第4話 共犯者と秘密

 街へと出ると、俺は驚くべき事態に直面した。

 ここ璃侯・魔断王国における公用語が日本語であるという事実に、だ。


「いや、そんなことってある!? 一応、異世界でしょここ!?」


 都市の景観自体はまさにヨーロッパの歴史地区といった雰囲気なのだが、標識や店の看板を飾る文字は漢字やひらがな、カタカナといったお馴染みの日本語でしかない。

 行き交う人々の会話もちゃんと日本語で、俺は何一つ苦労せずに、金髪碧眼の花屋のおばさんと会話までこなせてしまった。

 

「凄い、本当に会話が通じる……。ご都合主義っていうか、俺に都合良すぎて夢かと疑うレベル」  

「キミねぇ……昨日の時点でボクやバートやイングラムと会話できてたのに、気が付かなかったの?」


 吸血鬼が呆れた視線を向けてくる。花屋で貰った向日葵を俺の顔に限りなく近付け、「馬鹿じゃないの」と率直で糞のような感想をくれる。

 無数の種が俺の視界一杯に広がる。


「馬鹿はどっちさ。俺が集合恐怖症だったら今の不注意な行為で失神してたわ」

「でも、キミは違うんでしょ?」


 なら良いじゃないかい、と向日葵を抱えて笑われてしまうと、俺はもう言い返せない。


「……っすねー」


 そっぽを向くと、途端に吸血鬼の哄笑が響き渡る。クソッ。レスバに弱すぎるぞ、俺。

 やがて、目尻に浮かぶ涙を拭いながら吸血鬼が復活する。


「はー笑った。アレだね。思うに、キミは人が善すぎるんだ。言い返して相手が傷付かないかって、気にしてるんだろう?」

「違う」


 食い気味に俺は否定した。


「いちいち、そんな性格の良いこと考えて話したりするもんか。俺は、ただ……」


 ただ――と言った瞬間、俺は親指の付け根で眉間を押さえた。――ああ、頭痛がする。

 


 ――約束の通り、お仕事辞めてきたの。


 ――ほら見てこの髪。


 ――ずっと染めたかったのに我慢してたから、思い切ってしてみたの。



 黒のスーツに灰色の髪。染めたばかりの毛先を細い指で摘まんで、月子つきこさんは馬鹿なクソガキに笑ってみせた。



 ――似合うかな? 『   』くん。



「ただ?」


 吸血鬼の声が俺を現実に引き戻す。

 俺は眉間に当てた指を下ろし、


「……自分の言ったことで、誰かが取り返しのつかない事態になった時、嫌な気持ちになりたくないだけっていうか……」

「あはっ」


 また何がツボにはまったのか、吸血鬼は、あは、あは、と発作のような笑いを繰り返す。俺は戸惑った。流石に笑いの沸点が低すぎる。関西圏では暮らせないに違いない。


「キミ、やっぱり馬鹿な子だね。それをお人好しって呼ぶんだよ」

「だから違うってのに……」


 まだ言うか、と俺は肩を落とした。


「あんた、人の話聞かないよな。吸血鬼って皆そうなの?」

「そういえばずっと気になってたんだけど、なんでエルナトには敬語なのに、ボクとかバートにはタメなの? 特にボクにだけ棘があるような気がするんだけど……これって差別?」

「いや聞いて俺の話! 敢えて言うんなら、そういうところね!!」


 反射的にツッコミを入れると、心外と言いたげな表情が返って来る。どうやら自覚はまったくないらしい。

 どうにも本調子が出ない。ここに来てから、こんなことばっかりだ。

 普段の俺は友達は多くないが、少なすぎることもない。クラスメイトからはクール系だけど付き合いとノリのいいヤツという評価を貰っている。決してツッコミでもボケでもない。そんなポジションであった筈なのに……。

  

「あ、そうだ」

「今度は何」

「さっきのキミの質問の答え。この世界、吸血鬼ってボクだけなんだよね」

「……は」

「だから答えは、ボクがそうなら、そうなんじゃないかな」


 それだけ、と吸血鬼は軽やかにステップを踏んで、道の先へと曲がっていった。その背中に揺れる灰色の幻影を見た気がして、俺は眉間を押さえた。

 


