第35話

あれから、れいこはどうやってすみれを壊そうか。どうすれば一番ひどい壊し方ができるか。そればかりを考えていた。

さっさと、いたぶっていたぶって捨ててしまおう。この美しい悪魔を。


今日も本を読みながら考える。

すみれはというと、れいこの膝に乗って首に手をぎゅっと回して抱き付いていた。

れいこはずっとすみれの頭を撫でる。時々彼女の頬にキスをしながら。

だが考え事をしているので、いつも上の空。


「れいこさん・・・。」


すみれはそっと、れいこの膝の上から降りた。

「どうしたの?すみれちゃん。」

「・・・・・・。」

すみれが下を向いて黙っていると、れいこは立ち上がって彼女の頬を撫でた。するとその手をすみれは取って真剣な・・・いや、泣きそうな表情をする。


「れいこさん・・・私はいつ・・・滅茶苦茶にされて壊されるのですか?」

「・・・何を、言っているの?」

急にそのようなことを言われたものだから、れいこは焦って次の言葉が見つからない。そうしていると、すみれはどんどんと話を繋げる。


「私、知っているのです。馬鹿ではありませんから。れいこさん、私をもうすぐ、壊してしまうのでしょ?」

「・・・・・・だったら何?」

「れいこさんが望むなら・・・私を滅茶苦茶にして、壊してください。好きなだけ壊してください。」

「すみれちゃん?」


すみれはれいこの手を強く握ると、今度は泣きながら声を荒げだした。


「どれだけ滅茶苦茶にしてもかまわない!どれだけ酷いことをされてもかまわない!!けれど、捨てないでください!!お願いです、私を捨てないでください!!」


何を彼女は言いだすのだ。

しかし何を言われても、滅茶苦茶にして壊すし、捨てる。容赦なく捨てる。

そして絶望を味合わせたい。


「それは無理。」

れいこが非常な言葉を投げつけると、すみれは必死に彼女に縋り付く。


「れいこさん、お願い。捨てないで。私を捨てないで。」


あまりにもしつこく言うものだから、腹が立ってきてれいこはすみれの頬を引っ叩いた。こんなことを彼女にしたのは初めてだ。

それでも、すみれはれいこに懸命にすがりつく。


「れいこさん、捨てないで。捨てないで。」


確かに捨てられるのは嫌だろう。だが、すみれの懇願は狂気的だ。

何がそうさせている。彼女はなぜこんなに捨てないでと言うのか。


「すみれ、黙りなさい!!何をそんなに怯えているの!?何を言っても変わらない!!」

するとすみれはより一層、我を忘れて叫びだす。


「私、れいこさんに捨てられたら生きていけない!!もう誰にも許してもらえない!!私、一人で死にたくない!死ぬなら、れいこさんと一緒に死にたい!!」


「どういうこと・・・?」

「私、許されたい。ずっと、れいこさんに許されたい。馬鹿ではないって言って欲しい。ずっと言って欲しい。」


それだ。


なぜすみれは、それに固執する。以前から彼女はそればかり言っていた。

不可解だ。

れいこはひとまず彼女を落ち着かせると、なぜそう言うのか問いただした。

すると、すみれは肩を震わせて話し出す。れいこがゆりに過去を告白した時のように。


「私、馬鹿なんです。ずっと前から。中学生の時から、馬鹿なのです。」

「・・・?」

「私、寮の外にお使いに行ったのです。なおに言われました。すぐ帰ってきなさいよ、すみれは馬鹿なのだから。って。そんなことない。自分はちゃんとできる。馬鹿なんかじゃない!そう思って外に出ました。でもやっぱり、なおの言う通りでした。」


すみれは涙を必死にこらえて話を続ける。


「私、お使いから帰る途中にたくさんの男の人に声をかけられました。送っていくよ、その前にあっちで遊ぼうって。楽しいよって。私、馬鹿だからついて行きました。そうしたら、本当に遊ばれてしまったのです。みんなで寄ってたかって。私で遊ぶんです。みんな言うんです。ほんとに馬鹿な奴だ、言うことを信じるなんて本当に馬鹿な奴だって。嬉しそうに言うんです。」

「すみれ・・・ちゃん?」

「途中でなおが来てくれました。みんないなくなりました。でも、私。でも・・・私。そして、なおに言われました。なんて馬鹿なことをしているのかって。私、本当に馬鹿なんです。」

れいこはすみれに触れようとしたが、すみれはその手を払った。そして話を続ける。


「それからです。なおは私に過保護になりました。なおの言うことは正しい。私を助けてくれたなおの言うことはいつも正しい。でも、ずっとずっとなおは言うんです。すみれは馬鹿だから私がいないといけないって。いてくれて嬉しい。でも、馬鹿って言われれば言われるほど、私あの時のことを思い出すのです。その度に思い出すのです。私は馬鹿で許されないことをしてしまったって。」

すみれは、その場に崩れ落ちて再び涙を流しだす。


「でも、ある日。私はれいこさんに出会いました。れいこさんはこんな私に可愛いって。綺麗って。言ってくれるんです。こんな私に綺麗って。それどころか、私は馬鹿ではないって言ってくれるんです。許すって言ってくれるんです。れいこさんは誰よりも綺麗な天使様。その人に言われるのです。綺麗、馬鹿ではない、許す。私、その度に泣きそうになりました。私、綺麗!私、馬鹿ではない!私、許されている!綺麗なれいこさんに!!」

「すみれちゃん・・・私は・・・。」

「私、れいこさんのために何かしたい。れいこさんの期待に応えたい。れいこさんは私を助けてくれた誰よりも綺麗な天使様。私、酷いことを言ってしまったけれど、れいこさんが悪魔なわけがない。」

そしてすみれは立ち上がると、れいこに思い切り抱き付いた。


「だから、れいこさん。私、何をされてもいい!!私を悪魔と言ってもかまわない。地獄に落としてもかまわない。私、何でも受け入れます。でも一番怖いのは、れいこさんに捨てられること。れいこさんに捨てられたら、私、全てに捨てられる。」


れいこは、震えて彼女を抱きしめ返すことができない。

何に震えているのか、分からないし、分かりたくない。


「れいこさんが私に死ねと言ったら死にます。でも、私はそれなられいこさんと一緒に死ぬ。天使様と一緒に死んで私は地獄に行く。地獄の果てまで堕ちて行く。れいこさんの言うことはいつも正しい。いつも私を悦びに導いてくれる。きっと、奈落の底そして地獄の果てにはさらなる悦びの世界が待っている。でもれいこさんはやっぱり天使様。一緒に地獄に落ちても救ってくれる。天国から私を救ってくれる。今ここで救ってくれたように。それまで私は、ずっと地獄で待つ。私、たくさんの悦びを覚えながらずっと待つ。業火の炎に焼かれながら喘ぎ続ける。だから、その声を聞いて助けに来て。私を一緒に行かせて。・・・そこで私が覚えた悦びを分かち合わせて。見捨てないで。」


そして、すみれはれいこを見る。今までに見たことのない目で。


「私は悪魔・・・天使に憧れる悪魔。」

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