第21話 初めてのキスの味

 大学の構内で、久羽先輩を見かけた。


「あー、」


 久羽先輩、と話しかけようとしたら、三人の男の人達に囲まれていた。

 楽しそうに、背が高い男の人達と話している。

 物腰や見た目からして、男の人達が自分よりも先輩だと分かる。


 分かってはいたけど、久羽先輩ってやっぱり交友関係が広いんだよな。

 相談したいことがあったから丁度いいと思ったけど、後にしようか。


 踵を返して歩いていると、肩を叩かれる。

 俺が振り返ると、不機嫌そうな顔をした久羽先輩だった。


「コラ、どこへ行くの?」

「く、久羽先輩」


 気が付いてくれたのか。

 しかも、結構距離合ったのに、わざわざ俺の所まで来てくれたのか。


 逆の立場だったら、ウザいかなと思って俺なら喋りかけられないけど、久羽先輩がしてくれたら、素直に嬉しい。


「どうしたの? 何か喋りたそうにしてなかった?」

「いや、でも、あの、その話の途中じゃなかったですか?」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとキリがいい所で話は終わったから」


 チラリ、と背後を観ると、男性陣が滅茶苦茶睨んできてますけど。

 もっと久羽先輩と話したかったのが、ヒシヒシと伝わって来る。

 あの中に絶対、久羽先輩のガチ恋勢いるよ。

 じゃなきゃ、あんなに睨んでこないよ。


「どうしたの?」


 久羽先輩が振り返ると、一転して遠くにいる先輩方は満面の笑みを浮かべる。


「何でもないです」

「そう?」


 久羽先輩がこちらを振り返ると、先輩方がメンチを切って来る。

 普通に怖いんだけど、ちょっと笑いそうになる。

 ギャグかな? これは。


 先輩達を敵に回したくないので、以前と同じように場所を変更したい。


「じゃあ、あの、あそこのベンチで話してもいいですか?」

「中庭の? うん、いいよ」


 食堂に行った時は失敗した。

 あそこは人が多過ぎる。

 中庭だったら人が少ないし、ここから近いから人目は気にならないはずだ。


 それから、道中でも隣に並びながら話し始める。


「それで? あの子は大丈夫だった?」

「あの子?」

「水上さん。あの子、あの後、巧君達の家に行ったんでしょ?」

「ああ、はい。大丈夫でした。結局起きなかったので一泊しましたけど」


 そういえば、久羽先輩に報告してなかったな。

 連絡は大事だって大学に入ってから知った。

 上下関係に厳しい先輩だと、連絡入れないだけでキレる人もいるからな。


「二日酔いもないみたいで、朝、普通に家に帰って行きました。俺の家から近いみたいですね」

「そうなんだ! 良かった!」


 久羽先輩が手に持っている炭酸飲料を飲む。

 相変わらず、炭酸好きだな。


 俺は同じタイミングでコーヒーを飲む。

 炭酸は炭酸で好きだけど、口の中が甘ったるくなるから、たまには苦いものも飲みたくなる。


「水上さんって巧君の一個下の大学生だったよね? どこの大学なんだろ」

「あー、そういえばどこの大学か訊いてなかったですね」

「近くに大学何個かあるからね。外でバッタリ会うかも」

「ありえますね」


 実際、最初の出会いはバッタリ会った事から、こうして交流が続いている訳だから。

 改めて考えると、外で会ってから仲良くなるなんてことあるんだな。

 ファンとしてのバイタリティがえげつないな。


「そういえば、巧君。何か話したいことがあったんじゃないの?」

「あ、はい」


 そういえば、そうだった。

 楽しくてついつい本題からかけ離れてことを話し込んでしまった。


「実は、今度お花見の動画を撮ろうと思ってるんですよ」

「へぇ。いいんじゃない! 私もお花見行きたいもの!」

「本当ですか!? なら、一緒に来てくれませんか?」


 俺の突然のお願いに、久羽先輩が目を剥く。


「えぇ? 私も動画に出るってこと!?」

「そうじゃなくて。ただ俺の傍にいてくれるだけでいいんです。お金もそれなりには出します」


 顔出しで動画を出すのが当たり前になってきた世界であっても、やっぱり抵抗がある人はあるだろう。

