじりじりと距離を詰めてきていた。今の姿を見てビビッて逃げてくれるなんて目算も、あえなく潰えてしまったようだ。


 拳を握り締め、尻尾を振り、翼で何度も空気を叩く。人間にはあるはずのない器官も、まるでその存在が当たり前だったかのように自由に動かすことができた。


「うおおおおおお!」


 爪を剥き出しにして一声吼える。戦いの火ぶたが切って落とされた。


「死ねェ!!」


 四足歩行の狼のグラーダはその瞬発力を活かして、いの一番に飛び込んでくる。鋭い爪を紙一重で躱して横顔にカウンター気味に拳を打ち込む。普段なら見えないはずのその飛びつきも、強化された動体視力で難なく見切ることができた。


「ギャッ……!」


 潰れたような声を上げて狼グラーダの巨体が真横に吹き飛ぶ。そのまま雑木林を次々となぎ倒していき、ピクリとも動かなくなった。


「こんなにすごい力なんて聞いてないんだけど!?」


(言ったでしょ? 今のレンリなら奴らを倒すのも簡単だって! そんなことより次、上からくるわよ!)


 彼女の言葉で頭上を見ると、鳥の怪人ともいうべき姿になったグラーダのかかとが蓮理の目前に迫っていた。


「くっ……うお……!」


 重たいし、痛い! 両手をクロスしてなんとか頭の上で受け止めたものの、鱗がそのまま皮膚に突き刺さるような痛みで苦悶の声が漏れる。彼らの攻撃をすべて受けていたらすぐに限界が来ると分かった。


「ど、けぇ!」


 完全に不意打ちだったが、なんとか鳥怪人の巨躯を押しのけられた。車が降ってきたかと思うほどの圧を弾き飛ばせた自分の力にまた驚く。


「この力、本物だ。油断するなよ」


 獣のようだったグラーダたちは、いつの間にか人のような姿に変わっていた。獣の特徴が残る二足歩行のその姿はまさしく怪人と呼ぶにふさわしい。彼らは最初にあった油断の空気を捨てて抜け目なく蓮理を包囲している。


(禁術の力が馴染んできてる……)


 虎怪人の鋭い爪が顔面を狙って飛んでくる。間一髪で避けたがその風圧だけで頬が裂ける。


「禁術って!?」


 頭の中のニュートと会話しているが、一対四の集団戦なうえに戦闘経験は向こうの方が豊富だ。逃げ回るだけで精一杯で反撃できない。


(奴ら……グラーダが私たちの一族と袂を分ける原因となった術よ。奴らは同族の血肉を代償にする『弱肉吸収』という術で強大な力を手に入れたの。そして、残虐非道な行為を繰り返して、生け贄にした人の数以上に多くの血が流れた)


 足元を刈る回し蹴りを跳んで避ける。空中で無防備な腹部を狙って鳥怪人の嘴が突き刺さろうとしていたが、翼を羽ばたかせて体をずらす。崩れそうになる姿勢はさらに翼を広げることで制御した。


(反対にレンリが使っているその力は、私の先祖が創り出した他者に力を分け与える術。この術のおかげで劣勢だった私の一族も奴らを追い払うことができたの。後方左から攻撃が来るわ。翼をたたみなさい)


 考える暇もなく彼女の指示に従う。すると、さっきまで翼のあった位置に青白い熱線が通り過ぎていった。


「あいつらってビームも撃てるの!?」


(ビームが何かは分からないけど、魔力光は戦士の基本技能よ? レンリだってその器官は備えているはず)


 こともなげにニュートは言う。翼や尻尾は筋肉と直結しているから動かし方も直感で分かったが、さすがにビームの撃ち方はとっさには分からない。


(そんなことより、奴らの戦い方に合わせてたらじり貧になるわ。あなたが奴らをかき回しなさい)


 彼女の言う魔力光というものををなんとか出せないものかと試してみたかったが、そんな暇はなかった。その場から動けないギリギリの防戦を強いられている。


「かき回すってどうやって!?」


(あなたは、この場の誰よりも速く動くことができる)


