第3話 青い髪のエルフ2

 滝の真横のがけに沿って、ほんのりと緑の入った白い壁でできた建物がある。その一階から四階はこの村唯一の図書館であり、住民はいつ何時でも出入りができる。

 図書館には膨大な量の本――つまり他国の本は一切なく、エルフ族に伝わる魔法書、エルフ族の伝記や宗教の本、それに農耕や建築の専門書など――が、一階から四階の本棚を埋め尽くし、幼少期から毎日通い続けたアルムはその本をほぼ読破していた。


 ――アルムがまだ外の世界を知らない、とある日のことである。


 それは図書館の四階、窓に面した階段の真反対に位置する奥の本棚で起きたこと。彼女は本に手をかけた時になんだか違和感を感じた。初めはその本に違和感を感じたのかと思い、手に取ってパラパラとめくってみるが特に不可思議なことがないと分かると、本を閉じて今度は何気なく本と本の隙間から背板せいたのない本棚の奥をのぞきこんでみた。


 すると、そこにはあるはずのない扉らしきものが見えた。本を三、四冊どかしてみる。気のせいではない、そこには確かにがあった。アルムの背よりも高い、古く立派な木造の本棚の真後ろにそれは紛れもなくある。崖にそって建てられた図書館、この扉の向こう側にもし部屋があるとしたら、それは崖を削ってまでも作られた部屋となる。


 部屋の一番端に位置するこの本棚の左側面にちょうど体一つ分の隙間がある。彼女は試しに本棚の横から覗いてみた。壁と本棚は隙間なくビッチリとくっついていて扉の所在は掴めなかった。周りに誰もいないことを確認してから、アルムは本棚を引っ張って動かそうと試みた。ピクリともしない。目一杯の本が入った本棚は彼女には重すぎた。


「まぁ、いいっか……でもなぜここに扉が? ん~やっぱ気になるなぁ……」


 アルムは図書館の一階にある『エルフ村フェンリルの成り立ち』という本の第三巻第三章に書いてあるこの図書館の設計図を思い浮かべた。

 『エルフ村フェンリルの成り立ち』は村の歴史や当時の建物の設計図、村人一人一人の名前、その当時に何をしたかなどが事細かに書いてある書物だ。なんと背表紙が一五センチはある分厚い本は全四十一巻もある。その四十一巻もの本は恐ろしい事にまだ終わりを告げていない。

 どうやら一部のエルフ族は村が亡くならない限り、永遠に書き続けるつもりらしい――ネバーエンディング・ストーリー。


「くだらない……」


 アルムは四十一巻の本が、延々と上司の指示を待ち続ける兵隊のように本棚に整然と並んでいる情景を思い浮かべて、吐き捨てるように言った。恐ろしく細かい事を面白みもなく書かれた本を、好き好んで読む人は誰もいない。ともかく暇を持て余したアルムはエルフ族で唯一全巻読んだ人だった。


「設計図にはこの先に部屋など一切書かれてない。やはりおかしい……。本にあれほど細々こまごまとどうでもいいことを書き連ねてるのに、書き忘れることなんてある?……」


 彼女は誰にも聞き取れないような小さなため息を漏らし、それから「よし!」と心の中でつぶやき行動に移した。辺りを見渡し人がいないことをもう一度確認する。まずは大量の本を本棚から丁寧に出して床に積み上げていった。本棚を空にすると精一杯の力で本棚を引っ張った。


 動かない……。何度か彼女はありったけの力で動かそうとした、びくともしない。足元を見てみる。そこで初めて本棚がネジで固定されていることに気づいた。彼女は大きくため息をついた。


 ***


 一度家に帰りドライバーを取ってきたアルムは、勝ち気な表情を浮かべながら本棚を床に固定しているネジを外した。二箇所のネジを外すと力いっぱい本棚を手前に引っ張る。最初こそ動かない気配だったが、更に力を加えると本棚は重い腰を上げるようにズルズルと動き出した。

 本棚とその後ろにある扉の間にアルム一人分入れるスペースが出来ると、すぐさま扉の取手を引いてみた。そして押してみた。ほこりをかぶった取手はピクリともしない。


「まったく!」


 なぜかアルムは本棚を動かしさえすればすぐにでも扉の向こうへと行ける、そう思いこんでいた。隠された扉がそう簡単に開くわけもない。彼女は取手の周辺に鍵がないかどうか調べた。特に鍵穴は見つからない。


 取手の横に人語でもエルフ語でもない文字みたいな模様が四行書かれており、その隣に手形のような模様があった。怪しいと言えばそれぐらいだ。大した期待もせず、彼女は手形のような模様に自身の右手を合わせてみた。

 しばらく手を添えていると……呪文を唱えたわけでもない、念じたわけでもない、それなのに手の平がボワッと鈍く緑色に光りだした。魔法を使うことがない限り、手の平が光りだすことはない。そこには暖かみも感じた。


 ――ガシャンと鈍い音がした。


 手形模様から右手を外し、その右手で扉の取手を恐る恐る触り、回して押してみた。ギイイっという音と共に扉が開いた。

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