第4話

「起床、起床!」

 図太い男の声で小林は目を覚ました。

 ――いててっ。

 頭を前後に傾けただけで激痛が走る。酷い二日酔いだ。

 しかし、いつもの寝起きとは違う違和感のある空間。湿気でカビ臭いくすんだ布団に包まっている。部屋の天井には監視カメラ。

 そう、小林は檻の中に閉じ込められていた。

 連行された時のままのワイシャツにズボン姿。ポケットの中の携帯電話や財布は昨晩のうちに取り上げられてしまった。ズボンのベルトも自殺防止のために。

 昨日は「もう、どうにでもなれ」と思っていたものの、一夜明けて酔いが醒めると大変なことになってしまったと実感する。

「あの……私、ここから出してもらいたいんですけど」

 小林は鉄格子越しに、他の房の世話に忙しく動き回っている警官に尋ねてみた。

「ちょっとこっちではわからん。ここは留置係やから」

 素っ気ない返答が終わらないうちに、また向こうへと立ち去って行った。

 ――そうか、留置されてしまったのか。でも、「留置」って何だろうか!? 

 今は歯磨き、洗面の時間らしい。留置係の警官たちは一つ一つの房の鉄格子を開け、収容されている輩に洗面所の水道を使わせている。留置場のいちばん端にある小林の房まで順番が回ってくるにはそう時間がかからなかった。

「この後、私はどうなるんですか」

 小林は顔を洗いながら、横で動静を観察する警官に聞いてみた。

「君は昨日の夜、交通課から回されて来たんやろ。警察では四十八時間、勾留する権限があるんや。取り調べは早くて今日、今日じゃなかったら明日はあると思うけど」

「えっ!?」

 一瞬、小林は硬直してしまい動けなくなってしまった。

「先ずは取り調べが行われて、その後どうするかは交通課の判断次第なんやけど」

 警官が続けた。

 取り調べが明日までかかるかかもしれず、その内容次第でこの先、どうなるかもわからないということか――。

 人間、落胆の度合いが激しい時は全身の力が抜けるというが、当にこの時の小林がそうで、洗面が終わって再び檻の中に戻された時はへなへなと足元から崩れ落ちてしまった。

 ――どうにかしてここを早く抜け出さなければいけない。どうでもしてこの状況を打開しなければいけない。

 未だ酔いの残る頭をシャキッとさせようと、鉄格子の配膳口から配られた朝食のコッペパンとコーヒーを無心に貪りながら一心不乱に考えていた。

 このままシラを切り通すべきか、はたまた潔く全てを認めるべきか――。しかし、こうなった以上、どちらに転んでも好転するような見通しはつかなかった。

 ただただ時間だけが過ぎていく。いや、時計もないので時間もわからない。輩から「担当さん」と呼ばれている留置係の警官も「本でも読むんやったら言ってくれ」と文庫棚の本を指差し、それ以外、特に収容者に対し処遇があるようではない。

 グゥーゥ。

 小林の腹が音を立てる。昨日の飲み過ぎで下痢気味のようだ。

「担当さん、便所に行きたいんですけど」

 手持ちぶさたに巡回する警官に尋ねた。

「あぁ、自由に行ってくれ」

 確かにそれぞれの房に便所は設置されてある。ただ、しゃがみ込んで用を足す姿が外からはガラス張りで丸見えだ。

「いえ。そうではなくて、上半身丸見えじゃないですか。カーテンでもないんですか」

「そういうものはない。それはそういうもんや」

 小林は改めて自分が犯罪予備軍で、公の権力によって権利が制限されていることを実感した。

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