 確信にあふれた声色で言い切った。ここまで断言されると本当にできるのだろうという自信がどこからかあふれてくるから不思議だ。


(どうにかして隙を作るの。歯がゆいけれど、私は力と少しの助言を与えることしかできないから、最終的な活路はあなたが見つけなさい)


 仕方ないと言えば仕方ないが、結局は自分次第ということだ。幸い、相手が人型になったことで攻撃の動きが読みやすくなっていた。今ならまだ考える余裕がある。

 この場には鳥型の怪人が二人と虎と猿の怪人が一人ずつ残っている。隙の少ない波状攻撃がとてつもなく厄介で、ニュートの指示がなければすでに何度も直撃を食らっているに違いない。


 この危機的な状況を打開するにはイチかバチかに賭けるしかない。


「セイッ!」


 前後の怪人が交錯する際、俺が避けても互いの攻撃が当たらないようにするために作っていたわずかな隙をついて地面に拳を叩きつけた。

 ここは神社で地面には砂利が敷き詰められている。生み出された衝撃波でそれらが一斉にはじけて、怪人たちをひるませた。


(やるじゃない!)


「まだだよ!」


 力強く一歩を踏み出す。その力は反発し、上空へと一気に跳躍する。この場所自体が高台にあったというのもあって、近くの団地に立ち並ぶアパートの給水塔と目線が一緒だ。煌々と輝く満月もいつもよりずっと近い。


「この期に及んでまだ逃げるか!」


 怒りをあらわにするグラーダのうち、飛行能力を持った鳥型の二体が俺の後を追う。しかし、これで相手の戦力を半分に削ぐことができた。倒せるかどうかはまあ……これから何とかするしかないか。


 この体を空中にとどめる翼は行きたい場所に連れて行ってくれる。黒色の翼とこげ茶色の翼を広げた怪人たちでも、白銀の翼に簡単には追いつけない。


 二体は死に物狂いで追いかけてきている。しかし、俺を捉えることはかなわない。口から吐き出す熱線も、不規則に軌道を変える今の俺を打ち落とすことはできない。


 自分が何のために飛んでいるのかを忘れてしまうほどに、風を切る感覚が心地よかった。しかし、それももうすぐ決着する。

 先ほど見えた団地のアパートの谷間に入り込む。後を追う二体も後ろをついてきた。


「速さで俺たちに勝てると思うなァ!」


 左右に軌道を変えることができない直線勝負とみて後ろの二体も速度を上げる。自力に差があるとはいえ、飛びなれていない俺はどんどん距離を縮められてもう尻尾をつかまれそうだ。


「てめえは引き裂いてやる……! そんで食わねえで捨ててやるんだ……!」


 怒り心頭といった様子で、混じりけのない敵意が言葉からにじんでいた。しかし、先ほどまでと違って恐怖は感じない。力を手に入れた全能感が恐れを押さえつけているのかもしれない。


 いよいよ両足を怪人たちにつかまれた。しかし、その瞬間こそ待ち望んだものだった。怪人の顔が喜びにあふれたその瞬間、翼を広げて急ブレーキをかけたのだ。


 翼の付け根に強力な空気抵抗がかかり、思わず顔をしかめる。しかし、何とか持ちこたえれば突然のブレーキに制御の利かない二体のグラーダと、そこに影を落とす俺という構図の完成だ。


 それでも彼らは俺の足を離さなかった。その執念には感心するが、今回ばかりは失敗だ。


 両足を力いっぱい閉じる。制御を取り戻しかけた怪人の翼も新しい横ベクトルの力にはとっさに反応できない。その結果、彼らは互いの頭を思いっきりぶつける羽目になってしまった。


 仮にも人型から出たとは思えないほどに硬質な音が、夜空に響き渡る。足をつかんでいた手からも力が抜けて、団地の狭間に飲まれていった。生きていたとしてもこの高さから落ちればしばらく動けないだろう。


(そんなのあり!?)


 これで五体いたうちの三体を倒したことになる。しかし、結界がなくなったような様子はなかった。

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