第2話 「…で、なんで俺に相談?」

 〇里中健太郎


「…で、なんで俺に相談?」


 目の前の朝霧さんは。

 腕組みをして、首をすくめた。


「ナッキーに言うたらええやん。あいつが言い出しっぺやし。」


「それはー…」


「だいたい、おまえ社長やぞ?イヤやったら忙しいとか何とか言うて断ったらええやんか。」


「そ…それは…」


「まあ、珍しい組み合わせで遊びに来てくれたし、俺はええねんけど。」


「……」



 ここは朝霧邸。


 今日、俺は…朝霧さんの言う『珍しい組み合わせ』で、ここに訪れている。



 珍しい組み合わせ。

 それは…




 そもそも。

 今日、こういう運びになったのは。


 昨日の、がキッカケだ。






「SHE'S-HE'SとF'sのコラボアルバム。ぶつかり過ぎてカオスになる可能性もあ…」


「え――!!いいじゃん!!やろうやろう!!いいよね!?ケンちゃん社長!!」



 夏の陣から二週間。

 高原さんの退院を待って、打ち上げが開催された。

 その席で、神がSHE'S-HE'SとF'sのコラボアルバムを提案した。

 アズが盛り上がりまくって、高原さんからもゴーサインが出た。



 スーパーバンド同士のコラボなんて。

 むしろ失敗しそうで考えたくもなかったはずなのに。


 話を振られた瞬間、俺の脳内には明るい展開しか浮かばなかった。



 だが。

 問題は、その後だ。



 まだまだ続く宴の途中。


『みんな、酔っ払ってるか?』


 突然、高原さんがみんなを見渡して言った。


「まだ飲み足りませーん!!」


 あちこちからそんな声が上がり、高原さんが笑顔になる。



「里中さん、飲んでます?」


「あ、ああ。」


 オタク部屋で一緒だった本間に声を掛けられた。

 夏の陣では、DANGERの鍵盤としても活躍してくれた本間。

 今後もサポートメンバーとして…


「そう言えば、音楽屋から来てたアンプは全部修理出来たか?」


 本間の顔を見てると、急にオタク部屋が懐かしくなった。


 ああ…色々解体したい。

 そして組み立てたい。

 あれもこれも直したい…!!


「もう全部修理してますよ。今は映像班から改良を頼まれ…あれっ…」


 本間と話してる最中、突然会場の明かりが落ちた。

 何だ?と、みんなが天井を見上げると。


『飲んでる最中悪いが、ちょっと観て欲しい物がある』


 ライトが当たった高原さんが、会場を見渡して言った。


『実は、冬の陣まで取っておくはずだったが…』


 ん?

 冬の陣まで取っておくはずだったが…って。

 この人は…また何か企んでるのか?


 ワクワクしてる輩が大半だろうが。

 どうも俺は高原さんの身体が心配で仕方がない。


 だいたい、今日はマイクを持って喋ってる。

 いくら座ってるとは言え…ずっと壇上にいるなんて。

 大丈夫なのか?

 隣にさくらさんがいるし、顔色も悪くはないが…


 ……ああ。

 俺、最近世話焼きオジサンだよなあ…



『じゃ、始めてくれ』


 高原さんがそう言うと、スクリーンに映像が映し出された。

 ギターが一本置いてある…これは、スタジオか?


 そう思いながら、そばにあるグラスを手にする。


「あ…ええええ…」


 隣にいた本間が、変な声を出してスクリーンを指差した。


「さっ…里中さん!?」


「……」


 本間の指先を追うと。

 さっきまでスクリーンに映し出されてたスタジオに…


「んんー?あれってケンちゃんだよね?」


「どうした里中。若返ったな。」


「えーっ!?里中さん!?」


 お……おい。


 待て…待て待て待て待て待て…!!



 スクリーンには。

 若い頃の俺が。


 置いてたギターを手にして…



『いつの間にか…』


 歌い始めた…!!



「!!!!」


「おおおお――!!」


「里中さんじゃないみたいー!!」



 ぎゃ―――!!

 やめてくれ―!!



 確かに…確かに、この映像は俺が撮った。

 SAYSの解散後、路線変更に悩んでた頃。

 記録として…撮って……

 捨て…いや…渡米する時……


 …どうして残ってる―――!!




