第30話 お隣さんへのご挨拶

 お疲れ様会が終わった帰り道。

 周りはすっかり夜になっていた。

 横には栞がいて、後方にはカザリちゃんと久羽先輩の二人組が歩いて帰っていた。

 都合が良かったので早速、カザリちゃんとの一件を栞に報告した。


「えぇ!? 私達の関係がバレたぁ!?」

「声大きいって!! 栞!!」


 後ろを振り返ると、久羽先輩が首を傾げていた。


「どうしたの? 栞ちゃん」

「いいえっ、何でもないです、久羽先輩」

「そう? それじゃあ、私はここで。私の家はそこの角を曲がったところだから」


 そうか。

 そういえば、久羽先輩の家にお邪魔したことないな。

 俺の家から近いのは知っているけど。


 俺は頭を下げる。


「お疲れ様でした、久羽先輩」

「お疲れ様です、久羽先輩」

「お疲れさまでした。今日は楽しかったです」


 三者三様の挨拶をすると、久羽先輩が手を振って角を曲がっていく。


「うん。ありがとう。みんなお疲れ様。それじゃあね。動画楽しみにしているから」

「はーい」


 何故かカザリちゃんが返答したけど、編集するのは主に俺なんだよな。

 サイクル的に俺が編集する番だし、動画を観るに、カザリちゃんよりかは俺の方が編集技術は上のようだ。

 俺がやるしかない。


 カザリちゃんの方にも動画を上げてもらう手筈にはなっているが、コラボという形になったので、少しでも編集作業は手伝いたい。


 コラボ先であっても動画の編集が拙いと、動線を引く意味がない。

 コラボは双方に得があるからやる意味がある。

 マンネリ化を防ぐという意味合いもあるけど、期待して観に来た視聴者がガッカリするような動画にはしたくない。

 編集に二日はかかりそうだな。


 久羽先輩が姿を消すと、栞から服の裾を掴まれる。


「どうするのよ!?」

「どうするも何も。バレてしまったものはどうしようもないんじゃないのか?」

「ちゃんと誤魔化しておいたのよね?」

「誤魔化すも何も、確信してたからどうしようもなかったんだよ」

「はああああ」

「何だよ、そのどでかい溜息は」


 何を考えているのか、大体予想できるけど。

 どうせ、何も分かってない、巧は、とか思ってそうだな。


「あの子が秘密を守れるような人間に思える? 私は思えないけど」

「……それは、俺もそう思う」


 後ろを見ると、カザリちゃんは歩きスマホをしている。

 交友関係は詳しくは知らないけど、友達がいないようなタイプでは決してないだろう。

 口が軽いのに加え、交友関係が広かったらすぐに噂は拡散される。


「でも、そこまで悪い奴じゃないと思う」

「甘いわね」

「そうかな?」

「悪意が無くても、人間は他人に迷惑をかける生き物なんだから」

「…………」


 割と真理ついているな。

 独善って言葉にも善って言葉がつくように、善意が必ずしも他人の為になるとは思えない。


「親戚のおばさんの趣味が編み物なんだけどね」

「あ、ああ」


 いきなり話が飛躍したな。

 そして親戚のおばさんか。

 初めて聞く話な気がする。


「挨拶に行く度にこのぐらいの――」


 ジェスチャーで大きさを表現する。

 直径15cmぐらいか?


「小さめの編み物をくれるの。鍋敷きだったり、手袋だったり」

「ああ、いいじゃん」

「でも、柄がピンクと紫なの」

「お、おう」


 結構派手だな。

 鍋敷きは家で使うものだからまだいいとして、手袋でその色か。

 どのぐらい派手かにもよるけど、外につけるのは大学生だと恥ずかしいかもな。


「手袋をピンクと紫の二色で縫ったものをくれるのよ。しかもサイズが毎回小さ過ぎて手に入らないし!! ありがたいけど、迷惑なの!? しかも会いに行く度に、私が縫ってあげた手袋はどうしたの? って聞いて来るの!! 私にプレッシャーをかけてくるの!!」

「ま、まあ。親切心じゃないのかな」

「そう、まさにそれ! 有難迷惑ってこと。毎回荷物になるし、毎回私が縫ってあげたんだからね、苦労して!! って恩着せがましく言ってくるの!! でも、本人はいいことしてあげたって、完璧に思い込んでいる訳!! だから、私も何の反論もできないの!! 悪意なき善意にだって、罪はあるのよ」

「罪って……」


 話が大きすぎて論点がズレてきている気がする。

 言おうとしていることは分かるけど。


「カザリちゃんはむじゃきでいい子に見えるけどな」

「むじゃきって言葉を漢字で脳内変換してみなさい」

「むじゃきを……」


 無邪気。


 脳内変換してみた。


「滅茶苦茶、邪悪な漢字っぽくない?」

「そ、そうかな?」

「そうよ」


 文系っぽい会話だなー。

 理系の人が聴いたら意味不明とか思いそうだけど、ちょっと分かっちゃうな。

 残念ながら。


「とにかく、あの子とはこれ以上近づいたら駄目。これ以上あの子のペースに付き合ったら、どうなるか分からないわよ」

「うーん」

「何? 下心あるの? そんなにお近づきになりたいの?」

「そういうことじゃなくて!! どうせ、動画の編集の話し合いとかで会わないといけないってことだよ」

「じゃあ、動画の話し合いが終わったら?」

「ま、まあ、あまり会わないことになるかな」

「よし」


 栞がガッツポーズを取っている。


 仲がいいと思っていたけど、何だかんだで仲悪いのかな。

 女子の仲がいいはよく分からない。

 トイレで席を立った瞬間、その子の悪口言い出すからな、みんな一斉に。

 絶対本人気が付いていると思うんだけど。


 と、マンションが見えて来た。

 話し込んでいる内に、同棲している場所まで来たようだ。


「じゃあ、俺達ここで」

「そうそう。あなたは家に帰りなさい」


 シッ、シッ、と犬を追い払うみたいに手にスナップを効かせる追い払い方をするが、カザリちゃんは微動だにしない。


「? 私も家ここですよ?」

「は、はあ? 何冗談言って――」


 カザリちゃんは栞の言葉を無視して横を通ると、どこからか鍵を取り出す。

 そして、自然な動作で回すと、ガチャリ、と鍵が開いた音がする。


「ほら」


 キィ、と音を立てると、扉を開ける。

 どうやら、確かにカザリちゃんはこのマンションの住人らしい。

 全然気が付かなかった。

 しかも、


「お隣さん?」


 俺達の部屋の隣の扉の鍵を開けていた。

 物音なんてしなかったから、横の住人が誰なのか意識していなかったが、まさかカザリちゃんが住み込んでいるとは思わなかった。


「五月蠅かったら壁ドンしますね、お隣さん」


 カザリちゃんは、驚いている俺達二人を見て面白がっているような笑みをしたためながら、暗い室内へと足を踏み入れていく。


「それじゃあ、お休みなさい」


 こちらが返答する間を与えずに、部屋に入っていく。

 ガチャン、と鍵が閉まる音で、俺達二人は我に返る。


「物理的に離れられないわね」

「そうだね」


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