 


 吸血鬼に導かれ、連れてこられたのは、街の北部に建つ見張り塔だった。

 上部まで昇ると街全体だけでなく、その外部に広がる草原地帯まで見晴るかせた。昨夜の『離れの聖塔』よりもずっと視線が高い。

 吸血鬼は安全のために設けられたであろう石造りの欄干を、特等席、と呼んで俺を座らせた。

 ……俺が高所恐怖症だったなら、気絶するところだ。

 

「あそこがザィーナ教中央中庸教会ネッセ派の供物大聖堂ファースト・カテドラル。昨日ボクらが居た場所だね」


 そう言い、白い手袋に包まれた指が示す先には、青と白の玉ねぎ型のドームと、高さの違う幾つもの尖塔が見えた。

 こうして見ると、どことなくオリエンタルな雰囲気の漂う建物だ。


「大聖堂は街の中心にあるから、迷子になった時は目印にするといい。大聖堂から東にあるのが離れの聖塔、北がこの見張り塔、西が庁舎で、南が病院」

「へー分かり易い」

「でしょう。第一防衛都市を造るって案が決まった時に、ボクとヴィルヘルミーナと職人たちとで何日間もどんな都市が最適か考えて、結果、分かり易い方が良いだろうって話になってね」

「ふぅん……」

「つい最近のことみたいだけど、いつの間にかあれから400年だよ。時の流れって怖いな」


 400年という途方もない歳月を、まるで5年、10年しか経っていないかのように語る男に、俺は改めて目の前に居るのが人間とは違う存在なのだと実感した。

 

「なあ、あんたって、いったい何歳なわけ?」


 俺は今の口振りから、何となく1000~2000歳の間くらいだろうと考えて訊ねた。


「うーん……正確な年齢は忘れてしまったけど……」


 吸血鬼は腕を組み、頭をかたむけた。しばし虚空を見つめ、


「ええっと、850年前にヴェチニ・ドゥシャの奇跡があって、そこから1200年前くらいにトゥガブルドの虐殺……ハーティアの人身供犠が禁止されたのが3700年前……ボクが放浪してた間も足してくと……」


 ぶつぶつと独り言を繰り返し、指折り年数を数えていく。足されていく数字の桁が万を超えたあたりで、その指が止まる。


「たぶん、1万2000歳くらいだね!」


 溌剌とした返答に、俺は欄干から滑り落ちそうになった。


「い、いちまん……」


 こいつ、縄文時代から生きてるんかい。とんでもない爺じゃないか。


「もしかして……エルフもそんなに長生きだったりする?」

「ううん。普通のエルフの寿命は1000年くらいさ。上級王の血筋だとしても、4000年くらいかな。彼らって短命だよね」

「うわー聞いてるだけで、寿命の感覚がおかしくなりそう」


 1000年生きれば充分だわ、と俺は欄干から降りた。こちとら80年も生きられるか分からないというのに、まったく悠遠な話である。

 黙ってケツの汚れをはたいていると、ふいに顔に影が落ちる。何だと顔を上げると、吸血鬼が覆い被さるように、俺の顔を覗き込んでいた。


「落ち着いてるね」

「はい?」


 この変人は、また急に何を言っているんだろうか。

 俺が半眼になって睨み上げると、血のように紅い瞳と視線が合う。縦に裂けた黒い瞳孔が俺を見つめていた。ぞわりと肌が泡立つ。まるで蛇だ。

 

「奇妙だよ。あまりにも落ち着き過ぎている。キミ、幾つだい?」

「……18歳だけど」

「18!」

 

 その瞬間、急に空気が変わった。

 吸血鬼を中心に壁や床に伸びた影たちが、黒く細長い触手となってざわざわと動き出す。


「異常」「召喚」「変質」「技術」「差異」「彼女」「疵瑕」「敗北」「研鑽」「不足」「師匠」「発想」「未熟」「魔力」「時間」「不可」「失敗?」


 影は本体である男の呟きに連動し、ぼこぼこと無限に枝分かれして無数のツリーを造る。その様は、節のある多足の長虫が蠢いているかのようで、俺は喉元まで吐き気がこみ上げ掛けた。


