第30話 真相




 「リリスを、覚えているか……?」


 倒れたザラギアにのしかかり、怒りに震える声でリューリが問う。

 今すぐにでもぶちのめしてやりたい気持ちはあるが、あの惨劇の事を知らなくてはならない気がしたのだ。


 あの日あの時、リューリはほとんど訳も分からないまま、ただ生き残る為に魔物と化した妹を殺した。

 そして今、アマミヤから妹を魔物にした黒幕の事を聞き、そいつをぶちのめしてスカッとする為に、あの日から引き摺っているものに決着をつける為に、ザラギアを殺そうとしている。


 だが、決着を付けると言うなら、ザラギアからも、あの時の事を聞く必要がある。『何故、俺の妹は魔物にならなくてはいけなかったのか……?』と。


 「あぁ? なんでアイツの名前が出てくるんだよ」

 「俺が、アイツの兄だからだ」

 「じゃあお前妹殺しかよ!? 酷え事するよな……アイツ言ってたぜ、歩いてお兄ちゃんに会いに行きたいって」

 「お前っ……お前がアイツをあんな風にしなければッ!」


 煽る様なザラギアの口調に、リューリも思わず語気が荒くなる。


 「ん? ああ、歩きたいっつーから力貸してやったらなんかぶっ壊れちまったんだよ」

 「は……?」


 ザラギアは、『ちょっと失敗しちゃった』とばかりにあっさりと白状した。

 悪びれる様子も、いつものように人を見下した感じも無く、淡々と。

 リューリは、言葉を失う。


 「いやな、アレで寄生の宿主だ。ソイツの頼みを悪い様にしたくなかったんだが、いかんせん、急に魔力を増やし過ぎたわ……」

 「えっ……え?」


 リリスの為に、やったってのか……?

 でも、結局リリスは暴走したからザラギアは悪くて……でもそれはリリスが頼んだからで……


 「アマミヤにも天使の瞳を分けてやったのに暴走しやがって! 酷え酷え!」


 リューリの困惑をよそに、ザラギアは愚痴を吐く。

 その苛立った態度に、嘘は感じられない。


 (じゃあ、ザラギアはリリスの為に力を分け与えただけ……?)


 リューリは手を離していた。


 「あ? 今更ビビったのか腰抜け」

 「い、いや……もう……お前を殺す理由が、無くなっちまった……」


 ザラギアは性格も口も悪く、人を見下す自信過剰なカスだが、それでもリリスの数少ない隣人だった。

 結果としてリリスを暴走させてしまったけれど、あの寂しい入院生活で、きっと話し相手としてリリスの心の支えになっていた筈だ。

 そう思い至ると、リューリは、ザラギアを殺せなくなっていた。


 「いきなり襲い掛かられてボコボコにされたアタシの気はどう晴らしゃいいんだよッ!」


 「それは、負けたお前が悪い……頼むから、もう俺と一切関係の無い何処かへ行ってくれ……お前とは、もう関わり合いになりたくない……」


 「チッ、全部自業自得だろうがっ!」


 そして、散々に捨て台詞を残し、ザラギアはコロッセオから立ち去って行った。

 リューリは、その背中を呆然と見つめる事しかできない。




 「なぁアシェッタ、今までのって無駄足だったのかな……? だとしたら俺は、皆んなをそんな事に巻き込んで———————」


 リューリは自分の言葉が行動と矛盾しているのを理解していた。

 ザラギアを見逃したのはリューリだ。

 だが、アシェッタを命の危険のある戦いに巻き込んだ結果がコレでは、もう自分を許せない。

 リューリは、アシェッタに裁かれたかった。


 「リューリ、それは違うよ。」


 リューリの懺悔を、アシェッタはキッパリと否定した。

 だが、リューリにその真意は伝わっていない。

 故にリューリは、アシェッタに縋り付き、問い質す。


 「なら、何の意味があったって言うんだよ、俺は……俺は……結局、居もしない悪役を追い続けただけじゃないか!」


 「それだよ。」


 「は?」


 「ザラギアと戦った事で、『悪役なんて居やしない』って事が分かった。だから、戦った価値はあるし、私も無駄骨に付き合わされたとは思ってないよ。」


 (それじゃ、あまりに労力と成果が釣り合っていない。それで俺が許されたとして、それではアシェッタの優しさに甘えているだけだ……)


 リューリは俯き、鏡に映る自分の顔を睨むかの如く、苦しそうにしている。

 アシェッタは今のリューリの姿に過去の自分を重ね、過去を反芻した。

 それは彼女の育ての親、賢龍バルムンク最期の言葉だ。


 『アシェッタ、確かに穏健派は全滅する。だが、無意味ではない。新しき龍、アシェッタ、お前が残る。それはきっと、何より意味のある事だ……』


 その後、アシェッタはリューリと出会い、命を分け合った。

 ならばこそ、あの時自分が残ったのには意味があると、アシェッタは思う。

 それが彼女の根底だ。


 「リューリ、どんな事にも必ず意味があるんだ。この戦いを経て、きっとリューリは過去から一歩先へ踏み出せる。それは、無価値なんかじゃない。」


 アシェッタの言葉には、まるで直に見てきたかの様な重みがあった。

 流石のリューリも押し黙る。

 そして、アシェッタへの罪悪感で弱音を吐いた自分を恥じた。


 「アシェッタ、情け無い所を見せちゃったな……」

 「いいよ、私達はもう、一心同体なんだから。」


 アシェッタの腕が、リューリの肩にそっと添えられる。

 リューリはその腕に手を添え、優しく呟いた。


 「俺もいつか、お前の強さを受け止められる様になりたいな」


 リューリの言葉にアシェッタは笑顔を返し。


 「なら、私はリューリの強さを支えられる様になりたい」


 そして二人は、己の誓いを相手に刻み付ける様に、静かに唇を合わせた。

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