「ええ…里中さん…すごい…いい声…」


 どうしていいか分からず、周りにあった酒を手にしてはグイグイと飲み干す。


 な…なんで…!!

 高原さん…!!



「あっ。」


「おっ。」


 え。


 ワンコーラスが終わった所で。

 突然…バンドが加わった。


 え…?え?

 なんで…




 呆然と映像を見ると。

 若い俺の周りに…



「あっ、あのバンド。」


「The Darknessじゃん!!」



 それは…

 Leeと共に、夏の陣で衝撃のステージデビューを飾ったバンド。

 The Darkness…


 …なぜ彼らが…?




『偶然、この映像が残ってて』


 映像が終わって。

 高原さんがネタばらしを始めた。


『FACEを再現した方法で、里中とThe Darknessをコラボさせてみた』


 ……ええ。

 あの技術は素晴らしいですよ。

 ただ、なぜそれを俺なんかに使うんですか…!!



 もう、何を飲んでも酔えない。

 周りでは色んな顔が、なぜか俺の歌に関して大絶賛中だが…


 …俺はリタイアしたんだ。

 バンドも、ソロも。

 ギターも…歌う事も…!!



『冬の陣では、このバンドで出演だな』


「ぶっ。」


「ぎゃー!!里中さん!!何吹き出してんですかー!!」


「えっ、あっ、いや…ちょっ……」


 俺はグラスを本間に押し付けて、ツカツカと高原さんの元に歩くと。


「あの、俺は…」


 出演しません。


 そう言おうとしたが…


「ありがとうございます!!里中社長!!よろしくお願いします!!」


 The Darknessの園部姉弟に。

 深く頭を下げられた。






「で?真人もイヤなん?」


 朝霧さんは立てかけてあったギターを手にして、Deep Redを弾き始めた。

 ああ…これ、ずっと聴いていられるやつだ…


 …でも、今は…!!


「イヤ…イヤと言うか…」


 俺の隣で仏頂面をしてるのは。

 The Darknessのリーダー、園部真人。


 俺より五つ上だったっけ。

 園部楽器店主。



「里中、SAYSん時とは歌い方も楽曲も違うておもろいな。」


 朝霧さんはそう言いながら、打ち上げで流れた俺の曲を弾き始める。

 …あの一度の映像でもう弾けるとか。

 さすが。



「…楽曲が面白いのは、アレンジのおかげです。」


 俺が本音で言うと、隣で園部真人が目を細めた。


 でも本当だ。

 俺の迷走してばかりの曲が、あんなにカッコ良く聞こえたのは…

 The Darknessのアレンジのおかげだ。

 俺のアコギ一本の歌じゃ…



「…夏の陣の翌日、高原さんに呼び出されて…」


 園部真人が、少しだけ拗ねたような口調で話し始める。


「病院に行くと、音源聴かされて…これをバンドでやってくれ、と。」


「あはは。あいつホンマ、おとなしく寝てろっちゅーねん。」


 …この部屋の空気が重たくならずに済んでるのは。

 俺と園部真人がどれだけ暗い顔をしてても、朝霧さんが笑ってくれてるからだ。


「で?若い奴らは?」


「…その場で即OKでした。」


「ほー。それで真人も受けたっちゅー感じ?」


「……」


 朝霧さんの問いかけに、園部真人は一瞬息を飲んで。


「…若い奴らが受けたから…って言うのもゼロではないですが、俺も断る理由はないと思いました。」


「え。」


 つい、間抜けな声を出してしまうと。

 朝霧さんと園部真人が同時に俺を見た。


「…聞いた瞬間から、俺にとってはロックでした。だから帰ってすぐ全員でアレンジして…翌日には完成しました。」


「……」


「Leeの時とは違う。たぶん…根っこが似てるんだと思います。だから共感もできたし…アレンジも楽しかったー…です。」


 園部真人の言葉は…俺にとって意外過ぎるものだった。


 …根っこが似てる?

 共感…?