「否定――違うかな。ボクの術式が間違ってたんじゃない。キミはその齢で他者から齎される理不尽に慣れている。それも本能のレベルで」


 吸血鬼は結論を出したようで、影を収めた。けれど、未だにこちらに向けられているのは、実験対象を観察する研究者のような冷静で情のない瞳だ。

 俺は深く息を吐き、大きく吸いこんだ。固まった体中に新鮮な空気が送り込まれる。うし、と頬を叩いて怖れを振り切る。


「その口振りだと……やっぱり、あんたが俺をこの世界に連れて来た『教授』なんだな」


 確信をもって発された俺の言葉に、吸血鬼の瞳がきょとんを瞬く。


「……ヴィルヘルミーナから聞いたのかい?」


 市長の名を呼ぶ声に先程までの圧はない。瞳の中にも感情の動きが窺えるようになっていた。どうもあの王女様はこの男にとってよっぽど大事な存在らしい。


「いや……あの人、教授からの提案に許可を出したって言ってらからさ。昨夜の時点じゃ誰のことかと思ったけど……そういえば自己紹介の時、あんたが挙げた名前の一つに教授ってあったなって」


 思い出したのはエルナトがこの男を大師父と呼んだ時であった。

 俺は欄干に背中から寄りかかり、「なあ」と吸血鬼の靴の爪先を小突いた。


「誰も言ってくれないから訊くけどさ……俺、戻れないんだろ?」

「うん。今のところ、その方法が分からないからね」


 何処にと言及せずとも、躊躇いもなく吸血鬼は頷いた。 


「今のところ、ね」


 未来への希望を残す言い方をした吸血鬼に、俺は思わず笑ってしまった。何だ……突然怖くなったり、突拍子もないことをするが、こいつも大概お人好しじゃないか。

 急に笑い出した俺に、吸血鬼の口がへの字に曲がる。 

 

「ボク……キミにはもう嫌われてると思うけど。もっと嫌われちゃった?」

「別に、そんなことないけど……」

「へー……」

「本当に! 嫌いじゃないよ。苦手とは感じてるけど」

 

 嘘ではなかった。性格悪いわ、変人だわ、強引だわ、人の話を聞かないわ、人の心を覗くわ、人間っぽくない振舞いがちょっとアレだけども。不思議とこの男を嫌いではない自分がいるのだ。  

 

「あんたを前にすると……こう、なんか……ぞわぞわ? するんだよ。落ち着かないっつうか……」

「ああ、ボクが魅力的な吸血鬼だから?」

「それだけはない」 


 俺はきっぱりと否定した。瞬間、哄笑が響き渡る。やはり、沸点が低い。

 

「キミは変な子だねぇ……帰れない原因だってのに、ボクを罵りもしないなんて」

「まあ……言われてみれば理不尽だし、怒ってもいいのかもだけどさ……」


 もっともな指摘に、俺は頭を掻いた。


「その時に必要なことだったんだろ? よく分かんないけど」


 市長であるヴィルヘルミーナさんが直接お礼を言ってくるということは、つまり、そういうことだろう。


「確かに、必要だったよ」


 吸血鬼は笑い過ぎで乱れた髪を直し、教師のように眼前に人差し指を立てた。


「そもそもね、ここは昨日みたいな異界からの侵食を他の大都市で起こさせないよう、囮となるために建造された都市なんだ。400年間、住民の生活と命を糧に稼働し続ける国土防衛のための都市型防衛兵器。それがこの街だ。住民の殆どが防衛隊の関係者で、有事の際には子供でも銃や剣を握る」


 俺はごくりと喉を鳴らした。戦争という言葉が頭に浮かんだ。その話が本当ならば、昨夜の一件が特別なのではなく、ニュースの向こう側でしか知らないようなことが、この都市では日常だというのか。


