第27話 何を読んでいるかで人となりを感じて戦慄する

 大学の図書館でバイトをしてから、水上栞さんとは次第に仲良くなっていった。

 学部も年齢も一緒なのだ。

 講義でも被るようになって、近くの席に座ることもたまにあった。

 ただ、そういう時はお互いに友達がいるから、挨拶程度ですぐ会話は終了してしまう。


 一番会話するとなったら、やっぱり図書館だった。


「これ返却します」

「はい」


 俺が受付をしていると、かなりの確率で水上さんはやってくる。

 返却ボックスがあるのに、わざわざ受付で本を返却する人は珍しい。

 話をするのが楽しみになっている俺のように、水上さんも歓談したいのだろうか。


「俺からはこれ、返却します」

「早いですね。昨日貸したのに」

「どんな本でも大体一日で読めるので」


 俺は水上さんから私物の本を借りていた。

 毎日のように図書館に通っている水上さんはかなりの本好きのようで、家にもたくさんの本があるらしい。

 俺の家にも本棚が並んでいるので、本の貸し借りが始まった。

 本好きあるあるだろう。


 そして、貸し出しの頻度はかなりのものだった。

 児童向けの文庫本でさえも、本一冊読むのに数ヵ月かけて読む人もいる。

 俺は、鈍器になりえそうな単行本であっても、一日で読み切ることができる。というか、読んでしまう。

 勿論、自分に合わない小説は読む速度が落ちるけど、波長が合う作品を読む手を止めることはできない。

 それは、水上さんも同じなようだ。


「じゃあ、私も。これ、お返しします」

「水上さんも早いですね」


 内容が難しいので、本好きにしか読めないような本だったのだが、一日で読破していた。

 読む速度も早い。


「面白いし、楽しいですね。自分が絶対買わないものを借りるので新鮮で楽しいです」

「……俺もそうですね」


 水上さんに借りた本は色々あった。


 離婚した父親が転校先まで追いかけてきて、暴力を振るって金も奪う話とか。

 中学の同級生である意中の女の子がパパ活をしていて、そのパパ活の相手が自分の実の父親の話とか。

 虐待をする両親を殺して地面に埋めて後日確認したら、遺体が無くなっていて謎の人物に脅迫される話とか。


 全部闇を抱えている人間しか読まないような小説ばかりだった。

 怖すぎる。

 どこでこんな本を見つけてくるんだ。

 面白いけど、戦慄が走った。


「あの、何時ぐらいにバイト終わりますか?」

「えっ」

「いいえ、その、ちょっと本のことについてお話したくて」

「本、ですか……」

「嫌ならいいです、本当に……」


 そういう言い方すると断りづらいな。

 確かに、俺も本の話はしたい。


 本好き同士であっても話が合うのは珍しいので、もっと話したい欲求はある。

 昭和大正時代の文学作品が好きな人、推理小説が好きな人、歴史小説が好きな人、ライトノベルが好きな人、とか本好きといっても多岐に渡る。

 ここまで好きな本で話せる人間は、同じ服を着ている人間とすれ違うよりも貴重な存在だ。


 図書館で長話はできない。

 本の貸し借りの時に多少の会話するのは許容範囲だが、何分も話していたらマナー違反だ。

 ゆっくり話ができるなら、それでいい。


「今日は時間ありますか? 数時間、時間が欲しいんですけど」

「あります!」

「水上さん、声大きいです」

「す、すいません……」


 図書館から遠くまで行くのも億劫だし、そこまで知らない女子を遊びに誘ったら警戒されるかも知れない。

 今後も本の貸し借りがしたい俺としては、軽い人間だと思われたくないのでこの場所から近くて、お互いの趣味が共通で盛り上がられる場所がいい。


 フト、返してもらった本が視界に入る。

 ドラマ化、映画化もした有名な作品だ。

 作者が好きなので、デビュー作からずっと読んでいた。

 最近メジャーになってしまってちょっと寂しい気持ちになった作者の作品でもある。


 これだ。


 俺は下心なんてないことを証明するために、笑みを浮かべて完璧な答えを提示する。


「AV行きましょうか」


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