第3話 101


「おはようございます」


 鈴の音のような声が耳元で聞こえて、がばっと起きる。

 目の前には、にこにこ微笑んでいる彼女が変わらない姿勢でいる。


 僕はといえば、同じようにソファにいた。映画を見ていていつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ほぼ彼女に抱き着いている姿勢でいることに気づき、


「ご、ごめん」


 体に残った柔らかい感触に、罪悪感を抱きながら謝る。


「なにをですか?」

「なんでもないです。それより充電終わりましたか?」


 彼女は手の平をこちらに見せてきた。


 101。


 おかしいな。目を凝らして、もう一度みるが、やはり101だ。


「……超えてるよね」

「え、どういうことですか?」


 彼女は不思議そうに小首をかしげた。


「101パーセントですよね」


 彼女は首を横に振った。


「いえ、残り電気容量が101ということです」

「パーセントじゃないんだ……ちなみに満タンまで残りいくらです?」


「299899です」


 あまりの大きさに衝撃を受ける。

 8時間ほど眠っていたようだから、1時間あたり12.5増えるということだ。つまり、1日かければ300回復し、299899まで回復させようとすると……

 単純計算なら999日かかる。


「3年! って満タンまで充電するつもりはないですよね?」


 急に彼女は切なさそうな顔をすると、僕の目の前に顔をすっと寄せてきた。


「だめですか?」

「いえ、OKです。余裕です。満タンまでいきましょう」


 僕は親指を立てて承諾する。

 そういうと彼女はくしゃっと破顔した。

 彼女のそんな顔を見て断られる男なぞ、この世にいないだろう。

 このアンドロイド意外としたたかだ。

 僕がチョロいという話もあるけれど。


「……僕は朝食を作りますけど、食べられないですよね?」


 一応確認すると、彼女は申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい」

「い、いえ、気にしないでください。食べてきます」

「あ。待ってください」


 部屋から出ようとしたが、呼び止められる。


「私、作ります。充電させていただいたお礼です。一宿一飯のなんやらです」


 そういうと自らケーブルを抜き取った。


「途中で抜いていいんですか?」

「大丈夫ですよ」


 彼女は冷蔵庫の中をのぞきこむと、エプロンをつけ始めた。

 水が流れる音、食材を切る音、鍋の水が沸く音。

 そして彼女の背中があり、僕は何をするということでもなく、それを眺めている。


 なんとも幸せな光景だ。

 次々と食事が出される。

 みそ汁、ごはん、卵焼き。いい匂いが立ち込める。


「簡単なものですが」


 申し訳なさそうな顔をする彼女。


「い、いえ、おいしいです」


 自炊などあまりしない。

 ご飯なんて炊いてたっけ。パックご飯か。


「そういえば、お名前は?」

「西岡っていいます。西岡キョウイチ」

「キョウイチさん、いい名前ですね。私は――サクラといいます」


 彼女は僕が食べているところを、にこにこしながら眺めていた。

 一緒に食事をしていて自分だけ食べるというのは、どうも落ち着かない。

 アンドロイドと食事というのはこんな気持ちになるのか。

 食べ終わったあと、食器を洗う彼女に尋ねてみる。


「……このあと、マトリックスっていう映画みます?」




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