「侵食で現れる卿は、その魔力量と異界とのシンクロ率に応じ、下から男爵バロン子爵バイカウント伯爵アール侯爵マーキス公爵デュークの五つの貴族称号でクラス分けされるんだけど、実際には、400年の間、侵食が確認されたのは子爵級までだった。ところが二日前、情報本部の観測班から次の侵食が侯爵級によるものだと報告があってね」

 

 やんなっちゃうよね、と吸血鬼は俺と同じように欄干に背をもたれさせた。

 俺は無言で首肯した。成程。そうした経緯があって俺が召喚されたなら、あのゴミ過ぎるステータスに終わったと叫びたくなる気持ちは痛いほどに理解できた。

 昨日の特殊部隊の人たち、本当にゴメンナサイ。


「ここまでがキミが来る前のこの街の前提。キミを召喚した理由だね」


 言って、吸血鬼は膝を折って地面に屈みこむ。床に広がる影に腕を沈み込ませた。かき混ぜるように腕を動かし、


「――ところで、剣は使ったことある?」

 

 下から視線を持ち上げて訊ねた。質問の意図が分からず、俺は普通に否定した。


「え? ないけど……」

「槍や銃は?」

「ないよ。俺の国の法律では、銃とか剣とかは原則持っちゃいけなかったから」

「うっそ、マジで? なら、コレ一択だ」


 吸血鬼は影から取っ手のついた丸い何かを取り出し、俺の足元に置いた。円形の底は平たく、ある程度の深さがある。どこの家庭にも一つはあるだろうその調理器具は、


「フライパン?」


 紛うことなく、焼く、炒める、茹でる、揚げる、といった全方向にスキのない、あのフライパン先輩だ。大小二つ揃えば、ホットサンドだってお手の物である。

 吸血鬼は得意気に頷いた。


「そ、メイスでもいいかと思ったけど、アレだと超撲殺って感じで殺意がエゲツないからね。初心者には辛いでしょ」

「……訊きたいことは山ほどあるけど、何故に今俺にフライパンを?」


 俺は、かの有名なトゲトゲ鉄球棍棒モーニングスターもメイスの一種である、というさほど役に立たない知識を思い出しつつ訊ねた。

 返ってきたのは、


「これからもう一回侵食があるから。それ持って戦って」


 という馬鹿でも分かるアンサーであった。


「いや、いやいやいやいや……!?」


 抗議の声を上げようと口を開いた瞬間、俺の眼前に吸血鬼の手が翳され、言葉を止められる。


「ちゃんと説明するよ。まず、キミが戦う理由そのイチ――次の侵食は中継されるから。視聴者は国やザィーナ教の偉い人たち。キミには彼らの観ている前で『英雄』足りうる力があると証明して欲しい。そしてそのニはイチの理由が生まれた原因でもあるわけだけど――」


 そう言って、吸血鬼はちらりと俺に視線をやった。その眼差しが一瞬だけ、あるかなきか躊躇うように揺れた気がしたが、俺は深く考えもせずに「早く」と急かしてしまった。――この時の選択を、後に死ぬほど後悔することになるとも知らず。

 吸血鬼はこほんと咳ばらいをして話を続けた。


「これから話すことは驚かないで聞いてくれ。いや、べつにキミが驚いたって、引いたって、泣いたって、ボクにとっては困らないんだけどね」

「前置きが長い」

「あ、口も挟まないでおくれ」


 はいはい、と俺は肩を竦めた。


「キミを召喚するのに使用した術はね――ヴィルヘルミーナたちには古代術式と説明したんだけれど、実際は禁じられた術式呪法でね。ボクの師匠だったヒトが大昔に創ったモノだったんだ」


