愛しい時間

東 里胡

愛しい時間

 入荷待ち半年のアロマキャンドルが届いたのは、記念日の前日だった。


 

 電気を消した部屋で、テーブルの上に置いたキャンドルに火を灯す。

 ぼんやりと優しい蜜色の灯りが、仄かに部屋の輪郭をゆらゆらと映し出す。

 暗闇の中で、ほんのり漂う甘い匂いに、テーブルの向こう側で彼女は微笑んだ。


「ちっちゃい頃の誕生日ってこんな感じじゃなかった?」


 どこか期待したような顔をした美羽の瞳の中で、キャンドルの炎が揺れていた。

 

「で? なあに? 話って」

「さあ、なんだと思う?」


 はぐらかすように笑ってみせたら、眉間に皺を寄せて、いじけたような顔をする。

 その顔が好きだから、ついついイジワルしたくなってしまうんだ。


「ではクイズです! 第一問、今日は何の日でしょう?」


 チッチッチッと急かすように秒針の真似を始めた僕に向かって、焦ったように手を挙げて。


「ハイッ!! 私と瑠衣が付き合って3年記念日です!」

「正解! さすがです、美羽さん。ただ答えはもう1つあるでしょ? 第二問、ヒントは、なにかの2年記念日、さてそれは?」

「ハイハイハーイ!! 私たちが一緒に暮らし始めて2年記念、だよね?」

「正解です! では正解者の美羽さんには、景品としてこちらを授与いたします、どうぞ」


 後ろ手に隠していたブーケを、彼女に手向けた。

 彼女が好きな、白い薔薇とアイビー。

 美羽は目を輝かせて、微笑んだまま花の一輪、一輪を愛しむような目をしながら受け取ると。


「まるで、花嫁さんのブーケみたいだね」

「ピンポーン!! 三問目まだ言っていないのに、なんでわかったの? 大正解です」

「え?」


 胸ポケットに隠し持っていたものをテーブルの上にコトンと置いた。

 掌サイズの真っ白な箱、蓋を開いたら中からペアリングが顔を覗かせた。

 キャンドルの灯に反射するように、淡く優しく輝いた小さな方の指輪を取ると彼女の左手を握る。


「僕と結婚してください」


 君と出会って、天真爛漫な明るい笑顔に惹かれた。

 おっとりしているようで、時々とんでもないあわてんぼう、焦った顔も愛しくて。

 誰よりも僕を想い、優しい人。

 クイズや謎解きが二人とも大好きで、ミステリー小説が旅のお供。

 側にいたい、このままずっと側で、なんて。

 初めて湧いた感情を形にするのなら、やっぱりこれが一番自然だった。


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