第11話 胃袋を掴まれるボク、第一ターゲット決定

 この“炎の雨水”のいいところは、無駄に延焼しない事だね。周囲への被害が最小限で済む。

 木々の一部が灰になって、夜空が顔を出していた。雪が積もったような中、ワーキャットどもが現れた辺りを探ると、分厚い革のカバンを発見。

 カバンもかなり焼け焦げていたけど、中身は無事だった。

 雑多な日用品の中に……あったあった。現代日本のそれと比べても遜色のないつくりの財布が。

 こう言う、ハイファンタジー世界に似つかわしくなさそうな物は大体がドワーフ製なのだろう。

 硬貨の数え方がまだわからないけど、とりあえず100PG札は8枚あった。10PG札も少々。

 物価次第だけど、これで何日かの宿代になるかな?

 うーん、身分証みたいなのがあれば、そこから家を特定したり家族トモダチあたりから芋づる式にカネを取れたかもしれないけど……そんなのはなかった

 あと見たところ、一つのカバンで二人分の物資を管理していたようだ。

 もしかしてあいつら、つがいだったのかな?

 猫人と人猫と言う異質な組み合わせすぎて、すぐにその発想が浮かばなかったけど。

 もしそうなら、イイことをした。

 あの、どんな猫要素比率の異形が生まれるかわかったもんじゃない危険種族が繁殖する危険を未然に防いだわけだから、世のため人のためだ。

 武器とかはいらないや。どっちもビミョーだし。

 ブーメランのほうはボクが持ってても仕方がない。

 槍のほうも、ボクはコレを気に入るようなサドではない。

 財布だけいただくと、ボクはエルシィの結界があったあたりに目を向けた。

 忽然と、そこに彼女が現れたように見えた。

 実際はずっと近くで見ていたのだろうけど、外から結界の内側を認識する事は出来ないようだ。

 炎の雨は彼女にも等しく降った筈だけど、全くの無傷。髪の毛一本、服の隅々に至るまでピカピカの新品同然だ。

 チッ。こっちは仕留め損ねたか。

「あの……だいじょうぶ、ですか?」

 ボクの気も知らず、エルシィがおずおずと尋ねてくる。

「何が」

 そう言った瞬間、腹の中に違和感。

 熔けたガラスを胃に流し込まれたような灼熱感。

 それでいて、五臓六腑を内側からヤスリでゴリゴリ削られるような痛み痛み痛み痛痛痛痛痛痛!

 言葉にならない叫びが、ボクの喉から迸っていた。

 その場に転がり、のたうち回る。

 けど、少しの気休めにもならない。

「ああっ! やっぱり副作用が……。いま、治しますから」

 エルシィが、転がり回るボクに手をかざすと、暖かい魔法光が灯ってボクの身体に流体のごとく吸い込まれていった。

 少しずつ、少しずつ、熱と痛みが引いてきた。

 エリクサー、副作用があるとは聞いていたけど、これは酷すぎるだろう! 人間のやることじゃない!

 大体、あの酷い味だけでも代償としては充分すぎたと思うのだが。

 あの味……あの味……あれ? どんな味だっけ?

 なんか、ドクペの出来損ないに滅茶苦茶な混ぜ物をしたような味だった気はするんだけど、忘れてしまった。

 どんな味だっけ。すっごく気になる。

 何故だか、あのエリクサー、また飲みたいと思った。

 これだけ酷い副作用で死にかけた直後なのに。

 あと、何て言うか「飲んだだけで身体が全回復!」の爽快感って意外とバカにならないね。

 エルシィは謙遜して安物呼ばわりしていたけど、流石は天下のエリクサー様々って感じ。

 嚥下えんげ、即、真理へ到達。インスタント解脱。超越者の万能感をご家庭に提供。

 まあとにかく、エルシィを殺していなくてよかったよ。

 あの痛みが続いたら、最悪のショック死を迎えていたと思う。副作用は治してもらわなきゃ。 ーーそれにエルシィに作らせれば、また飲める。

 それに、実用性も非常に有効な逸品だった。まさかボクの戦術とあそこまでマッチするなんて ーーエリクサーを。エリクサーを。もっと飲まなきゃ損した気分だ。

 

「あのさ、エルシィ。エリクサーって、また作れる?」

「ダメですよ。飲みすぎたら依存症になってしまいますからね?

