第13話 説明2 - 〝力〟と責任
「話が逸れたわね。――『守り神』の影響力、ひいては魔法少女の持つ力については分かったかしら?」
「その……
薫子が言っていた通りなら、千種は既にこの街の支配者だ。聞くところによるとその家は資産家で、つまりお金持ちで、なるほど土地の神様の力を得たに相応しい利権を持っている。
ならばこれ以上、何を望むのか。
「『守り神』っていうのは、この街の、あくまで市内にだけ影響を及ぼせる神様なんですよね?」
綾心が言いたいのは、つまり――千種はいわば、〝お山の大将〟なのだ。結局はそれ以上にはなれない。仮に世界征服を目論んでいたとしても、この街の外にも他の『守り神』がいるというなら――
「正直、千種の最終的な目的は分からないわ。何を考えているかも……何年もまともに顔を合わせていないし、口もきいてないんだから当然だけど」
それだけ聞くとなんだか個人的な喧嘩のようにも思えるが、いかんせんその背景にある問題のスケールが大きすぎた。
「だけどもしも、私の持つ〝権限〟を千種が手に入れたら――」
「極端な話、世界が滅ぶ」
極端すぎて、冗談かと思った。
神様と言ったって、島国の片田舎、良くて地方都市といった程度の街の『守り神』なのだ。話を聞いている限りだと別に〝人類を生み出した超存在〟とか、そういう大層な存在ではない。その力を完全掌握したからといって――
「考えてもみて。街一つを正常に運営するエネルギーがあるのよ? それをそのまま武力に転用したら?」
その時、ふと――
『たとえば、最初は小さな擦り傷じゃ。しかしそこからばい菌が入れば、全身を冒す病に発展するかもしれん。個人の発症したそれが他者に伝染し、街から国へ、国から世界へと広がれば、どうじゃ? 始まりはちいさな
――思い出される。
「さっき、〝
むろん、そんな都合の良い話がタダでまかり通るはずもない。
「そんなことをすれば、どこかで現実に〝歪み〟が生まれる。帳尻合わせが行われるように、本来支払われるべきだった時間という対価を〝他の誰か〟が失うんだ。それはたとえば事故のようなかたちをとり――運が悪ければ、その〝誰か〟はそのまま自分の人生を失うことになる」
「魔法少女の借金を、赤の他人に押し付けることが出来る訳ね。……遅刻しそうだから、という個人の都合だけで、どこかの誰かを死に至らしめるかもしれない――それが、この力の持つリスク。一介の個人には過ぎた力なのよ」
「出力を100%にでもすれば、〝ドアの先〟を街の外に広げることも可能だ。もちろんそうすれば、街の環境は一気に悪くなる。そうなると当然、『蟲』の活動も盛んになる。その悪影響はこの市内に留まらず、より外の世界にも波及するだろう」
世界が滅亡するとはつまり、そういうことなのか。
「滅亡とまではいかなくても――そうね、他の土地の『守り神』との戦争状態になるかもしれないし、その結果として現実の戦争に発展する恐れもあるわ。『守り神』が荒れればそれは天変地異を生むし、人心にも作用するから。そうなればおのずと出力を100%以上にすることになるでしょう。120%――言うは易しだけど、それが何を意味するかは分かる?」
街の『守り神』あってこそ、人々が活気づくというのなら――100%以上ということはつまり――
「理屈の上では、この街の住人の生命力、命そのものをエネルギーに変換することが可能だ」
たとえるなら、無賃で海外旅行をするために、人間の命を燃料に変えることも出来る――そしてもしもそのエネルギーを〝攻撃〟に使えば――日本の地方都市に過ぎないこの街を発端に、世界大戦が巻き起こる可能性だって、ないとは言い切れない。
「だから魔法少女には……私には、その力を管理する責任と義務がある。……ちなみに私はその点の〝講習〟を受けてるから、その責任を心得ているつもりよ」
分かるわよね、と言いたげに薫子は頑馬に視線を寄越す。頑馬は無意識に頷いていた。講習とはつまり、そういうことだろう。
それは単なる口頭での説明に留まらない――〝街〟の持つ記憶を、〝力〟の及ぼす影響を、身をもって学習させられるのだ。いわば「悪用するとこんな
「一国の首相や王様も、自分の責任を心得ているわよね。……たぶんだけど。少なくとも、核兵器を飛ばすスイッチがあっても、気に食わないヤツがいるって理由だけで他国を攻撃なんかしない。そうすればどうなるか、分かっているから。だけど――ことは無責任な〝一介の個人〟の話よ」
そんな個人の手に渡ってはいけない力が――
「……現状、悪い魔女の手にある……訳ですよね?」
綾心が核心を突いた。薫子があからさまに気まずそうな顔になる。
「ただし、それを万全には使えない状態ではある」
と、
「それが、薫子の持つ〝権限〟。数値は仮の話だが、今の千種には50%程度の出力しか出せない。街の運営に回されている最低限の力にまで手は出せないし、ましてや住人の命を吸い取ることは出来ない。〝街の外〟にまで影響を及ぼすことは出来ない訳だ」
「私から〝権限〟を奪って何がしたいのか、それは理解できないけど――〝なんでも出来るようになる〟と思えば、それを欲するのも理解は出来るでしょう」
「力はあるのにそれを満足には使えないとなれば、もどかしくもあるだろう。ただ、それでもある程度の充足は得ているから、積極的に攻勢を仕掛けることもなく――かれこれ十年ほど、膠着状態が続いている訳だ」
十年――そう口にした恋無の表情には、若干の疲れが見て取れた。
「あっちは『守り神』の力があるから、実質〝最強の攻撃力〟を有している。でもこちらだって、この部屋のような〝無敵の回避力〟がある――手を出そうにも出せないってことね。さっきみたいな〝小競り合い〟がたまに起こるけど、本気で攻めてこようとはしない」
そう言われてみると、〝こちら〟がそこまで不利な状況ではないように聞こえてくるが、こちらも反撃する手段がないのだから、優勢とも言い切れない。まさに膠着――
「でも、人を増やして……人数有利をとる、みたいなことも出来るんじゃ?」
綾心の問いに、恋無が応えた。
「そう、再三『魔女』だと言ってきたが、立場や能力で言えば千種も、薫子と同じ魔法少女だ。『美少女戦士』をつくることも出来る。とはいえ、『守り神』から力を引き出す
「大軍勢で物量攻めすれば、そのぶんボスである千種に隙が生まれる。そこを、この部屋から直接攻め込めば、ワンチャン私が〝力〟を取り戻すことも出来る――まあ、五分五分ってところだけど」
「実際それで奪われた訳だからな。今度こっちが負ければ、確実に〝権限〟は奪われるだろう……」
「でも、私が勝つ可能性もある。千種はそのリスクがあるから、強気には出れない。自信のなさの表れね」
回避してカウンターをお見舞いできる、それが薫子たちの持つ対抗手段という訳だ。しかし、こちらから攻撃することは難しい――
「――とまあ、これが〝これまで〟の私たちの全て。説明できる現状ね」
一息入れるようにそう言ってから、薫子は座っていた椅子に深く体重を預けた。
十年に渡る膠着、実に入り組んだ現状――そこに、〝変化〟があるかもしれない。
そう思えば――つい小一時間ほど前、この場所で交わされた会話、その時の薫子たちのテンションの高さも理解できようというものだ。
「さっきもちょっと言ったけど、小競り合い程度ならこれまでも何度かあったの。それでも、結果はご存知、冷戦状態。だけど――」
薫子が顔を上げ、真摯な眼差しを頑馬に向ける。
「君が来た」
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