 吸血鬼は語り出す。

 劣化した古書の頁を捲るようにそっと、霞がかった瞳で遠い記憶を手繰って――。


命なき王ノーライフキング吸血種族の祖ザ・ファーザー文明の伝道者ウォーカー偉大なる火プロメテウス不世出の頭脳ジーニアス。同族だけでなく、エルフや人間たちさえ、あのヒトを数多くの勇名で讃えた。――けれど、ボクに言わせれば、アイツただの狂人だった。他者と自己の境界が曖昧な、おぞましい人格破綻者。自らが召喚した人間の侵食能力を利用して、かつてあったもう一つの異界を滅ぼした大悪党。――ひとつの世界が消滅した混乱に乗じて、アイツは自らに関する記録を自らの手で燃やし尽くした。迅速に、けれどひとつ残らず念入りにね。その結果、二つの文明と十二の古代王国が地上からも史書からも存在を消されることになった。永遠に」


 吸血鬼が影を使って床に影絵を描く。翼と角を持った悪魔のような大きな影が、本や巻物を焼き、遺跡を破壊し、王冠を被った十二の人影を頭から飲み込んでいく。俺は口も挟めずそれを見ていた。

 やがて全てを破壊し終えた悪魔は去り、残されたのは途方に暮れたように立ち尽くす小さな人影がひとつ。


「まっ、そういうことで。かつてこの世界に何があったのかを知るのは、ボクだけってワケ」


 誰も知らない世界の秘密。たった独りの吸血鬼しか知らない内緒の話。――そして今、知っているのは二人になった。

 俺はハッとして、掴み掛かる勢いで吸血鬼に詰め寄った。


「その話、俺が聞いちゃ駄目なやつじゃないの!?」

「そうだね、マズイかも。でも、知らないともっとマズイ事態になるかもしれないんだ」 


 口角をつり上げて口元だけで吸血鬼が微笑む。


「人間はともかく、エルフ……特に上級王の血筋の者たちは馬鹿じゃない。ボク程じゃないけど洞察力に優れ、法力も強い。保守主義の彼らがもし今回の召喚に疑問を抱き、ボクが使用した術の危険性を知ったなら……」

「知ったなら?」


 問うと、勿体ぶるように吸血鬼はウインクをした。指で拳銃の形をつくり、「ばん!」と自らの胸と俺の胸に撃ち込む仕草をする。 


「って感じで、キミの能力が悪用される前に、ボク諸共に消し去ろうとするだろうね。いや~困った困った」


 あっけらかんと悪びれずに言う大馬鹿野郎に、俺の米神に青筋が浮かぶ。


「そういう、とんでもないことを、明るく言わないでくれない!?」


 俺は唾が飛ぶのも気にせず怒鳴った。――前言撤回。やっぱり嫌いだ、こんなヤツ!

 胸倉を掴みそうになる俺の手を避け、吸血鬼が身軽な動きで欄干の上に立つ。


「いやいや、だからね。そうなる前に、キミに利用価値があると思わせたいんだって」


 風を受け、白い幅広のズボンが波打った。


「例えば――そう、もし真相がバレたとしても、今後の世界秩序の維持のために切り捨てるのが惜しくなるくらいにはさ」


 似合わないと思っていた青いシャツは誂えたように空に映え、その身を飾る装飾の銀が光を反射して輝く。


「以上、これが理由その二」


 吸血鬼は深緑色の髪を耳の横で押さえ、紅い瞳を眩しそうに細めた。

 そうしていると、その存在はまるで一種の宗教画のようで、御山の大僧正やら枢機卿とやらが、何をこいつに求めているのか俺にも理解できるような気がした。

 

 この世でたった一人の吸血鬼。――男は畏れを覚えるくらいに異質だった。


「謂わば、ボクらは一蓮托生。世界への秘密を抱えた同士ってわけ」


 西洋人形のごとき美貌が微笑み、俺に向かって手を差し伸べる。


「ヨロシク、共犯者殿」 



 ――私の名前は月子。笹森ささもり月子。よろしくね、『   』くん。


 

 俺は酷い頭痛に親指の腹で眉間を押さえた。

 クソッ、俺の側頭葉の神経回路はいったいどうしちまったんだ。――神経細胞ニューロンの反乱なのか、網膜のバグなのか――どうしてか、この吸血鬼が彼女に被って視える。


 その事実が憎たらしくて、俺はクソったれな笑顔に向けて、フルスイングでフライパンを叩き込んだ。

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