 それでも、久羽先輩には傍に居て欲しいのだ。


「実はまだちょっと栞とギクシャクしてまして……。もしも久羽先輩が来てくれたら、きっとまた喋れると思うんです」


 ほとんど毎日動画では栞とは笑顔で話している。

 演技をしているが、それでも言葉に詰まったり、作り笑いをしていて精神的にしんどくなったりする時が多いのだ。


 別れてからは、不意に言葉が出なくなることが多くなって編集が大変だったりする。


「んー。でも、私がいるだけじゃ、2人でいるのと同じじゃない? 2人が黙り切った時に、私が喋り出さないと意味ないよね?」

「……そうですね」


 そこまで考えが及んでいなかった。

 そうか。

 結局、久羽先輩の声は動画の中に入ってしまうのか。


「へ、編集します。久羽先輩の声カットしますから」

「それだと、会話の前後が繋がらなくなるんじゃないの?」

「そ、それも編集で何とかします!! テロップをつけたりして、何とか」

「…………」


 久羽先輩が黙り込んでしまった。

 呆れてしまったのかも知れない。


 今までギクシャクしながらも、動画は撮れていたんだ。

 久羽先輩に甘えすぎだよな。

 やっぱり、2人で動画を撮るべきだ。


「すいません。俺が言ったこと忘れて――」

「栞ちゃんには話は通しているの?」

「は、はい! 久羽先輩ならぜひにッ!! って言ってました!!」


 大学に来る前に、ちゃんと話は通しておいた。


 ――久羽先輩がいてくれた方が、確かに安心するかも……。


 と、呟いていた。

 さっきの説得はちょっと脚色した部分もあるけど、久羽先輩が来て欲しいと願っているのは真実だ。


「……もしもの話だけど」

「は、はい」

「もしも、水上さんが動画に出ることになったら、きっと、栞ちゃんも反対してたよね……」

「えっ」


 重々しい口調だったから何を訊かれるかと思いきや、いきなり話が飛んだな。

 なんで、カザリちゃんの例え話?


「まあ、反対してたでしょうね」

「そう、だよね……」


 久羽先輩は、ベンチに置いた缶の縁に指を添わせる。


「私、栞ちゃんに敵として観られてないんだね」

「え? ……栞は久羽先輩のこと大切な人だと思ってますよ」

「ああ、ごめんごめん。変なこと言っちゃったね、私……」


 手を振って元気良さそうに笑う久羽先輩だけど、何か言いたい事を隠しているように見える。

 栞のこと、何か敵視しているというか、嫌いなのかな。

 そうは見えないけど。


「動画の件だけど」

「はい」


 何を要って来るのか分からないので、膝の上に乗せた拳を固めて覚悟する。


「顔出ししないなら動画出てもいいよ。音声だけの、カメラマンとして出ようかな」

「ほ、本当ですか!! ありがとうございます!!」


 良かった。

 断られる流れかと思った。

 久羽先輩がいてくれたら百人力だ。


「まっ、可愛い後輩達が困ってたら、助けてあげなきゃいけないよね」


 男前な久羽先輩が、飲料缶を呷る。


「あっ、それ」


 ただその飲料缶は俺が飲んでいたコーヒーだった。

 近くに置いてあったせいで、取り違えてしまったらしい。


 久羽先輩は恥ずかしそうに両手で顔を隠す。


「……ごめん。間接キスしちゃったね」

「い、いいえ。むしろ、光栄です」

「ははっ、何それ!!」


 動揺して訳わからないことを言ってしまった。


 栞とかに言っていたら、え? 何言ってんの? 気持ち悪い、とか言われそうだな。

 やっぱり、久羽先輩は優しいな。


「初めての間接キスの味は、ちょっと苦いや」


 久羽先輩が立ち上がったので、俺も釣られて立ち上がる。


「そろそろ講義の時間だから行くね」

「は、はい!! 動画の件、詳細はまたRINEで送ります」

「うん、了解です」


 ビシッ、と敬礼するみたいに手を頭の前に置いて、その手を振る。

 わざとふざけて笑いを取っているみたいだった。


「またね」


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