 あれはあくまでも、緊急用です!」

 肝心なことで使えないオンナだな。

 まあ、それなら首都で市販品を探すまでだけどね。

 エルダーが支配している都市なら、普通に売ってるでしょ。

 とにかく。

「とりあえず、ボクは今後、キミのおばあちゃんの予言通りに動いてみるよ」

「はい」

「最初のターゲットは決めたよ。やっぱ、ワーキャットの君臨者から行くわ」

「わかりました」

「何も文句ないの?」

「……?」

「地球だと問答無用で死刑だよ? 5人くらいヒトゴロシをしたら。

 衛兵がうちまでやってきて、有無を言わさず胸を撃ち抜かれるんだ」

 ああ、とエルシィの顔に今さら理解の色が浮かんで。

「それも大地の営みであり、わたしたち人類という矮小な存在が干渉できることではない。それが、エルダーエルフの戒律です。

 そうでなければ、今の傭兵たちとのイザコザも力ずくで止めてましたよ」

 まあ、そうか。

「たしかに命は無為に奪っていいものではありません。

 でも、わたしだって昼にオークの人たちに狙われた結果、殺してしまっています。

 そのわたしが、レイさんだけを責めるのもヘンでしょう?」

「けど、この流れで行くとエルダーエルフの君臨者もチェーンソーの餌食にしなきゃならないよ?」

「五種族みな、命の重みは平等です。

 もちろん、五種族でないあなたの命も、おなじだけ大切な存在だと思います」

 一応、話し半分に受け取っておくけど、理解があるお助けNPCで助かるよ。

「首都の闘技場コロッセオにおける現チャンピオンが、ワーキャット……“反応力の君臨者”です」

 エルシィがさらりと教えてくれた。

 いや、この程度のことなら、ボクだけでも早晩耳にしていた情報だな。

「“英雄闘士”フョードル・ズァドルさん。敏捷性だけでなく、その知力も種族では世界一の人です。

 現在、ワーキャットの人々はみな、彼を種族の希望・神の使者として崇めています」

「へぇ。コロッセオね。やっぱ、対戦相手を合法的に殺せるわけ?」

「はい。人気のある選手とか、いい試合を見せた選手とかは、観客の意向次第で助命を求められますが」

 あー、フョードルがスター選手だとするなら、十中八九、殺すなコールが巻き起こりそうだね。

 でも、ボクがそんな忖度するとでも?

 ワーキャットとして生まれてきただけで、ボク的には死刑相当だから。

 

「ところで」

 エルシィが、新たに口火を切った。

「まだひとつのケースしかみてないから断言もむずかしいのですが……レイさんの魔法センス、ちょっと複雑ですね」

「そう?」

「はい。この点だけをいえば、エルダーエルフに近い性質だと思います」

 やめてくれ、気持ち悪い。

「もちろん、何もかも条理のちがう世界からきたから、発想が異質なのはわかるんです。

 けど、それにしても、こうも手際よく魔法を自作するというのはハンターエルフの知識層(最大知力:120)に相当すると思います。

 クオリティとしては、子供のイタズラくらいなんですけど」

 ああ、下等生物には分不相応って意味ね。

「ハビエル法におけるステータスは、絶対正しいんじゃないの」

「はい。だからふしぎな矛盾なんです」

 ボクの顔を上目遣いに覗き込む紫瞳は、やっぱり女児のように幼かった。

 こう言う思索の時くらい、超越種らしい老成だとか深遠なる叡智の光だとかがそこに宿るものだと勝手に思っていたけど……彼女のそれは、どの角度から見ても未熟な小娘でしかない。

 これもまた、種族としての格差と断絶なのだろうと、改めて思い知らされた。

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