「…なあ、里中。」


「…はい。」


 朝霧さんがギターをスタンドに立て掛ける。

 それだけで…

 何となく…


 聞かれたくない事を、聞かれる気がした。






 〇園部真人


「…なあ、里中。」


「…はい。」


 ……


 何なんだ。

 この…緊張感。



 今日、俺はー…バンドの今後についてを朝霧さんに相談したくて。

 あと…

 昔の事ではあるけど、俺が朝霧さんの隠し子だって騒動に巻き込んでしまった奥さんに謝りたくて。


 朝霧さんの家に来た。


 すると…


「…何で。」


「…そっちこそ。」



 家の前で、里中にバッタリ。


 そして、謝りたかった奥さんは留守だという…残念な…




「…里中、あのビデオ見せたろか?」


「……はい?」


「里中少年が俺のために撮ってくれたビデオ。」


「はっ!?」



 緊張感漂ってたはずなのに。

 なぜか朝霧さんがニヤニヤしながら言った『ビデオ』に、里中は立ち上がって。


「何で今それを~!!」


 全力で拒否してる。



 ……なんだろーか。

 朝霧さんとこいつが仲がいいと…

 ちょっとムカつく。


 大人げないな。

 分かってるけど。



「分かった分かった。里中はシャイやな~。」


 そう言って、里中の頭をワシャワシャ。


「なんなんすかー!!もー!!」


「あははは。可愛いやっちゃな~。」


 ……うん。

 なんか、ムカつく。



「で?二人とも冬の陣に出るの嫌なん?」


 アイスコーヒーを手に、朝霧さんが俺と里中を交互に見る。


 俺は…

 全然嫌じゃないんだけどな。

 むしろ一緒にやりたい。

 高原さんには『みんな出来そうなので俺も頑張ります』なんて…

 本当はやる気満々なのに、子供達の手前カッコつけてしまった。

 …こういう所がな~…俺は…



 しかし正直、冬の陣だけって事になると…困る。


 歳を考えても、遅咲き過ぎる俺が夢を見ていられるのもあと数年だ。

 だったら、やれる間にやり遂げたい。

 もう終わったと思ってたプレイヤーとしての夢を…

 もっと見たいんだ。



「俺はー…」


 ヤバイ。

 里中は嫌なのか?


 何としても組んでもらわなければ!!



 そう思った俺は、里中より前のめりになって。


「俺は出る気満々です。ていうか、The Darkness全員が、里中…社長と組んでやっていきたいと希望してます。」


 何か言い出しそうな里中を遮る形で、早口に言った。


「そら楽しみやな。企み通りんなって、ナッキー喜ぶんやろな~。」


 朝霧さんは満面の笑みで。


「…はあ…」


 里中は、俺の隣で溜息をこぼした。



 ぶっちゃけ、合うか合わないかは分からない。


 でも。


 俺はそんな事言ってられないし。

 何より…

 あれ以外にももらった、里中の曲を気に入ってる。



 絶対、里中をその気にさせてやる…!!





 〇朝霧真音


「…はあ…」


 やる気満々な真人とは裏腹に、里中は溜息。


 うーん…

 どうなんやろなー。


 里中に、なんでSAYS解散して路線変更したんか聞きたかったけど。

 もう、顔に書いてあった。


『何も聞かれたくない』て。



 SAYSは里中と京介と小野寺のスリーピースバンドやった。


 …そう言えば。

 SAYS自体も、骨太ロックに落ち着くまで迷走してたなあ。

 ハイトーンでシャウトしまくるメタル系やった事もあったし…

 里中、金髪にしてたなあ。


 ま、もう過去の事はええとして……言うても。

 過去の曲をほじくり返して、バンドでやらせよ思うてるからなあ。


 全く、ナッキーめ。

 仕事増やしおって。



 ナッキーが里中に何かを残してやりたい思うてるのは分かる。

 里中は帰国してオタ…修理部で機械いじりをしながら、誰よりも信頼されるプロデューサー兼エンジニアとしてビートランドに欠かせん存在になって。

 さらには社長になった。

 それでも…ナッキーは足りひん思うんやろな~。


 まあ、分かるで。

 元々里中はプレイヤーやし。

 いくら現状に満足してる。て本人が言うたとしても。

 口ばっかやろ。そんなん。


 客席からの歓声。

 自分を照らすライト。


 一度でもあの快感を知ったら。





 戻りたくないわけ、ないやん。

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