ルシャールの乙女

城島まひる

1話:盗賊と路地裏の怪物

ルシャールの乙女の一人オスタルは、キトンの上に透き通った白いローブを被り、しなやかな四肢をすっぽりと隠していた。砂漠の街アルク=エプの露天商たちは警戒心を隠そうともせず、横目にオスタルを観察していた。しかしオスタルの人懐っこそうな笑みに、日に日にその警戒心を解いていった。

オスタルがアルク=エプに滞在を始め14日目。露天商が集う広場で事件が起きた。アルク=エプに住まうものであれば、知らないものはいないだろう。盗賊、巨漢のヴィブルと細身のラプームだ。

ヴィブルとラプームはアルク=エプに初めて訪れた宝石商を狙い、店の準備中に盗みを働いた。しかし勘の鋭い宝石商は陳列させた宝石が、偽物とすり替えられていることに気づき、近場にいたヴィブルとラプームに声を掛けた。

宝石商は不審な人物を見なかったかと尋ねようとしたが、ヴィブルとラプームは声を掛けられるなり、一目散に逃走を図った。その正体に気づいた露天商たちが、二人を捕まえようとすると、ヴィブルは革袋からダマスカス鋼のナイフを取り出し振り回した。露天商たちが怯んだ瞬間、その隙に細身のラプームは軽々と跳躍し家の屋根へ飛び乗った。

「相棒!」

「おう受け取れラプーム!」

屋根の上にいたラプームに、巨漢のヴィブルが自慢の腕力で盗んだ宝石を空高く投げる。ラプームは数歩前に出て、宝石をキャッチするとそのまま裏路地へ飛び下りる。宝石商はラプームを追いかけ路地裏に入っていたが、その後ろを追う者は誰一人いなかった。

「どうして誰も後を追わないのです?」

盗賊たちの犯行の一部始終を見ていたオスタルは、ダマスカス鋼のナイフで露天商を威嚇するヴィブルを囲む野次馬に尋ねた。すると配達員の男が振り返り、オスタルの疑問に答えた。

「ああなんでも、あの路地には怪物が潜んでいるらしいんだ。一度入ると二度と戻れないって噂さ」

「でも、あの盗賊さんは躊躇なく入っていきましたよね」

オスタルは再度疑問をぶつける。と同時にヴィブルがあげた大声によって会話は途切れた。どうやらヴィブルが、ダマスカス鋼のナイフを使って野次馬を脅しているようだった。

「さっさと道を開けろ!血を見てえのか!」

野次馬たちはそそくさとその場を離れ、それを追うようにヴィブルが続く。やがてヴィブルは宝石商が入っていった、路地裏の入り口に着くと建物の影に消えていった。また取り逃がしちまった、とぼやく露天商たち。盗賊たちも姿を消し、野次馬たちも熱が冷めたことでその場を立ち去ろうとしたとき。

「うあああぁ───っ」

路地裏の入り口近くにいた若者が悲鳴を上げた。一瞬にして悲鳴を上げた若者に注目が集まる。当の若者は腰を抜かし、地面に尻をついていた。そして若者の視線の先、そこにあったものを認識した瞬間、皆がパニックに陥った。そこにあったのは赤黒い肉がこびり付いた頭蓋骨。それも先ほど路地裏に入っていった宝石商のものであろう、帽子を被った頭蓋骨だった。

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